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128 戻ってきた友の言い分

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 今日の依頼も無事に終えた友康は、噴水の縁に腰掛けながら購入した串肉に齧りついていた。
 もうすぐ日の暮れる時間帯だというのもあり、家路へと急ぐもの、夜を楽しむために酒場へと向かうものなど、様々な人々が目の前を通り過ぎていく。
 そんな人波をぼんやりと眺めているように見える友康だが、その視界に映っているのは自身のステータスであり、内容をつぶさに検証していることなど誰にもわからない。

(……やはり、そうか……)

 聖たちと別れてから、一週間が経っていた。
 その間はルーカスに紹介された良心的な安宿に居を構え、ラグイッドに相談しながら依頼を受けている。
 友康が希望したのは主に、広く浅くごく一般的な冒険者と依頼をすることだ。
 ルーカスに冒険者のいろはを学びながらこなしたチュートリアル、聖と春樹に様々なことを聞きながら過ごした日々で、友康は早々に気付いてしまっていた。
 聖と春樹のことは最初から論外だったが、ルーカスも、もしかしたらちょっと非常識の部類に入るんじゃないか、と。
 友康の趣味ともいえる特技は、観察だ。それは人だろうと物だろうと風景だろうと、すべてに及ぶ。
 傍目にはあまり出ていなかったが、混乱していた最初の数日でもそれは無意識化に発揮され、情報として蓄積されていた。
 その結果が今であり、友康に納得を与えていた。

(――とすると、どうするか……。これも検証は必要だが、しかし……)

 数本、どころか数十本の串肉を無意識に食べ終えた友康は、更なる串肉を求めてポーチへと手をかける。その様子に、通り過ぎる人々が若干恐れ戦いていることなど気付きもしない友康だが、ざわめきの中から聞こえたよく知る声には顔を上げた。

「友康?」
「って、ちょ、その串の山は何!? どれだけ食べてるの!?」

 こちらに駆け寄ってくる友の姿に一瞬目を瞬き、そして足もとに落としていたらしい串に気付く。ちなみに周囲の人々は、よくぞ言ってくれた! と謎の感動を覚えている。

「……記憶はないが、食べたんだろう」

 たぶん、と。たいして満腹になっていない腹を抑え、淡々と答える友康に二人は呆れ顔を隠さない。

「いやお前、無意識にこの量って……せめて記憶は残せ」
「うん、知ってるけど意識して食べて。ていうか、もしかして食事量増えてたりする?」
「そう、だな……」

 聖の疑問に、ふとポーチの中身を思い出し、友康は気付いた。

「そういえば、貰った食材は無くなっていたな」
「「え!?」」

 そう、聖が友康を心配して用意してくれた料理は、ポーチの容量もあり多量ではないが、それでもすぐに無くなるような量ではない。それが、今朝には綺麗さっぱりと消えていた。もちろんすべて友康の腹の中。だが、それだけではない事実を驚愕の声を上げた二人に告げる。

「入ってくる金も基本的には、全部食材に消えていくな。まあ、想定内ではあるが」
「いや、そうだけど……」
「マジか……」

 友康の体質的な問題として、それは間違いなくなるべくしてなることではあったし、そうなるだろうと話してもいた。
 だが、実際それが事実になるとは思ってもいなかったのが聖と春樹である。
 何せ異世界。それも落ち人だ。これまでの経験上、何かいい感じのスキルとかが取れてどうにかなるだろ的なことを思っていたのだ。
 それがどうだろうか。現実はそんなに都合よく出来ておらず、友康の食事事情はよくなるどころか悪化の一途をたどっている。
 本人に焦りも悲壮感もないのが不思議で仕方がないが、聖は一つ頷いた。

「友康。今日はもう休むだけだよね? ご飯作るから食べにおいでよ」
「いいのか?」
「いや、お前さすがにこの状況で放置はできないだろ」

 どうしようもない程の呆れ顔で言う春樹に、友康はそれもそうかと聖の提案に有難く頷く。
 そして、足もとに散らばった串を片づけた友康は聖と春樹と共に、その場を後にした。
 もちろん会話が聞こえていた周囲の何とも言えない雰囲気など、欠片も気付くことはなかった。





□ □ □





 一週間前に滞在していた懐かしの家の居間にて、テーブルの上に並べられていく、多量の料理たち。友康のためというのもあり、調理済みのものをポーチから取り出し並べた聖は、さらに手早く簡単に出来るものも調理していく。
 それを友康は遠慮なく、片っ端から食べていた。さっき食べていた多量の串肉は何処に行った、と言わんばかりの食べっぷりである。

「……ホントに食べる量、増えてないか?」
「そのようだな」

 のんびりと、だが自分の分は確保済みの春樹が呆れを通り越して感心したように問うのに頷き、友康は更に食べ進める。
 ちなみに消えていく料理の総量が己の体のどこに入っているのかは、友康自身も疑問だが、気にしても仕方がないのだろうとそこは納得させた。

「……間違いない、か」
「ん?」

 思わず漏れた呟きに春樹が顔を向けるが、何でもないと友康は首を振る。
 食べつつも友康はずっと己のステータスを見続けていた。そこにはここ数日浮かんでいた疑惑が確信へと変わるだけの、確かな根拠があった。

「はい、追加の料理……って、まだ足りない感じ?」
「ああ、まだいける。ところで聖」
「なに?」

 次は何を作ろうかと考えている聖を友康は呼び止め、じっと見つめる。

「結論は出た」

 友康ははっきりと告げた。

「聖、俺は一生お前についていくことをここに誓おう」
「なにごと!?」

 驚愕を浮かべ、盛大に疑問符を浮かべる聖だが、友康にとってはとくに驚くことを告げたつもりはない。よって目を白黒させる聖に淡々と料理の追加を頼み、何か言いたげの聖をその場から追い出す。
 そして、視線を向けた。

「言いたいことがあるなら、聞こう」
「いや、それは俺の台詞だからな」

 頬杖をついて半眼な春樹だが、友康の言葉に驚いた様子はない。
 だろうな、と思いつつ友康は眼鏡の縁を上げる。

「守りは多いに越したことはないだろう、必要か否かは別として」
「まあ、それはそうだが……予想通りすぎるというかなんというか。あー……態々離れる必要あったのか?」

 春樹の不満はそこだけだった。どうせ戻って来るなら出る必要はなかったのではないかと。
 それに友康は眉を上げた。

「それだとこの先、不都合があるかもしれないだろう、いろいろと」
「あ? なにが」
「この世界の一般常識、ないだろうお前たち」

 当然の如く告げた言葉に、春樹はばつの悪い顔を浮かべた。
 友康は最初から、二人と行動を共にするつもりだった。もちろん二人がいいと言った場合ではあったが、高確率でそれは問題ないだろうと踏んでいた。だがしかし、そうなるとこの世界の普通が分からないだろうことに早々に気付いたため、一度離れることを選んだのだ。
 まあ、それも一週間が限界だったが。
 友康はテーブルに並べられた料理の一皿を引き寄せ、口に運ぶ。途端広がる恐ろしい程の旨味。そんな串肉を見つめて春樹に問う。食材に関しては、名前くらいしか聞いていなかった、それ。

「トンデブータ、だったか?」
「あー、そーだなー」

 逸らされた目線に、常識云々の自覚はあるようだと、友康は内心で笑う。
 聖たちと別れてから、有難くも一緒に依頼を受けてくれた親切なパーティとの何気ない会話に、そういえばあの美味しすぎる魔物は何処にいるのだろうかと興味本位で聞いた友康に返ってきた彼らの必死すぎる表情と言葉は忘れられない。

『何かあったの!? 世を儚んじゃダメよ!?』
『まだ若いんだから死に急ぐな!!』
『莫大な借金があるのか!? 相談に乗るから早まるなよ!?』

 などと言われ、誤解を解くのに一時間ほどかかり、田舎から出てきたので無知すぎるという印象を彼らに与えることになった。まあ、そのおかげでその後はどんな非常識な質問をしようと驚かれることが無くなったのは、良しといえるのだろう。
 冒険者の睡眠事情から始まり食事などの細々としたことなど、友康は極々一般的な常識をこの一週間できっちりと学んだ。だからこそよくわかる。

「聖の作る料理はおかしいな」

 合流するまでに何があるかわからなかったため、あえて詳しく聞かなかったし、教えなくていいとも言ったが、もう遠慮はいらないだろうと友康は言う。

「スキルか? 屋台などにあるような一般的な食べものと味が違いすぎる。それに、回復速度が格段に違う」

 途端、思い当たることがあるのか春樹の表情が真顔になる。
 友康が気付いたのも、依頼を受け初めてからだ。スキルを使えば使うほど回復に食べ物を必要とするこの体。そのためすぐ食べられるようにと屋台で安価な串肉を常に多めに購入して食べるようにしていたのだが、それを食べているときと、聖の用意してくれた料理を食べているときの回復量が違うことに気が付いた。さらに言うと、聖の料理の中でも食材によって回復量が変わる。
 初めは、ただ単に食材によって変わるのかと思った。だが、店で購入して食べるものはどんな食材だろうと常に回復量が変わらず、聖の料理だけがおかしかったのだ。

「まあ、聖の職業は主夫だからというのも関係があるとは思うが、それだけじゃないんだろう?」
「たぶん、な。聖の料理だけが違う理由はあるから、まあ……後で説明する」

 今じゃないのかと思った友康だが、スキル関連の説明が長くなるとの返答に、なるほどと頷いた。予想通り一筋縄ではいかない状況になっているようだと友康は笑う。
 その様子に、春樹は溜息をついた。

「戻って来ることは予想通りだし、俺たちに一般常識が欠けてるのも事実だが……尤もらしいこと言ってるけど、一番の理由は屋台の味に満足できなくなったことだろ」

 グルメだもんなお前、という春樹の指摘に、今度は友康が視線を逸らした。こちらも自覚はある。だが言い分もある。

「そうは言うが春樹。こちらの世界に来て早々に、あれだけ美味なものを食べさせられてみろ、お前とて好んで他のものを食べようとは思わないだろう?」
「それは当たり前だろ」

 友康の主張に、春樹も当然ながら頷く。

「この世界の食材は美味いし、聖が調理すればさらに美味くなる」

 春樹はぐっと拳を握りしめた。

「俺と聖はこの世界の美味いものを食べつくすために旅をすると決めている!」

 聖が聞けば「そうだっけ? いや間違ってもいないし美味しいものも食べたいから……あってる、ような?」と首を傾げるような春樹のとんでもない主張だが、友康は重々しく頷いた。

「それは素晴らしいな」
「そうだろう? この前は話してなかったが実は――」

 もはや隠す必要もないとばかりに嬉々として話し始めた春樹と、楽しげに聞き役にてっする友康。そんな二人の主に美味しいもの談義は、追加の料理を大量に運んできた聖が今度こそとばかりに、友康に説明を求めるまで続いた。



 ちなみにその後、いつものように呼び出されていた城からお疲れ気味に戻ってきたルーカスは、友康が再びお世話になることを知ると「二人も三人も変わらないしな」と、培われた若干の諦めの感情と共に頷いたという。



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