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第三章
255話目
しおりを挟む「いらっしゃいませ、空いてるお席にご着席願います。 後でご注文をお伺いに参りますね」
若い女性がそう言い、配膳で塞がった両手で器用にバランスを取りつつ店内を所狭しと歩き回った。
「おう……ここは庶民の食べる場所かい? とても興味深いね」
男は辺りを見渡し雑然とする店内に興味津々だ。
俺は適当に開いている席を見つけ男を誘導し、席に座らせた。
「椅子も自分で引くのだね。 新鮮だ」
「そうだともここは懐の寂しい庶民向けだ。 あんたが食べる物の値段より桁が一つか二つ下だぞ」
「そんなに安いのか?!」
そう言い、メニューを見て本当だと目を引ん剝いた。
「……君に任せて申し訳ないが、ここの食材は大丈夫なのかい? 腐ったりとかはしてないのかね?」
隠すそぶりも見せずにそう言ってのける。
心の底から疑問に感じているんだろう。
だがその発言を聞いて店の店員や周りの客からは白い目を向けられた。
「食材は大丈夫だ。 ここはお貴族様達が通う店と違って懐の寂しい庶民に向けて、自身の儲けなんて顧みず善意でこの価格で商売しているんだ。 食うのに困ったことのないお貴族様にははした金だろうけどな」
「なんと……貴族でもないのに施しなんて……なんて優しい店なのか……僕は感激したよ!!」
しらじらしい芝居を繰り広げている俺たちを店内の客たちは憤慨しつつ見守る。
誰が乞食だと。 ちゃんと支払うお金位あるわと。 だが貴族らしい男に向かって面と向かって文句を言うやつは現れなかった。
「なぁ……この店の優しさは伝わったろ? 今日くらいこの店が負担する施しを賄ってやったらどうだ?」
死んだ魚の目をしながらお涙頂戴宜しい文句をこの男に告げた。
盛り上がっている男は死んだ魚の目に気づかないようだ。
店の客たちは流れが可笑しい事に気づいたようだ。
口元をニヤニヤしながら聞き耳を立てている。
「なんだと……そうだな!! それは名案だ菅井!! 店主!! 店主は居るか?!」
バッと立ち上がると厨房のある店の奥に向かって歩き出した。
最初はムッとして聞いていた店主だが、話を聞くととても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
男も嬉しそう笑顔を浮かべた。
「今日の飲み食いは私が負担しよう!! 日ごろ食べれない分思う存分飲み食いするが良い!!」
晴れやかな笑顔で店内に男の声が響き渡った。
最初ムッとした表情を浮かべていた客たちは、飲み食い無料の言葉を聞いて飛び上がって喜んだ。
それを皮切りにあちこちから飲み物の追加、食べ物の追加の声が上がった。
男はそれを見て満足げに頷き懐から財布を取り出し店主へと渡した。
店主はそれを見て目を見開き満足そうに何度もうなずいた。
男はさながらヒーローのような扱いをされながら席に戻って来た。
俺にも近くの席の奴らから「よくやったな!!」 と称賛された。
それをみてこいつはとんでもないアホなんだなと思った。
その後も喉が渇いたと言ってお店に立ち寄り、値段の安さに驚いたら近くの子供たちに奢らせたりと、串焼きを買ってみたいという男の希望で立ち寄った店でも同じような三文芝居を繰り広げたが男は一向に気づかなかった。
さんざんカモにしてようやくこの男が心底アホ、もとい純粋なことに納得した。
ついでに今までどんな魔道具でカモられてるのか気になったので男が止まっている宿に付いて行くことにした。
「ユーリアス様!? 今までどこに行ってたんですか?!」
止まっている宿は街でも指折りの高級宿だ。
入り口から入ると出迎えのスタッフがお辞儀をし迎えてくれた。
そのまま部屋に行くと、男と同年代ぐらいの男性が慌てて部屋から飛び出してきて名前を呼んだ。
ほう、ユーリアスというのか。
そこで初めて男の名前を知った。
その様子を眺めていると男性もこちらに気づいたようで警戒心丸出しでこちらを睨んできた。
「そこのお前、剣の錆になる前にさっさとこの場から消えろ」
「バルト、止めたまえ。 この菅井なる者は渡り人だぞ!! 私の客人だ」
渡り人という単語を聞くとわずかに目を見開き腰にやった手を戻した。
侍従兼護衛なのかこいつは。
それから部屋に入ると待ってましたとばかりに魔道具の話になった。
どうやら金に物を言わせていろんなところで魔道具を買い集めているようだ。
だがこんななりだが以外にも魔道具はちゃんとした物が多かった。
「なんだね? その驚いた顔は。 こう見えても私は勘が良いんだ。 ここにある者も素晴らしいだろ?」
「あぁ、良い品ばかりだ」
素直に肯定すると満足げに笑った。
『それで意識を失った振りしたら運ばれたわけだ』
「立派な拉致ですね」
『一応飲み物の毒は解毒されているし、本宅にある魔道具も見たくなってな』
「倉敷さんって意外と無茶するんですね」
「透は最近大人しかったが王都に居た頃はこんなんじゃったよ」
「だねー」
『まぁ、見るもんみたら帰るから迎えはよろしく』
「相良頼んだぞい」
「分かりました」
そんな感じなの? えらくあっさりしてるね。
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