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130 直視した結果、穴に埋まるしかなかった私の話(後編)

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 気が付くと、優梨愛は元いた冒険者ギルドの一室に戻っていた。
 目の前にあった不思議な白い布は、最初から何もなかったかのように存在しない。
 それほど時間は経っていなかったのか呆然とする優梨愛に「あら、意外と速いのねぇ」とクラウディアの声がかかる。
 何かを聞きたいと思ったが、何を聞いたらいいのか迷っているうちにクリストファーが戻って来てしまい、その機会は失われた。

「ユリア様、お待たせしました。……大丈夫ですか?」

 こちらを案じるクリストファーの瞳の奥に、クラディアに対する警戒の色があった。今までだったら絶対に気付かなかったであろうそれを見つけてしまい、優梨愛は咄嗟にいつもと同じように微笑んで頷く。

(……あの空間のことは、たぶん、言わない方がいい気がする)

 促されるように立ち上がり、帰り際にちらりと横目でクラウディアを見て、優梨愛はギルドを後にした。
 そして城に与えられた一室に戻ってから、優梨愛は必死に考え始めた。あの空間で言われたこと、この世界に来てからのことを。その結果。

(……まって、本当に待ってっ)

 考えれば考えるほど、あの部屋で忠告された状況にピッタリな現状に頭を抱えたくなる。けれど、やはり周りの人達は優梨愛に嘘はついていない。魔族に虐げられているということも、本気で言っている。もしかしたら優梨愛が気付かないほど巧妙に隠しているだけかもしれないが。
 だが、気付いてしまったことはある。
 ここ最近、部屋のテラスから外をぼーっと眺めることが日課になっていたが、ある日、庭に人影があることに気付いた。よくよく見てみれば、庭師だったり、立ち話をする侍女たちだったり、騎士だったりと。人がいること自体、おかしくはない。おかしいのは何時見ても必ず人がいるということだった。
 一つ気付けば他のことにも雪崩のように気付かされる。
 思えば一人で図書室に行こうと歩いていた時も、必ず誰かと遭遇し「偶然ですね、ご一緒します」と結局一人で行くことはなかったし、読む本も「お勧めです」と選ぶ前に渡されていた気がする。

(これって、逃亡防止に情報の制限……?)

 不自由のないように、といつでもアリスがいるのも。
 危険から守ります、とクリストファーが傍にいるのも。

(監視に見張り……)

 気づいてしまった事実に愕然とするとともに、納得もしてしまった。それと同時に激しい羞恥心が襲ってくる。
 優しくされて嬉しい、守られてるって素敵! なんて浮かれていた自分をなかったことにしたい。
 もちろんアリスやクリストファーの全てがそうだったとは思わない。優しくしてくれたし守ってくれていたし、心細い優梨愛の傍にいてくれたことは事実だ。
 ただそれだけが全てではなかっただけのこと。

(ああ……バカみたい……)

 どうして自分が特別だなんて思ったのだろうか。

(聖女って、なんなのかな。そもそも聖女しか抜けない伝説の剣って嘘だったのかな……)

 実際、優梨愛は伝説の剣を見ていない。見たのは『あったはずの場所』のみだ。本当はなかったんじゃ……とちらりと思うが、あの現場を見た時のクリストファーたちの狼狽えようはどう考えても演技ではなかった。
 聖女でなければ抜けないはずの剣。
 それを抜いたと、または何かをしたとされるのは聖か春樹。落ち人だからと、クリストファーは言っていた。
 ならば、もしかしたら別の世界から来たことが条件なのだろうか、それとも……と考えていた優梨愛は唐突にそれに思い至った。

「まさか聖君が聖女、じゃなくて聖人とか!?」

 確か男性は聖人と呼ばれるはずだ。この国の言い伝えでは聖女とあるらしいが、それが聖人でも同じではないだろうか。

(そっか、それなら納得するっ)

 まさか聖が土を掘り返して岩ごと持っていったと知る筈のない優梨愛は、辿りついた考えに深く頷く。
 美歌の言葉によってある意味正気に返った優梨愛だったが、夢見がちな性格は残っており、それ故に止めるものがいない思考回路は別の方向へと暴走を始める。
 だが、そんな最中に戻ってきた、若干くたびれた様子のクリストファーによってもたらされた情報により、優梨愛は少しだけ落ち着きを取り戻した。

「え? 聖君たちはいなくて、でもそれっぽい女の子がいて……? でも隣国に行っちゃって? ……??」

 優梨愛にはクリストファーの言っていることがよく理解できなかった。
 それっぽい女の子ってなんだろう、正真正銘別人だけど怪しいってなんだろう。異世界って性別も変えられんだろうか……? と、実は正解を言い当てている優梨愛だが、流石にそれはないだろうと思い直す。
 結局クリストファーの説明は、聖たちが見つからなかったということしかわからなかった。

(でも聖君が女の子になったら……お揃いのコーデとか、お菓子作りとかよくない!?)

 なんてことを再び暴走を始めた頭で考えていた優梨愛だが、すぐにそんな場合ではないと落ち込んだ。
 この世界に来てからのことを見つめ直した優梨愛は、今までの自分の行いもきっちりと見直していた。そして理解したのは、まさに黒歴史としか言いようのない己の人生。
 見かけはまともだったからそれほど気にしなければ問題ないと言えば問題ないが、心情はそうもいかない。
 過去を思い出せば出すほど、頭を抱えてしまう。
 それになによりも、聖と春樹に対しての自分。
 聖は言っていた、春樹は悪くないと。それを信じず否定したのは優梨愛だ。
 噂しか知らないのに、実際に見たわけでもないのに、さらにいうなら見たという人から話を聞いたこともない、それでも優梨愛はそれを事実だと思い込んだ。

(そうじゃなかった)

 今ならわかる。この世界に来てから見た聖と春樹は、どう見ても仲のいい友達だった。都合のいいことだけを信じて、分厚いフィルターをかけていたのは優梨愛だった。
 優梨愛が知っている聖は何時だって優しく微笑んでいた。この世界で優梨愛が声をかける前の聖も笑っていた。でもそれは優梨愛が見たこともない、楽しげな表情だった。

 ――じゃあ、その優しい聖とやらを怒らせた自覚、あるか?

 思い出すのは、春樹が告げたひやりとした声。あの時はわからなかったが、きっと優梨愛は言葉通り聖を怒らせた。それはそうだ、どうして大切な友達を貶されて怒らないと思うのか。
 そもそもどうして優梨愛はあのとき、聖ならばなんとかしてくれると思ってしまったのか。
 本来なら優梨愛の事情を聖に丸投げして助けてもらおうなどとせず、事情だけ聴いて自分でなんとかしなければならなかったのだ。だってこれは、優梨愛が受け入れてしまったことなのだから。
 まあ、とは言っても今さら何をどうしたらいいのかはこれっぽっちもわからないのだが。

(……どこにいるんだろ、聖君。せめて謝りたいな……)

 もちろん春樹にも。仲良くできるとは到底思えないが、酷いことを言ってしまったのは事実ので、それは謝ろうと優梨愛は思う。だが、本人が何処にいるのか不明なため、それも出来ない。

(……なにしよう……できること……やること……そうだ、穴に埋まりたい!)

 あの日から情緒不安定な優梨愛は唐突にやることを自覚した。穴を掘ろう。一回穴に埋まって落ち着こう。それがいい。だって。

(私の人生、恥ずかしすぎるっ!!)

 恥ずかしさの発作には波がある。怒涛のように押し寄せるその波に悶えながら、日々自身の見つめ直しと穴を掘る計画を練る。
 そうしてごろごろごろごろ寝台の上で転がっていると、何かに当たり顔に倒れてきた。カピバラのぬいぐるみだ。両腕で抱えるほど大きく、背負えるようになっている。
 これはあの不思議な空間から戻ったあと、いつの間にか優梨愛の横に置かれていたものだ。しかも「お忘れですよ、ユリア様」というクリストファーの声で、初めて認識したもの。何故かクリストファーが当たり前のように優梨愛に渡してくることが心底不思議だった。
 理由は部屋に戻って来てから見つけた説明書ですぐに判明したが。

(認識誤認に、盗難防止、置き忘れ防止、あと軽量化とか……)

 ざっくりいうと、優梨愛が持ち歩いても不自然に思われないどころか、あって当たり前だと思われる、らしい。

(空間収納って、便利だし有難いんだけど……持ち運びが大変、軽いけど……)

 問題はそこじゃない。
 なぜカピバラ。熊でも猫でもパンダでもない、カピバラ。いや、これはこれで愛嬌があって可愛いのだが、そうじゃない。そもそも普通のカバンではダメだったのだろうかと思ってしまう。
 事実は、大きなぬいぐるみ作りが趣味の友人から大量に送られてきて処分に困った美歌が「基本的に女の子ってぬいぐるみが好きなはずよね! どんなものでも!」とやけくそ気味に女の子用の空間収納バックとして作成した背景があったりする。
 ちなみにナナキのように小さなバックを付けるという配慮は、残念ながら美歌にはなかった。

(……うん、持ち歩いても変な目で見られないことが唯一の救い)

 果たして巨大なぬいぐるみ型リュックを持ち歩くのは、何歳まで許されるだろうか。心情的に耐えることが罰の一環かもしれないとすら、優梨愛は思う。

「……?」

 溜息をついて、よろりとベッドから起き上がると、部屋の外が何やら騒がしいことに気付いた。疑問に思いながら寝室から顔を出す。

「アリス、どうしたの?」
「ユリア様! ご気分はいかがですか?」
「あ、うん。大丈夫」

 まったく大丈夫ではないが、大丈夫としか言いようはない。
 ややほっとしたような表情を浮かべたアリスは、ちらりと背後を気にしながら口を開く。

「実は、末姫様がいらっしゃると先触れがありまして」

 優梨愛はぱちりと目を瞬かせる。

(……末姫様って、確か……)

 今の王様の末の姫。生まれた時から病気のため離宮で療養しており、外に出ることはほぼないと聞いている。もちろん優梨愛に面識はない。

「どうしてその方が? というか、ご病気は大丈夫なの?」
「実はユリア様がいらっしゃってから急速に回復されたそうなんです!」

 きっとユリア様のおかげですね、と嬉しそうに笑うアリスに、優梨愛は曖昧な笑みしか返せない。
 絶対に違う。

「えっと、よくわからないけど……それで、その方がどうして」

 ここに? と優梨愛が言うよりも早く、ばんと勢いよく部屋の扉が開かれた。一泊遅れて「姫様! お待ちください姫様!!」という声が続く。
 さすがにノックもなく扉が開くと思っていなかったのか、アリスが口を開けてぽかんとしている。そしてそれは優梨愛も変わらない。
 扉を開け放って中に入ってきたのは優梨愛と同い年くらいの少女。
 部屋の中を見渡し優梨愛を見つけると、嬉しそうに、そして楽しそうにその瞳を輝かせた。

「――あなたが噂の聖女様?」



 この出会いによって、優梨愛の運命は大きく動き出す――問答無用かつ強制的に。


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みんなの感想(418件)

リンコ
2024.01.07 リンコ

明けましておめでとうございます。
今年も続きを待ってます。いつまでも待ってます。
よろしくお願いします🙏

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Zetta16
2023.04.15 Zetta16

風魔法で良かったな!風船魔法だったら全く使い勝手が違って最初に取る魔法としては大失敗だよな。

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邦太郎
2022.03.19 邦太郎

単純に、完結まで三年以上かかる作品ですか?
2018年の作品が、連載継続中になっています
4年前の作品が終わっていない
この作品は、書籍になっている
更新が飛び飛びの理由があれば、
今は学生で、就職活動に力を入れているとか?
病気になっていたとか?
楽しみな作品が、長期更新されないと、
さみしいですね

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