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84 未知との遭遇を目指して

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 チートスは、わりと長閑な田舎町だった。

「あー、なんか癒される感じのところだねー」
「そうだなー、こんなところだったんだなー」

 のほほんと、前回と同じく噴水に腰掛けながら辺りを見渡す。
 商店や露店などはあるが、それほど多いというわけではなく、道行く人々もどことなくのんびりとした印象がある。
 本来なら、まだ夕方になるかならないかの時間帯だったので、一度冒険者ギルドに行こうかと話していたのだが、どうにもそんな気にはなれない。

「……ギルド、明日でよくない?」
「……だよなー、明日でいっか」
「じゃあ、適当に宿でもとろうかー」
「ああ、夕食付だといいなー」

 よいしょと立ち上がり、何となく目についたというか、目の前にあった宿へと足を向ける。
 中に入ってみると、わりと雰囲気がよさそうなところだったので、夕食付で部屋を取り、鍵を貰って2階へと上がる。
 部屋の中はそれほど広くはないが、所詮寝るだけなのでとくに問題はない。
 ベッドへと寝転がり、手足を伸ばす。

「んー、やっぱずっと飛んでると体が痛いよね」
「ああ、ずっと同じ姿勢だしな」
「あ、そういえば『お風呂』がLV2になったよ、何故か突然」
「まじか! で、どうなった?」

 思わず身を乗り出す春樹に、聖は若干苦笑交じりに教える。


【お風呂LV2】
 忘れてた! 体を洗うには石鹸を使って洗い流さないとね!
 効果:さっぱり感がアップした。


「……えーと」
「……うん、いいたいことはわかる」

 微妙な表情になった春樹に、聖は頷く。

 忘れてたってなんだ。
 というか、いいかげんお前は誰なんだと問いたくなるのだが、うっかり返答があったら怖いので我慢である。

「……よし、とりあえずよかったってことで! 使ってみてくれ!」
「まあ、いいけど、はい『お風呂』」

 別に声に出す必要などないのだが、気分である。
 一瞬だけ何かの光が春樹を包み込み、すぐに消える。
 そして、春樹は瞳を輝かせた。

「聖! これものすごくいい感じだぞ!」
「えーと、そうなの? じゃあ使ってみるけど……」

 そんなに変わるものかな、と半信半疑で使ってみたのだが、正直びっくりした。

「なにこれ! 全然違う! 石鹸ってすごい!」
「だよな! すごかったんだな石鹸って!」

 本当にすごかった。
 さっぱり感が感動するほど違う。
 はっきり言ってこの世界に来てからは一度もお風呂というものに入っておらず、すべて『お風呂』&『洗浄』の魔法で済ませている。だって、お風呂がないのだからしかたがない。
 なので、それに慣れてしまっていたというのもあるのだが、ちょっとだけ元の世界のお風呂を恋しく思ってしまう。

「あー、どっかにお風呂ってないかなー?」
「お湯に浸かりたいよなぁ……」

 ちょっとではなかった。
 だいぶお風呂が恋しい。
 だが、ないものはないのだからどうにもできない。

「……まあ、せめて聖の『お風呂』が上がるのを待つか」
「……だよねー。もっといい感じになってくれそうだし」

 これからもどんどん使っていこう、と改めて決意していると、部屋に夕食が運ばれてきた。
 この宿はサービスで部屋に運んでくれるというので、のんびりしたかった2人はお願いしていたのだ。

「「いただきます」」

 さっそく食べることにする。
 内容は、パンとスープと肉である。

「……美味しいんだけど、なんでこのスープ真っ黒なの?」
「……闇鍋みたいだよな、美味いけど」

 何故か真っ黒なスープ。もちろん何が入っているのかは全く分からず、すくって初めて具材が姿を現すという、ドキドキ感が満載である。もちろん美味しいのだが。
 首を傾げつつも食べる。

「ミルク風味な気もするけど、なにを入れたらこんな色になるのか不思議……」
「だよな……。ん、この肉柔らかくて美味いな、ピヨピヨか?」
「あ、本当だ柔らかいね。ピヨピヨっぽいね」

 肉は串になっているわけでもなく、ごろりとした塊がどんっと皿に乗っているという、豪快さ。シンプルな味付けだが、これまた美味しいし食べ応え十分である。
 まあ、パンはいつもの慣れたちょっと硬めのパンではあったのだが、文句のない食事であり、2人は満足してその日は就寝した。


□ □ □


 翌朝、さっそく冒険者ギルドで例の依頼があるかどうかを確認し、やはり春樹の読み通りまだあったので、受付へと向かう。

「すみません、依頼を受けたいのですが」
「おはようございます。どちらの依頼で……あら?」

 受付にいた女性は、こちらを見ると目を瞬く。
 そして、次の瞬間にこりと笑みを浮かべた。

「あの時の落ち人さんね? 元気そうで安心したわ」

 どうやら、前回来たときにいた職員らしい。

「えーと……」
「ああ、わからなくても無理はないから気にしなくていいわよ」
「すみません」
「いいえ? ……それで本当なら専属が対応するんだけど、今手が離せないみたいなの。でも、依頼のことくらいなら私でも対応できるから問題ないわよ」

 どの依頼? と言われスライムの討伐依頼のことを言うと、何故かきょとんとされた。
 そして、やや困ったような顔で言う。

「……その、スライムについての説明は受けてるかしら?」
「あ、大丈夫です。それはちゃんと知ってます」
「そう?」

 それでも受けるの? と言わんばかりの表情に、聖は苦笑いを返す。

「ええとまあ、それで失敗したときのペナルティってありますか?」
「あら? 失敗が前提なのね?」
「やっぱり、まずいですか?」

 やはり失敗することがわかっていて受けるのは少々気まずい。春樹も若干目が泳いでいる。

「この依頼に関しては、ないわよ。当たって砕けろ精神で出し続けてるものだから」
「「当たって砕けろ……」」

 思わず声がそろう。
 砕けるのが確実なのはわかるのだが、それはそれでどうかと思ってしまう。

「だから依頼を受けるのは大丈夫よ。……ちなみに興味本位で聞くのだけど、なぜ受ける気になったのかしら?」
「あー、えっと……」

 やや言葉に詰まり、ちらりと春樹を見るが、特に何かを答える様子はない。
 なので、内心ため息をつきながら口を開く。

「……スライムを見てみたいそうです、春樹が」
「あらあらあらそうなの?」

 どうやら面白かったらしい。ちょっと笑いながら春樹を見ているが、もちろんそんなことくらいで春樹の表情もオタク的思考も揺るぐことはない。

「ふふ、落ち人って不思議なことに興味があるのね」

 もはや不思議なこと呼ばわりである
 まあ、この世界の人から見れば、確かに変なことに興味を持っているのかもしれないが。

「はい、地図と紹介状ね。そんなに遠くない場所だから、歩いていけるわよ」
「ありがとうございます」
「がんばってね」

 ちょっとだけ何かを期待されているような気がしなくもない視線を感じたが、あえて気づかなかったことにしてギルドを後にする。
 地図によると、町外れにある場所らしい。
 歩いて行けるとのことなので、とりあえず目的地に向かって歩き出す。

「で、結局なんで討伐して欲しいんだ?」
「んーと、なんか納屋の1つに居座ってるらしいよ?」
「へえ」

 もらった地図には少しだけ詳しい依頼内容が書かれており、それによると数年前から突然居座りだしたとのこと。
 それなりに多くの冒険者たちが、ダメもとで依頼を受けてはいるらしいのだが結果は玉砕の一択であった。

「あ、この辺りかな?」
「……たぶんな」

 徐々に建物が少なくなり、気づけば牧場っぽい広い場所へと出た。どうやらここが目的地らしい。
 きょろきょろと人がいないか辺りを見渡していると、こちらに気付いたのか向かってくる人影が見えた。

「なんか用かの?」
「あ、冒険者ギルドから来ました」
「そりゃまた、ひっさびさの挑戦者じゃのう!」

 この依頼を出した本人だという老人は、目を丸くしたかと思うと何やらしきりに頷きだす。

「うむうむ、結構結構。挑戦することに意義があるものじゃ。失敗もまた人生経験じゃ」

 失敗することが大前提だった。
 もはや、成功者が出ることなど微塵も期待していないその様子に、ちょっと笑ってしまうが、その方が気は楽である。

「……じいさん、とりあえず場所はどこだ?」
「ああ、すまんの。着いてこい」
「あ、お願いします」
「うむうむ」

 案内されるままついて行くと、やや大きめの建物が見えてきた。

「ここが問題の納屋じゃ。あれは何が気に入ったのか気に入らないのか、階段の前から動かんくての。お蔭で屋根裏に上がれん」

 困ったもんだ、と言いながら扉を開け中へと入る。
 少し進むと、奥の方に階段が見え、その前に確かに何かがいた。

「あれじゃ」
「……うわぁ」
「……あれが、スライムっ」

 春樹のどこか感動したような声を聴きながら、聖は少しだけ春樹の言っていることを理解した。
 これは確かに、不思議生物である。



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