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寿退社はあっという間にきました
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どこまでノクサス様に話すべきかと悩んでいるが、目の前で「変態! 変態!」と言うミストと「変態ではない!」と言うノクサス様の子供のケンカのようにしているのを見ると、今話さなくてもいいような気がしてきた。
むしろ、ミストを止めないとノクサス様が、本当に変態に見えてきそうだ。
「ミスト。もうそれぐらいにしてちょうだい。ノクサス様はちょっと変わっているけれど、良い人だから」
「この変態は、また今夜も忍び込んでくるかもしれませんよ」
「今夜は窓に鍵をかけるわ……」
ノクサス様は、この猫のせいで、と言わんばかりに「くっ……」と拳を握りしめた。
そんな中、フェルさんが「そろそろ休憩の終わりです」と言いに来た。
「ダリア様。受付にはお伝えしていますから、次からはすぐにお通ししますね」
「はい。急に来てすみません」
「昼食の時間ですし、ダリア様なら歓迎いたします」
「歓迎ですか?」
「はい。ノクサス様の機嫌が良くなって、騎士たちの緊張がほぐれますから」
ニコリとするフェルさんが言うには、ノクサス様はいつも仏頂面で笑顔なんか見せないらしい。私には、変なことばかりするのに不思議だった。
ノクサス様をちらりと見ると、笑顔だった。
「では、私は帰りますね」
「バスケットは俺が持って帰ろう。せっかくだ。治療院まで送る」
ピッタリと側に寄ろうとするノクサス様にミストは、「フーーッ!」と毛を逆立てる。
そのノクサス様をフェルさんが止めた。
「ノクサス様はまだ仕事があります。書類のサインが溜まっていますから」
「すぐに戻って来るぞ」
「入り口までにしてください」
フェルさんに止められて、ノクサス様は眉間にシワを寄せた。
「ノクサス様。大丈夫ですよ」
「……ではせめて護衛を付けよう。フェル、すぐに誰か見繕ってくれ」
「かしこまりました。結婚すれば、ダリア様にも護衛がつきますから、その候補の者をすぐに付けましょう」
「えぇっ!! い、いりませんよ!!」
「誰かに狙われていると言っていたではないか」
たしかに、逆恨みされているみたいで探されているけれど……私に、護衛がつけばおかしくないですか?
まだ、正式な婚約届けも出してないし、護衛なんか連れて歩けば余計に目立ちそうなんですけれど。
「ノ、ノクサス様……困ります」
「そんな可愛い顔をしても駄目だ! 護衛を付けないなら、今すぐに騎士団を辞めて、俺がダリアの護衛に着く! そうすれば、一日中一緒にいられるしな……!」
「おやめください!!」
フェルさんが、すかさずに止めた。
「ノクサス様……ちょいちょい変なことを言わないでくださいね」
「では、護衛を連れて行くんだ」
「わ、わかりました」
ノクサス様に押し切られて、しぶしぶ護衛付きで治療院に帰ると、院長も治療院の従業員たちは、みんなが手を止め、驚きを隠せなかった。
ミストは先にノクサス様のお邸に帰っているから、治療院に戻って来たのは、私と護衛の一人だ。
護衛は、ロバートさんと言う若い男性だ。
どうやらノクサス様に憧れているらしく、ノクサス様に指名されたのが嬉しかったようで、張り切って「護衛につきます!」と言っていた。
このまま、結婚までいかなかったら、ノクサス様たちはどうするんだろう……と先のことを考えると怖い。
フェルさんたちに恨まれそうだ……。
そんな想像をしていると、院長に声をかけられた。
「ダリア……ちょっと来なさい」
お互いに困ったようになり、院長に呼ばれて院長室に行くと、言いにくそうに話を始めた。
その間も、ロバートさんは院長室の前に控えている。護衛が付いている従業員なんていない。
どうしようかと悩む。
「あの男は何かな? 騎士に見えるが……」
笑顔で聞いてくるが、絶対に笑っていない。
こっちも説明しにくいのに、どうするか……さらに悩む。
ノクサス様に求婚されており、その上誰かに狙われているから、将来の護衛を突然に付けられた、と言っていいものかと思う。
本当に結婚しなかったら、ノクサス様の名前に傷がつく。
だって、こんな恐ろしい嫌がらせをされた挙句、背中には斬られた傷痕が残っている。
そんな女を誰が本気で好きになるのか……。襲われたことを知れば、純潔まで疑われるかもしれない。
ノクサス様は、私よりももっと相応しい令嬢と結婚するべきなのだ……。
「……ダリア。この間も騎士団長のリヴァディオ様が来られていたし、なにかあるなら説明してくれないか? ここは、街の治療院だ。毎日騎士が来ると皆驚くのだ」
ごもっともです。
「……実はですね……その、ノクサス様が、女性が一人で歩くものではない、と私を心配してまして、しばらく護衛を付けられたのです。この治療院には、決してご迷惑はかけません。騎士の方も治療院にいる間は、帰ってもらうようにお伝えしますので……」
「それならいいが……」
本当の理由は言えず、何とかこれでやり過ごそうとした。
とにかく治療院の中までは、勘弁してもらいたい。
その時に、ノックの音がして、ロバートさんが「失礼いたします」とキリッとした様子で入って来た。
嫌な予感がした。
「ロバートさん。余計なことは言わないでくださいね」
「もちろんです」
落ち着いて返事をしたロバートさんは、院長に説明を始めた。
「院長殿。こちらのダリア・ルヴェル伯爵令嬢様はノクサス・リヴァディオ様の婚約者です。結婚を控えていますので、本日から護衛につくことになりました。俺は、騎士のロバートと申します」
いきなり余計なことを言われてしまった。
没落伯爵令嬢があの英雄騎士様と結婚なんて、驚くに決まっている。
院長を見ると、ひんむいたように目が開ききっている。
「ほ、本当か!?」
「い、いえ……その、まだ、婚約届けはまだ出してないので……」
「近いうちに提出いたします。ダリア様は健気に待たれておられるのかと……」
ロバートさん……やめましょう。本当に結婚までいかなかったら、ノクサス様が恥をかくのですよ!?
「そういうことなら、ダリアは治療院を辞めるべきではないか? あの、リヴァディオ様との結婚となれば、仕事をしている場合ではないだろう!?」
「まだ、すぐには結婚ではありませんので……」
お金がないと困るんですよ!
「しかし、結婚は間違いではないんだな!?」
「もちろんです!」
「ち、違っ……!」
やめてください! そんな心の言葉は届かない。
伝える隙もなく、ロバートさんはハキハキと返事をする。
院長は、もう疑う予知はない! と確信し、私は、その日治療院を寿退社することになった。
むしろ、ミストを止めないとノクサス様が、本当に変態に見えてきそうだ。
「ミスト。もうそれぐらいにしてちょうだい。ノクサス様はちょっと変わっているけれど、良い人だから」
「この変態は、また今夜も忍び込んでくるかもしれませんよ」
「今夜は窓に鍵をかけるわ……」
ノクサス様は、この猫のせいで、と言わんばかりに「くっ……」と拳を握りしめた。
そんな中、フェルさんが「そろそろ休憩の終わりです」と言いに来た。
「ダリア様。受付にはお伝えしていますから、次からはすぐにお通ししますね」
「はい。急に来てすみません」
「昼食の時間ですし、ダリア様なら歓迎いたします」
「歓迎ですか?」
「はい。ノクサス様の機嫌が良くなって、騎士たちの緊張がほぐれますから」
ニコリとするフェルさんが言うには、ノクサス様はいつも仏頂面で笑顔なんか見せないらしい。私には、変なことばかりするのに不思議だった。
ノクサス様をちらりと見ると、笑顔だった。
「では、私は帰りますね」
「バスケットは俺が持って帰ろう。せっかくだ。治療院まで送る」
ピッタリと側に寄ろうとするノクサス様にミストは、「フーーッ!」と毛を逆立てる。
そのノクサス様をフェルさんが止めた。
「ノクサス様はまだ仕事があります。書類のサインが溜まっていますから」
「すぐに戻って来るぞ」
「入り口までにしてください」
フェルさんに止められて、ノクサス様は眉間にシワを寄せた。
「ノクサス様。大丈夫ですよ」
「……ではせめて護衛を付けよう。フェル、すぐに誰か見繕ってくれ」
「かしこまりました。結婚すれば、ダリア様にも護衛がつきますから、その候補の者をすぐに付けましょう」
「えぇっ!! い、いりませんよ!!」
「誰かに狙われていると言っていたではないか」
たしかに、逆恨みされているみたいで探されているけれど……私に、護衛がつけばおかしくないですか?
まだ、正式な婚約届けも出してないし、護衛なんか連れて歩けば余計に目立ちそうなんですけれど。
「ノ、ノクサス様……困ります」
「そんな可愛い顔をしても駄目だ! 護衛を付けないなら、今すぐに騎士団を辞めて、俺がダリアの護衛に着く! そうすれば、一日中一緒にいられるしな……!」
「おやめください!!」
フェルさんが、すかさずに止めた。
「ノクサス様……ちょいちょい変なことを言わないでくださいね」
「では、護衛を連れて行くんだ」
「わ、わかりました」
ノクサス様に押し切られて、しぶしぶ護衛付きで治療院に帰ると、院長も治療院の従業員たちは、みんなが手を止め、驚きを隠せなかった。
ミストは先にノクサス様のお邸に帰っているから、治療院に戻って来たのは、私と護衛の一人だ。
護衛は、ロバートさんと言う若い男性だ。
どうやらノクサス様に憧れているらしく、ノクサス様に指名されたのが嬉しかったようで、張り切って「護衛につきます!」と言っていた。
このまま、結婚までいかなかったら、ノクサス様たちはどうするんだろう……と先のことを考えると怖い。
フェルさんたちに恨まれそうだ……。
そんな想像をしていると、院長に声をかけられた。
「ダリア……ちょっと来なさい」
お互いに困ったようになり、院長に呼ばれて院長室に行くと、言いにくそうに話を始めた。
その間も、ロバートさんは院長室の前に控えている。護衛が付いている従業員なんていない。
どうしようかと悩む。
「あの男は何かな? 騎士に見えるが……」
笑顔で聞いてくるが、絶対に笑っていない。
こっちも説明しにくいのに、どうするか……さらに悩む。
ノクサス様に求婚されており、その上誰かに狙われているから、将来の護衛を突然に付けられた、と言っていいものかと思う。
本当に結婚しなかったら、ノクサス様の名前に傷がつく。
だって、こんな恐ろしい嫌がらせをされた挙句、背中には斬られた傷痕が残っている。
そんな女を誰が本気で好きになるのか……。襲われたことを知れば、純潔まで疑われるかもしれない。
ノクサス様は、私よりももっと相応しい令嬢と結婚するべきなのだ……。
「……ダリア。この間も騎士団長のリヴァディオ様が来られていたし、なにかあるなら説明してくれないか? ここは、街の治療院だ。毎日騎士が来ると皆驚くのだ」
ごもっともです。
「……実はですね……その、ノクサス様が、女性が一人で歩くものではない、と私を心配してまして、しばらく護衛を付けられたのです。この治療院には、決してご迷惑はかけません。騎士の方も治療院にいる間は、帰ってもらうようにお伝えしますので……」
「それならいいが……」
本当の理由は言えず、何とかこれでやり過ごそうとした。
とにかく治療院の中までは、勘弁してもらいたい。
その時に、ノックの音がして、ロバートさんが「失礼いたします」とキリッとした様子で入って来た。
嫌な予感がした。
「ロバートさん。余計なことは言わないでくださいね」
「もちろんです」
落ち着いて返事をしたロバートさんは、院長に説明を始めた。
「院長殿。こちらのダリア・ルヴェル伯爵令嬢様はノクサス・リヴァディオ様の婚約者です。結婚を控えていますので、本日から護衛につくことになりました。俺は、騎士のロバートと申します」
いきなり余計なことを言われてしまった。
没落伯爵令嬢があの英雄騎士様と結婚なんて、驚くに決まっている。
院長を見ると、ひんむいたように目が開ききっている。
「ほ、本当か!?」
「い、いえ……その、まだ、婚約届けはまだ出してないので……」
「近いうちに提出いたします。ダリア様は健気に待たれておられるのかと……」
ロバートさん……やめましょう。本当に結婚までいかなかったら、ノクサス様が恥をかくのですよ!?
「そういうことなら、ダリアは治療院を辞めるべきではないか? あの、リヴァディオ様との結婚となれば、仕事をしている場合ではないだろう!?」
「まだ、すぐには結婚ではありませんので……」
お金がないと困るんですよ!
「しかし、結婚は間違いではないんだな!?」
「もちろんです!」
「ち、違っ……!」
やめてください! そんな心の言葉は届かない。
伝える隙もなく、ロバートさんはハキハキと返事をする。
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