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砕ける緑 1
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王都に着くなり、急いでブラッド様の執務室へと向かった。焦る気持ちで、執務室を開ければ誰もいない。
「ブラッド様も、リラもいない……」
息が切れそうなほど急いできた。誰もいない部屋で、深呼吸をすると、鼻をくすぐる香りに気付いた。
「……リラ?」
リラの部屋の香りに似ている。部屋を見渡せば、ブラッド様の執務机には、ポプリが一つ置いてある。
__リラのポプリだ。
「どうしてこれがここに?」
覚えている。リラと同じ髪色の花の入ったポプリ。これが欲しいと言えば、リラは売り物だから駄目だと言って、俺から取り上げた。それが、ブラッド様のところにあることに愕然とする。
リーガから買った? いつ? いや、リーガは、花売りの子供ではなかった。ブラッド様の騎士団と一緒に出て行って……。
思い出せば、リラは男に触れることに戸惑うどころか、嫌悪感を滲ませていた。エスコートとして手を差し出してもだ。
それが、捕らえられた塔ではブラッド様の腕に縋っていた。彼に対しては、戸惑いも嫌悪もなかったのだ。
なぜ、今まで気づかなかったのか。
ここに来るまでに、ずっと感じていたものがあった。信じたくない事実に、目を反らしたくなる。でも、これがここにあると言うことは……。
「……ここで何をしているのかな? ジェイド」
カタンと音がして、我に返ったようにハッとした。咄嗟に振り向けばブラッド様が、半分だけ開いた扉に腕を組んでもたれていた。
「ブラッド様……っ、これは……」
「ああ、見たのか……なら、わかるだろう。その手を離してくれ。俺のお気に入りだ」
「……っ!! リラは! リラは、どこです!? 彼女を返してください! なぜ、俺に黙ってフェアラート公爵邸についていた騎士団を動かしたのです! リラは、俺の婚約者です!!」
声音が自然と強調される。リラに騙されている。ここにリラのポプリがあるなど、普通ではない。それでも、リラを諦めきれない自分がいた。
「返すわけないだろう。婚約ごっこは、終わりだ」
「冗談じゃないっ……! あなたは、フィラン殿下とは違うと思っていたのに……!」
「それは、こちらのセリフだ。リラに何をしたのか、自覚はあるだろう。今も、嫉妬で顔が歪んでいるぞ……リラの大嫌いな顔だ。そうだろう。リラ」
ブラッド様が半開きの扉を押せば、リラが冷たい表情で立っていた。
「リラ!」
リラに手を伸ばして近づこうとした。それなのに、ブラッド様がリラを抱き寄せる。
リラを抱き寄せるブラッド様に、リラは抵抗することなく寄り添った。
「リラは返さないし、二度と近づけさせない」
感情が追いつかない。リラの行動も彼女の後ろにいるリーガが大事そうに証拠品として持っているナイフにも……。
リラがずっと好きだった。でも、彼女はフィラン殿下の婚約者で言葉を交わすことしか出来なかった。それも、少しだけのこと。そして、戦争が終わりを告げる直前に、リラは聖女たちや負傷者を迎えに行くと言って三ヶ月ほど、城から出発した。
本当ならば、フィラン殿下は許さなかっただろう。でも、王妃が許可を出してしまい、しまいにはリラの手柄を奪うように王妃の指示で向かったことになっていた。
王妃は、戦に出た騎士団や聖女たちを気にすることなどしなかったのに……。
その間に、リラと婚約しているにもかかわらず、フィラン殿下はアイリスと恋人になっていた。王妃がそう仕向けたのだろう。
だけど、リラにはなんの落ち度もない。聖女であった彼女は品正方向、誰もが次期王妃に相応しいと思っていたのだ。
そんなリラと婚約破棄をするために、フィラン殿下から一つの提案をされた。
リラに醜聞を作るために、リラを襲ってくれと頼まれた。そして、婚約破棄をすれば、リラをくれると約束をしてくれた。出来なければ、他の人間に話を持っていくと。
断る理由はなかった。そうすれば、リラをくれるのだから。
リラが襲われたあの日。フィラン殿下がリラに薬を盛って、気分不良に陥った彼女が控え室に下がったところで襲った。
そうして、リラを婚約者に出来るはずだったのに、偶然にもブラッド様に邪魔をされた。
ブラッド様は死神と呼ばれるほど、何度も戦に出て生きて帰って来る。やり合えば、ただでは済まない。リラを襲ったことが、バレるかもしれなくて、魔法で姿を隠して逃げるしかなかった。
でも、ブラッド様が来たせいで、リラの純潔はそのままだった。
それなのに、リラは純潔がすでにないと言う。
リラを抱きとめるブラッド様との光景に思考がまとまらない。
「まさか……そんなはずは……」
「ずいぶんと驚いているな……考えていることを当ててやろうか? なぜ、リラと抱き合えるのか、と思っているのだろう?」
「……っ! そう思うなら、リラから離れてください」
「イヤだね。お前のお願いを聞く気はない」
リラを大事そうに抱き寄せたままで、ブラッド様が片手を上げる。
「ジェイド・フェアラートを捕らえろ」
一言ブラッド様が指示すると、俺の周りを騎士たちが取り囲んだ。
「ブラッド様も、リラもいない……」
息が切れそうなほど急いできた。誰もいない部屋で、深呼吸をすると、鼻をくすぐる香りに気付いた。
「……リラ?」
リラの部屋の香りに似ている。部屋を見渡せば、ブラッド様の執務机には、ポプリが一つ置いてある。
__リラのポプリだ。
「どうしてこれがここに?」
覚えている。リラと同じ髪色の花の入ったポプリ。これが欲しいと言えば、リラは売り物だから駄目だと言って、俺から取り上げた。それが、ブラッド様のところにあることに愕然とする。
リーガから買った? いつ? いや、リーガは、花売りの子供ではなかった。ブラッド様の騎士団と一緒に出て行って……。
思い出せば、リラは男に触れることに戸惑うどころか、嫌悪感を滲ませていた。エスコートとして手を差し出してもだ。
それが、捕らえられた塔ではブラッド様の腕に縋っていた。彼に対しては、戸惑いも嫌悪もなかったのだ。
なぜ、今まで気づかなかったのか。
ここに来るまでに、ずっと感じていたものがあった。信じたくない事実に、目を反らしたくなる。でも、これがここにあると言うことは……。
「……ここで何をしているのかな? ジェイド」
カタンと音がして、我に返ったようにハッとした。咄嗟に振り向けばブラッド様が、半分だけ開いた扉に腕を組んでもたれていた。
「ブラッド様……っ、これは……」
「ああ、見たのか……なら、わかるだろう。その手を離してくれ。俺のお気に入りだ」
「……っ!! リラは! リラは、どこです!? 彼女を返してください! なぜ、俺に黙ってフェアラート公爵邸についていた騎士団を動かしたのです! リラは、俺の婚約者です!!」
声音が自然と強調される。リラに騙されている。ここにリラのポプリがあるなど、普通ではない。それでも、リラを諦めきれない自分がいた。
「返すわけないだろう。婚約ごっこは、終わりだ」
「冗談じゃないっ……! あなたは、フィラン殿下とは違うと思っていたのに……!」
「それは、こちらのセリフだ。リラに何をしたのか、自覚はあるだろう。今も、嫉妬で顔が歪んでいるぞ……リラの大嫌いな顔だ。そうだろう。リラ」
ブラッド様が半開きの扉を押せば、リラが冷たい表情で立っていた。
「リラ!」
リラに手を伸ばして近づこうとした。それなのに、ブラッド様がリラを抱き寄せる。
リラを抱き寄せるブラッド様に、リラは抵抗することなく寄り添った。
「リラは返さないし、二度と近づけさせない」
感情が追いつかない。リラの行動も彼女の後ろにいるリーガが大事そうに証拠品として持っているナイフにも……。
リラがずっと好きだった。でも、彼女はフィラン殿下の婚約者で言葉を交わすことしか出来なかった。それも、少しだけのこと。そして、戦争が終わりを告げる直前に、リラは聖女たちや負傷者を迎えに行くと言って三ヶ月ほど、城から出発した。
本当ならば、フィラン殿下は許さなかっただろう。でも、王妃が許可を出してしまい、しまいにはリラの手柄を奪うように王妃の指示で向かったことになっていた。
王妃は、戦に出た騎士団や聖女たちを気にすることなどしなかったのに……。
その間に、リラと婚約しているにもかかわらず、フィラン殿下はアイリスと恋人になっていた。王妃がそう仕向けたのだろう。
だけど、リラにはなんの落ち度もない。聖女であった彼女は品正方向、誰もが次期王妃に相応しいと思っていたのだ。
そんなリラと婚約破棄をするために、フィラン殿下から一つの提案をされた。
リラに醜聞を作るために、リラを襲ってくれと頼まれた。そして、婚約破棄をすれば、リラをくれると約束をしてくれた。出来なければ、他の人間に話を持っていくと。
断る理由はなかった。そうすれば、リラをくれるのだから。
リラが襲われたあの日。フィラン殿下がリラに薬を盛って、気分不良に陥った彼女が控え室に下がったところで襲った。
そうして、リラを婚約者に出来るはずだったのに、偶然にもブラッド様に邪魔をされた。
ブラッド様は死神と呼ばれるほど、何度も戦に出て生きて帰って来る。やり合えば、ただでは済まない。リラを襲ったことが、バレるかもしれなくて、魔法で姿を隠して逃げるしかなかった。
でも、ブラッド様が来たせいで、リラの純潔はそのままだった。
それなのに、リラは純潔がすでにないと言う。
リラを抱きとめるブラッド様との光景に思考がまとまらない。
「まさか……そんなはずは……」
「ずいぶんと驚いているな……考えていることを当ててやろうか? なぜ、リラと抱き合えるのか、と思っているのだろう?」
「……っ! そう思うなら、リラから離れてください」
「イヤだね。お前のお願いを聞く気はない」
リラを大事そうに抱き寄せたままで、ブラッド様が片手を上げる。
「ジェイド・フェアラートを捕らえろ」
一言ブラッド様が指示すると、俺の周りを騎士たちが取り囲んだ。
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