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冷たい旦那様の告白 1
しおりを挟む白亜のルギィウス王城。
夜に到着したために、城を照らしている灯りが幻想的に煌めいて見えるほど美しいルギィウス国の王城へと、ウォルト様に連れられてやって来た。
夜会に一緒に参加するために。
ルギィウス国の王都はセルシスフィート伯爵領から近い。遠いのは、セルシスフィート伯爵領の向こうにあるウォールヘイト伯爵領だった。
それにしても、緊張する。
ウォルト様が、夜会用だと言ってドレスを贈って下さったけど、自分が持っている中でも一番上等なものだ。
ドレスに私が映えるとは思えなくて、重い足取りで廊下に出ると、ウォルト様が待っていた。
「支度は終わったか?」
「はい。ドレスをありがとうございます」
緊張しながらお礼を言うが、ウォルト様のタキシード姿の方が素敵で、私とは釣り合わないのではないだろうか。
申し訳なくなると思うと、ウォルト様が私の手を取った。
「……指輪を渡してなかった。ティアナのドレスに合うと良いのだが……」
私の手の中に渡された指輪は、赤い宝石の指輪。綺麗だと思う。
「ウォルト様。いいのですか?」
「妻に贈るのはおかしいか?」
「いえ、あの……嬉しいです」
夜会に来るだけで、ドレスに宝石にと贈って下さるとは思ってもなくて、嬉し恥ずかし気持ちになる。
「ティアナ。少し仕事に出てくるが……すまないな」
「はい、あとで合流ですね」
「誰にもついて行かないように」
「誰も、私を連れて行きませんよ……私は、誰からも縁談を断られていた令嬢です」
「……そうだったな」
「それに、お城の夜会は初めてではありませんので、大丈夫です。没落寸前と言っても、これでも伯爵令嬢です」
縁談を求めて、夜会には来たことがある。でも、何度も夜会に出られるほどのお金がなかったから、数少ない夜会ですけどね。
結婚のための先行投資と思って、参加していた夜会では、何の身にならなかったなぁと今さらながらに思う。
すると、彼が腰を曲げてキスをしてくる。
毎日こんな風にキスをしてくるウォルト様に慣れないままで、未だに頬が紅潮してしまう。赤くなる容量が減ったぐらいだろうか。
「終われば、すぐに夜会に行くから……疲れるようなら、控え室にいてくれるか?」
「はい」
去っていく姿までもが精悍な後ろを見送って、ウォルト様から受け取った指輪をはめてみた。
素敵だ。とても綺麗で高そうだ。
「ちょっと、嬉しいわ……」
誰からも結婚してもらえなかった私に、ウォルト様からの贈り物は嬉しいと何度も思う。
そんな気持ちで夜会へと行くが、来るなり遠巻きに嘲笑されていた。
「恥知らずな、ウォールヘイトのティアナだわ……」
「今日も、男を漁りに……」
男漁りに夜会に来ていたわけではないけど、縁談を求めて夜会に出ていたからだろうか……。いや、そう思われるのは仕方ないのだろうか。
でも、不愉快な視線には、いたたまれなくなる。
遠巻きにされる噂話をしているご令嬢に、ちらりと視線を移すと、扇子で口元を隠したままで蔑んでいた目を反らされる。
そして、周りの紳士は、にこりと獲物を見るような不埒な視線と目が合い、背筋がぞわっとした。
久しぶりの夜会で、こんなに注目されているとは……。
これは、一人で夜会会場にいるのが良くない気がする。ウォルト様と一緒にいるのも、ご迷惑な気がする。
控え室でウォルト様を待って、夜会は遠慮することを伝えた方がいいのだろう。
別に夜会が好きだったわけではない。でも、貴族なら避けられないもので、ウォールヘイト伯爵家当主代理としても、セルシスフィート伯爵夫人としても、これからもやっていかないといけないと思うと、憂鬱な気分で控え室へと向かった。
ウォルト様がセルシスフィート伯爵家用にと控え室を手配してくれて助かったなぁと思いながら歩いていた。
結婚を用意してくれたアルフェス殿下にもお会いしたかったが、お礼を言ったらすぐに帰らせてもらおう。問題は、ウォルト様が私の願いを聞き入れてくれるか、だ。
「ティアナ嬢」
腕を組んで悩みながら歩いていると、不意に声をかけられた。
「はい。どなたですか?」
「今夜のお相手を、と思って……それとも、今夜も秘密の夜会に?」
「……何のお話ですか?」
「それが手ですか? でも、俺の時だけ知らんふりは困りますよ」
何の話しか見えずに首を傾げると、力いっぱい腕を掴まれた。
「……っ離してください。離さないと、魔法を使いますよ」
「今さら何を……結婚してからも、夫がいないことをいいことに、今までも色んな男を誘っているくせに!」
眉根をつり上げて睨むと、拒否されたことにカッときた男が声を荒げて、腕を掴まれたままで壁に叩きつけられた。その勢いで、手を伸ばして魔法で男を弾き返した。
「ぎゃっ……」
胸に魔法を放ったせいか、おかしな呻吟一つ残して男が対向の壁へと叩きつけられた。
そっと近くによると、男は目を回して気絶している。
「……あちこちに縁談を頼んでしまっていたから、節操のない令嬢と思われたのかしら?」
でも、秘密の夜会など知らない。
それに結婚していることを知っている風だった。ウォールヘイト伯爵家がセルシスフィート伯爵家と結婚したことは、知っている人なら知っているだろう。
でも、私は、セルシスフィート次期伯爵夫人として社交もしてないし、仕事でもセルシスフィート次期伯爵夫人だとは言わなかった。それが、お義父様の希望だったからだ。
ウォルト様が帰って来てからは、彼が離してくれないから、どこにも行けないままだったのだ。仕事まで、毎日毎日追いかけてくる始末だった。
ウォルト様に伝えた方がいいのだろうか。セルシスフィート伯爵家の醜聞になってしまっては困る。私にとっても、ウォルト様にとってもだ。
……それに、少し不安になる。襲われそうになっていた。
ウォルト様の怖い顔と違う。私を蔑み、モノのように襲おうとしていたのだ。
「……ティアナ? ティアナか?」
名前を呼ばれて振り向くと、アルフェス殿下が側近と一緒に廊下の角から現れた。
「アルフェス殿下……」
「妙な音がしたから来てみれば……その男はどうしたんだ?」
「それが……よくわかりませんけど、連れ込まれそうになっていて……」
アルフェス殿下が、私に聞きながら側近の騎士に気絶した男を連れて行くように指示していた。気絶した男は、そのまま引きずられて連れて行かれている。
アルフェス殿下は、私を鋭い視線で凝視した。
「……ティアナ。君の噂を聞いた。そのせいで、連れ込まれそうになったのだろう」
「私が、縁談を色んな方にお願いしていたからですか……でも、秘密の夜会のことは」
「そんなところにも出入りしていたのか? それで、ウォルトがお前に怒っていたのか……」
「ウォルト様が、私に怒っている?」
「怒って急いで帰って来ただろう? 隣国での仕事まで、放棄して……そのせいで、私も仕事に駆り出されて、やっと帰ってきたところなんだよ」
急いで帰って来たことは、わかる。冷たい眼で、初夜を始めたことも憶えている。
あの初夜には、ウォルト様の激情と怒りが滲み出ていた。
「じゃあ……あの夜は……」
「ティアナが、そんなことをしていると信じてなかったが……」
疑いが本当だったと思うように、男が倒れた後を見て、アルフェス殿下が額を押さえた。
「このまま離縁されたらどうするんだ。私の顔を潰す気か? それに、ウォルトのこともそうだ。君を傷つけるために、ウォルトとの結婚を決めたわけではないのだよ」
冷たくて、激情のまま何度も抱かれて……それが、ウォルト様の私への嫌がらせだったら?
ウォルト様は、支離滅裂だった。
子作りなどすれば、離縁などすぐにできないのに、アリス様と結婚したくないせいで、私との結婚を続けてほしいのかと思っていた。
それだけだと思えば、何度も泣きそうな私と同衾して……。
それなのに、セルシスフィート伯爵領が未だに冷たく、ウォールヘイト伯爵領の人間には、まともな値段で商売もしてくれないままだった。
「……アルフェス殿下……ウォルト様も、その噂を信じているのですね」
「そうだろう……急いで帰って来たのはそういうことだ」
ちょっとは優しい人だと思えば、やっぱりセルシスフィート伯爵家とは相容れないと思い知らされた気分だ。
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