上 下
7 / 47

初対面の旦那様 2

しおりを挟む

「……ウォルト様?」

きょとんとすると、ウォルト様がまたこちらを向いた。

「妻になったのだから、拒否はないはずだが」
「そ、そうですけど……でも、私では……」
「は?」

怒っているのか、空気がピリピリする。この冷酷な表情がそうしているのかもしれない。

「あの……お話ならお聞きしますので、その、ベッドから降りてください。すぐにお茶も準備しますので……」

出来れば着替えもしたい。こんな薄いナイトドレスなのだ。
ベッドを降りようとすると、ウォルト様に腕を掴まれる。

「どこにも行かなくていい。ここは夫婦の寝室だろう」
「……ここで、お休みに?」
「そのつもりだが」

ベッドを取られたら、私はどこで寝ろと?
ジッと人のベッドを取ろうとしているウォルト様を見ると、冷たい瞳と視線が交わる。

ああ、この眼だ。
セルシスフィート伯爵家は、竜の血を引いていると言われている。

そして、私たちの祖先が幻獣界の扉を閉めてしまったために、セルシスフィート伯爵家は、いつでも幻獣界に行き来ができなくなったのだ。
そのせいで仲違いして、長年拗れてここまできたと言い伝えられていた。

どこまで、史実かはわからないけど……セルシスフィート伯爵家が竜の血を引いていて、ウォールヘイト伯爵家が幻獣界の扉を閉じる役目を追っているのは間違いないのだ。

「……お疲れなのに、こんな深夜にお帰りになったのですか?」
「結婚したからな……妻となった君の顔を見たかった」
「で、でも、少し離れて下さると……」
「何故? 俺たちは夫婦だろう」

そう言って、冷たい表情のままのウォルト様が、ベッドで起き上がった私の手を掴んだままで腰に手を回して抱き寄せられた。
突然のことに、上ずった声すら出ない。
赤ら顔を隠したくて俯いた。胸をキュッと押さえて呼吸を整えてウォルト様を再度見た。

「……ウォルト様。この政略結婚は跡継ぎのためだけですよね? 私たちの子供が、ウォールヘイト伯爵家の当主になることが決まっているはずです。……ですから、円満に離縁いたしましょう。いつまでも犬猿の仲だと領地が滅んでしまいますし……」

セルシスフィート伯爵家は家も領地も大丈夫かもしれないけど、ウォールヘイト伯爵家は没落寸前だ。誰もが爵位を放棄して、結婚すら断られる始末。お金もない。

なんとか盛り返すには、私が資産家、つまり金持ちと結婚するのが手っ取り早かった。
セルシスフィート伯爵家は犬猿の仲でも、支度金を出してくれたし……そして、最後の一人である私には、ウォールヘイト伯爵家の跡継ぎが必要なのだ。

「離縁……?」
「はい。大丈夫です。私はセルシスフィート伯爵家に恨みはありませんので、これからは歩み寄れるように働きかけます……」
「……どうでもいい」

確かにウォルト様には、メリットはないかもしれない。ウォールヘイト伯爵家は没落寸前だけど、セルシスフィート伯爵家はその正反対だ。

「でも、お話は結婚の決まりごとですよね。どうしましょうか……夜だけ来てくだされば、私は文句はないのですけど……何ですか。その顔は。どうしましたか?」

すっごく嫌そうな顔で見られている。その額の青筋は何でしょうか?
暗闇だけど、ランプの灯りに照らされるウォルト様の顔色が怖くて暗い。

「……決まりごとは俺と一緒に住むことだ」
「でも、本邸はあちらですよ。ウォルト様は本邸に住んだ方が……」
「嫌なのか?」
「いえ……」

低くて強い声音。凄んだ表情で言われると、何も言えない。迫力がありすぎるのです。

「……でも、私たちは、白い結婚です。会うのも今が初めてで……跡継ぎさえできたら、離縁もすぐにします。結婚生活は三年の約束でした。そうお義父様であったセルシスフィート伯爵様と契約をしました。ですから、」
「その離縁を止めてもらいたい。そのために急いで帰って来た」
「……どうしてですか?」
「愛人の娘であるアリスと結婚をする気はない。だから、君にはこのまま夫婦でいて欲しい」
「でも、セルシスフィート伯爵様は……」
「父上の我儘に付き合うつもりはない」
「もしかして、知らなかったのですか?」
「知ったのは、先日父上からの手紙が届いてからだ。病気を患っていたから、たまたま事故で死ぬ前に送っていたのだろう」

ウォルト様に、セルシスフィート伯爵様は手紙を送っていた。でも、それからセルシスフィート伯爵様は事故で他界して、その後始末もありウォルト様は帰って来たのだと言う。
確かに、隣国に手紙が届くのは一ヶ月後以上かかるはずだけど……。

「あの……でも、少し離れてもらえませんか?」

抱き寄せられたままでは、落ち着いて話ができない。

「なぜだ? それに君にとってもこのまま夫婦の方がいいのではないか? 資産家の伯爵との結婚の方がいいだろう」
「確かにそうかもしれませんけど……」
「……返事がすぐにできないなら、少しは待つが……その間も仲睦まじい夫婦でいて欲しい」
「でも、セルシスフィート伯爵様との契約が……」
「それは、こちらで撤回する。現にセルシスフィート伯爵は、今は俺になっている。君には迷惑をかけない。他に気になることは?」
「ええっ……と」

他に何が気になるか……この状況が気になる。

「なければ、夫婦として相手をしてもらう」
「今ままでも形だけの結婚なので、今夜は必要ないのでは……」
「……跡継ぎは必ず君にもうけて欲しい。それに、夫婦としてなら当然の営みだろう。それとも、俺ではご不満か?」
「そんなことは……」

そう言って、冷たい灰色の瞳が私を組み敷いて見下ろした。

「では、初めようか」




しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

処理中です...