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深い森の奥には白猫がいます
しおりを挟むノクサス様の邸を出発して、私の屋敷のある村に寄ることもなく、深い森へと一直線に滑らかな土道を急いで馬を走らせていた。
師匠の家は私がいた村の側にある深い森の奥だ。村人は迷うから、誰も森の奥深くまでいかない。
それに、師匠は意地悪で森に仕掛けをしており、誰にもたどり着けないようにしている。
だから、普通の人間ではたどり着けない。自由気ままな方だったから国に仕えるのを嫌い、勧誘から逃げるためだと言っていたことを思いだしていた。
森を進むと、その仕掛けを探すように目を移した。
「確か……この辺りの木だったはず……」
森の中は樹々ばかりで師匠の仕掛けなんかを見つけるのは大変だった。
しかも、師匠は定期的に仕掛けを変えるものだから、今回も以前と同じ位置にあるとは限らない。
それでも、仕掛けをするなら以前からこの辺りだったのは間違いない。
……わからないから、とりあえず仕掛けに反応するように、私の少ない魔力を一斉に周りに放った。
これでも、私は師匠の弟子だから、一応は私の魔力に反応するようにしているはずだ。
そして、一か所が光った。その樹と樹の間をすり抜け進んだ。
奥には一軒の三階建ての木の家がある。
私は馬を降りて、玄関扉を叩いた。
「師匠! 私です! ダリアです!」
返事はなく、扉を閉まったままだ。
困ったわね……と思っていると、横から声をかけられた。
「ダリア様……どうされました?」
振り向くと、師匠の使い魔の白猫だった。
白猫はミストと名付けられ、不思議と人の言葉を話す。
ミストは魔物の血が入っているんじゃないかと思う。魔物には、人の言葉を理解する者がいるから。
でなければ、白猫が話すなんて不思議だ。
「ミスト。師匠は? もしかして、どこかふらついている?」
「セフィーロ様はもう死にましたよ」
「は?」
さらりと衝撃の事実を話すミストに驚いた。
思わず沈黙が流れる。
「………………死んだ?」
「先週死にました。安らかに一人で眠りましたよ」
「えぇっ!? どうして言ってくれないの!?」
「誰にも知られずに死ぬ、と言いましたから」
変な方だ、変な方だ、と思っていたけど、まさか人知れず亡くなっているとは予想外だった。
家族はいないだろうけど、それならせめて弟子の私にぐらい一言連絡が欲しかった。
お父様ももういない。その上、師匠までいなくなっていたとは……私に悲しむ間もなく、逝ってしまった。
師匠らしいといえば、師匠らしいのだが……。
「ダリア様が来られたら、お伝えしろ、と言われていることがあります」
「……師匠から?」
「はい。この家をダリア様に譲ると承っています」
「家の中の物も?」
「はい。全てです」
家の中の書物をいただけるのは嬉しいけど……最後ぐらい師匠に会いたかった。
自由な人間で変わり者だったけど、もう会えないと思うと悲しい。
目尻に涙が浮かんでしまう。
しかも、もういなくなったということは師匠を当てに出来ない。
「……ミストはどうするの? ずっとここに?」
「ダリア様が来るのを待っていただけです」
「行くところがないなら、私と一緒に来る? 今は、仕事である人の邸にいるけれど……」
「ダリア様がいるなら、行ってもいいですよ」
そう言って、ミストは猫らしく顔を前足で洗う仕草をする。
そして、私の肩に飛び乗る。
「家に入りますか?」
「今は忙しいからいいわ。すぐに帰るわ」
師匠がいないなら、ノクサス様の治癒はどうしようか。
確実なのは、やはり呪いをかけた魔物の核を探すこと。でも、その核を見つけるのは、海に落ちた石ころを探すようなものだ。
それに、私の経歴をもう隠せない。
こうなったら、騎士団の記録庫に忍び込んで、私の記録を処分するために盗むしかない。
私には、師匠のように私の経歴だけを隠す魔法なんて使えないのだから……。
「ミスト。少しだけ私を手伝ってくれる?」
「ダリア様の頼みなら聞きますよ」
「ありがとう。じゃあ、すぐに行きましょう」
そして、すぐにそのまま深い森を去った。
白猫のミストを連れて……。
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