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127 去りゆく彼を見送った
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昨晩、春樹たちが野営していたのは安全部屋ではなく、最下層内の少しだけ開けた場所だった。
聞けば、聖がいつ戻るのか不明だったこともあり、なるべく近くを選んだらしい。魔物が弱いからこそ選択できることだった。
辺りを囲むように置かれたのは、魔物除けの効果があるお香。人には無臭に感じられるが、魔物にとっては嫌な匂いらしい。もっとも、ある程度レベルの高い魔物には効果はないが。
そんな場所で朝ご飯にと、焼いたキノコを食べるルーカスたちを見ながら話していた聖は、衝撃の事実を知った。
それは聖が獲得したまな板についてだ。
「……え、そうなん、ですか?」
唖然とした声を上げる聖に、ルーカスが当たり前のように頷く。
なんてこったというのが聖の感想で、へーとただ納得したのが春樹と友康だ。ちなみに友康の料理の腕前は、学校の調理実習で鍋をかき混ぜる役だといえばわかるだろう。春樹と大差ない。
「そんな機能があるとは思いませんでした」
まず、まな板というものはこの世界になかった。
聖は台所の作業台にまな板を置いて使うが、この世界では作業台に直に食材を置いて切るという。肉も魚も野菜も。衛生的にどうだろうと思ったが、そこは魔法のある世界。台所の作業台には必ず魔石が付いており、そこに魔力を流すだけで【洗浄】の魔法が発動される仕組みになっているそうだ。
なのでいつでも清潔で綺麗。
そういえば間借りしているルーカスの家の台所にもあったなと、聖は思い出す。
小さな透明な石。特に気にも留めず、飾りだろうと思っていたのだがそれが魔石。知らなかったので何かをするたびに拭いたり、春樹に頼んで【洗浄】を使ってもらっていた。
「あー、言っておけばよかったな。宿屋暮らしだと台所を使う機会もないしな」
頭を掻きながら苦笑して告げるルーカスに、遠い目をしていた聖は慌てて表情を戻し、首を振る。
包丁と同様に、まな板に関しても聖は誰かに聞くことはしなかった。それはうすうすこの世界にはないのだろうと察していたからかもしれない。
だからこそ、すべては聖自身の責任だ。
「いえ! 聞かなかった僕が悪いですし、今後は便利になるから嬉しいです」
台所の便利機能を知り、念願のまな板も手に入ったのだ。喜びは倍になる。
そう笑って告げる聖に、ルーカスもそういうものかと笑って頷いた。
その後は多少の雑談を交えながら朝食を食べ終え、少しばかり友康のチュートリアルの仕上げをして、ダンジョンを出る。
そのまま冒険者ギルドへ行き、依頼の終了報告やら何やらをしていると、何故か聖だけが個別で呼ばれた。
「え? 僕なんかしました?」
「そういえば神隠しの当事者はギルマスに報告の義務があったな……。おそらくそのことだろう。覚えてることと、そのまな板を見せれば問題ないはずだ」
「……わかりました」
ルーカスの言葉に頷き、聖は一人、少し前に来たばかりのギルドマスターの部屋へと通される。
そして、ラグイッドに促されるまま向かい合うようにソファに腰掛けた。
「まさかとは思ったけど、さすが落ち人。はずさないよねー」
「……」
相変わらずやる気のなさそうな声音で言われた言葉に、聖は無言を返す。というか、どう返すのが正解かわからない。
「じゃあ、さっそくだけど覚えてる範囲でいいから教えてねー。あ、言いたくないことは言わなくていいし、答えられる範囲でいいからねー」
「あ、はい」
なんとも緩い感じの言葉に、聖は数度瞬いてから返事をする。そしてそのまま、聖が『覚えている』内容を話しだす。
ルーカスたちと合流する前に春樹から聞いたが、春樹は聖から一方的に送られた内容について、二人に何も話していなかった。それは、スキルを教えなくてはならなくなるという理由もあったが、何よりもいろいろと衝撃的過ぎて消化できず、上手く話す自信がなかったというのも大きい。
挙動不審になった春樹に対して若干ルーカスが訝しげな顔をしていたが、聖が心配なのだろうと納得し、特に何も言わなかったそうだ。そして、友康は何かを感づいているようだったが、こちらもまた春樹に対して何かを言うことはなかった。
そんな訳で、詳細を正確に把握しているのはある意味、春樹のみになる。もちろん聖も聞かされたので知ってはいるが、実感はまるでない。
「まったく記憶はないんですけど、なんていうかこう……理不尽な目にあった気がします」
「おやー? それはまた珍しい回答だねー。風景とか覚えてないのー?」
「風景……」
うーんと、聖は一生懸命記憶を探る。もちろん雪山にいた、とは春樹から聞いているので知っているが、それをそのまま言うのは違うだろうとの思いがある。
(えーと風景風景……雪山って、どんな状況……あ)
ふっと、頭の中に何かが過った。それをそのまま声に出す。
「……真っ白?」
「真っ白? 周りが白かったってことかなー? てことは、雪景色とか白い部屋とか……大穴で白い魔物が大量発生な状況とかもあるかもしれないけどねー」
「え」
さすがに魔物の大量発生で無事に生還できる気はしない。聖は、頬を引きつらせる。
「あ、でも魔物は出たみたいです」
「……それは初めての報告」
ラグイッドの眠そうに半分閉じられた瞳が、驚いたように見開かれる。だがそれも一瞬で、すぐに元に戻った。
「んーと、それはどんな魔物とか覚えてる感じー?」
「あ、いえ。ポーチに入れた覚えのないものが入ってたので」
聖は大振りのキノコ数種類と、【ニセキノコ】を取り出して、机の上へと並べていく。別にこれは見せても問題ないだろうと判断してのことだった。
だが、それの一つ。ニセキノコを見たラグイッドが若干嫌そうに眉を寄せた。
その反応になんだろうと、聖は首を傾げる。
「ラグイッドさん……?」
「ああちょっと……昔の知り合いにそれが大好物の奴がいてねー。一応それ、レアなドロップ品のはずなんだけどどういう訳か大量に持ち歩いて、常に食べてたんだよねー。……わざわざ人の目の前で」
だから見るだけで胸焼けがすると、呟くラグイッドに聖は恐る恐る聞いてみる。
「あの、それってまさか落ち人……英雄王とか、ですか?」
「ああ、安心して。英雄王じゃないよー……落ち人ではあったけど……」
「……」
それは安心していいのか。英雄王のイメージが崩れなくてよかったと思うと同時に、落ち人の所業が積み重なり遠い目をしてしまう。
「まー、アレのことはいいよ。続きいこーか」
「あ、はい」
これ以上聞いてくれるなと言わんばかりのラグイッドに、聖は素直に頷く。
「それで、あそこから貰ってきたのがそれだっけー?」
「はい、まな板です」
「へー」
ラグイッドは何の変哲もない長方形の板をしげしげと眺め、首を傾げる。
「不思議なものを欲しがるんだねー。落ち人さんだから詳しくは聞かないけどー」
聞くだけ疲れるというように、ラグイッドはあっさりとまな板から興味を外す。
それに聖もまあいいかと、特に何も言わない。
「じゃあ、大体聞けたしもういいよー。あ、多少だけど謝礼が出るから受付で貰ってってねー」
「そうなんですね。ありがとうございます」
情報提供になるのだろうと、聖は頷くと机に出したものを仕舞い、立ち上がる。
「それじゃあ失礼します」
「はーい」
軽く礼をして、扉へと向かう。そして扉に手を触れようとしたとき、呼び止められ振り返る。
「最後に一つだけ聞いとこうかなー」
「なんですか?」
ラグイッドの、眠たげに半分閉じられた薄い青みがかった瞳が、静かに聖を見据えている。
彼の瞳はこんな色をしていただろうかと、聖はふとそんなことを思う。
「元気だった?」
それは誰のことを指しているのか。
それを聞こうと聖は口を開き――するりと、意図せず言葉が滑り落ちた。
「元気でしたし、すごく楽しそうでした――あれ?」
今、自分は何を言ったのか。思わず口を押える聖に、ラグイッドの間延びした声が聞こえる。
「……そう。ありがとー、それじゃあ今度こそ本当にお疲れさまー」
「あ、はい」
聖はそのまま、釈然としない気分を抱えながらも促されるまま扉を出る。
そして言われたように受付で謝礼を受け取り、帰路につく。
「聖、なんかあったのか?」
「え? 何?」
横を歩く春樹を見ると、訝しげに眉を寄せていている。
「いや、なんか難しそうな顔してるから何か変なことでも言われたのかと」
「別に何もなかったよ。いや、何かあったようななかったような……?」
パタパタと手を振って否定した聖だが、すぐに前言撤回して首を傾げる。
「やっぱり何か……」
「あ、いや、大丈夫」
心配げな春樹に、今度こそ聖はきちんと否定の言葉を返す。それでも春樹は気にしていたが、それ以上は何も言わずため息をついた。
「まあ、なんかあったら言えよ?」
「うん」
素直に頷いて、聖は内心首を傾げる。
(……なんか意味不明なことを言われたような気がするんだけど……なんだっけ?)
考えるも、頭の一部に靄がかかったように徐々にその記憶は遠ざかる。
そして、ルーカスの家についたときには、疑問に思ったことさえも忘れた。
翌日の昼前。
聖と春樹は、友康を見送るために家の前に出ていた。
「……本当に、もう行くの? もうちょっと慣れてからの方がいいんじゃないの?」
「最初から決めてたことだ、心配するな」
チュートリアルが終わった友康は、一人で異世界を自由に歩いてみたいと聖たちに別れを告げていた。
とはいえすぐにこの王都を出るわけでもない。
「それに宿もルーカスさんに紹介してもらっているし、ギルドに行けば会うこともあるだろう」
「まあ、そうだけど……」
それでも聖の心配は尽きない。何よりも食事の面で。
ポーチに入る限りの簡単に食べられる料理を餞別として渡したが、それほど量は多くない。友康はいまだにアイテムボックスのスキルを持っておらず、あるのはおまけとして付いていた容量の少ないポーチだけだ。
ちなみに友康が持っていたみかん箱は、なぜか聖に預けられている。何に使えばいいのかと聖は軽く悩んだ。
「とりあえず友康。ルーカスからも言われてるだろうけど、お前の場合はとにかく食費食材優先。忘れるなよ」
「ああ。切って捌いて焼くのはどうにかなるからな」
友康は春樹とは違い、自分で捌けるのでそこは安心である。
「さて、二人とも」
友康はいまだ心配げな表情の聖と、苦笑を浮かべている春樹を見る。そして、用事があるからと早朝に別れを告げたルーカスを思い出す。
「異世界転移ものとしては、割と恵まれたスタートだろう。じゃあまたな」
ひらりと手を振って、友康は二人に背を向けた。
「食べるもの無くなったら、戻ってきなよー!」
「ほどほどになー!」
そんな声をかけてその背が見えなくなるまで二人は見送った。
「……大丈夫かな?」
「そうだな……まあ俺の予想では、一週間から十日で戻って来るだろうな」
「え!?」
大丈夫だという肯定が返ってくると思った聖は、驚いて春樹を見る。
「……春樹」
「ん?」
春樹は何処かからかうような表情を浮かべており、冗談だったのかと聖は笑った。
さすがにそれはないだろうと思いながら。
――がしかし、その一週間後。
「聖、俺は一生お前についていくことをここに誓おう」
「なにごと!?」
実にあっさりと、春樹の言葉は現実となる。
■ ■ ■
書籍3巻、電子書籍でも発売中。
どうぞよろしくお願いします。
聞けば、聖がいつ戻るのか不明だったこともあり、なるべく近くを選んだらしい。魔物が弱いからこそ選択できることだった。
辺りを囲むように置かれたのは、魔物除けの効果があるお香。人には無臭に感じられるが、魔物にとっては嫌な匂いらしい。もっとも、ある程度レベルの高い魔物には効果はないが。
そんな場所で朝ご飯にと、焼いたキノコを食べるルーカスたちを見ながら話していた聖は、衝撃の事実を知った。
それは聖が獲得したまな板についてだ。
「……え、そうなん、ですか?」
唖然とした声を上げる聖に、ルーカスが当たり前のように頷く。
なんてこったというのが聖の感想で、へーとただ納得したのが春樹と友康だ。ちなみに友康の料理の腕前は、学校の調理実習で鍋をかき混ぜる役だといえばわかるだろう。春樹と大差ない。
「そんな機能があるとは思いませんでした」
まず、まな板というものはこの世界になかった。
聖は台所の作業台にまな板を置いて使うが、この世界では作業台に直に食材を置いて切るという。肉も魚も野菜も。衛生的にどうだろうと思ったが、そこは魔法のある世界。台所の作業台には必ず魔石が付いており、そこに魔力を流すだけで【洗浄】の魔法が発動される仕組みになっているそうだ。
なのでいつでも清潔で綺麗。
そういえば間借りしているルーカスの家の台所にもあったなと、聖は思い出す。
小さな透明な石。特に気にも留めず、飾りだろうと思っていたのだがそれが魔石。知らなかったので何かをするたびに拭いたり、春樹に頼んで【洗浄】を使ってもらっていた。
「あー、言っておけばよかったな。宿屋暮らしだと台所を使う機会もないしな」
頭を掻きながら苦笑して告げるルーカスに、遠い目をしていた聖は慌てて表情を戻し、首を振る。
包丁と同様に、まな板に関しても聖は誰かに聞くことはしなかった。それはうすうすこの世界にはないのだろうと察していたからかもしれない。
だからこそ、すべては聖自身の責任だ。
「いえ! 聞かなかった僕が悪いですし、今後は便利になるから嬉しいです」
台所の便利機能を知り、念願のまな板も手に入ったのだ。喜びは倍になる。
そう笑って告げる聖に、ルーカスもそういうものかと笑って頷いた。
その後は多少の雑談を交えながら朝食を食べ終え、少しばかり友康のチュートリアルの仕上げをして、ダンジョンを出る。
そのまま冒険者ギルドへ行き、依頼の終了報告やら何やらをしていると、何故か聖だけが個別で呼ばれた。
「え? 僕なんかしました?」
「そういえば神隠しの当事者はギルマスに報告の義務があったな……。おそらくそのことだろう。覚えてることと、そのまな板を見せれば問題ないはずだ」
「……わかりました」
ルーカスの言葉に頷き、聖は一人、少し前に来たばかりのギルドマスターの部屋へと通される。
そして、ラグイッドに促されるまま向かい合うようにソファに腰掛けた。
「まさかとは思ったけど、さすが落ち人。はずさないよねー」
「……」
相変わらずやる気のなさそうな声音で言われた言葉に、聖は無言を返す。というか、どう返すのが正解かわからない。
「じゃあ、さっそくだけど覚えてる範囲でいいから教えてねー。あ、言いたくないことは言わなくていいし、答えられる範囲でいいからねー」
「あ、はい」
なんとも緩い感じの言葉に、聖は数度瞬いてから返事をする。そしてそのまま、聖が『覚えている』内容を話しだす。
ルーカスたちと合流する前に春樹から聞いたが、春樹は聖から一方的に送られた内容について、二人に何も話していなかった。それは、スキルを教えなくてはならなくなるという理由もあったが、何よりもいろいろと衝撃的過ぎて消化できず、上手く話す自信がなかったというのも大きい。
挙動不審になった春樹に対して若干ルーカスが訝しげな顔をしていたが、聖が心配なのだろうと納得し、特に何も言わなかったそうだ。そして、友康は何かを感づいているようだったが、こちらもまた春樹に対して何かを言うことはなかった。
そんな訳で、詳細を正確に把握しているのはある意味、春樹のみになる。もちろん聖も聞かされたので知ってはいるが、実感はまるでない。
「まったく記憶はないんですけど、なんていうかこう……理不尽な目にあった気がします」
「おやー? それはまた珍しい回答だねー。風景とか覚えてないのー?」
「風景……」
うーんと、聖は一生懸命記憶を探る。もちろん雪山にいた、とは春樹から聞いているので知っているが、それをそのまま言うのは違うだろうとの思いがある。
(えーと風景風景……雪山って、どんな状況……あ)
ふっと、頭の中に何かが過った。それをそのまま声に出す。
「……真っ白?」
「真っ白? 周りが白かったってことかなー? てことは、雪景色とか白い部屋とか……大穴で白い魔物が大量発生な状況とかもあるかもしれないけどねー」
「え」
さすがに魔物の大量発生で無事に生還できる気はしない。聖は、頬を引きつらせる。
「あ、でも魔物は出たみたいです」
「……それは初めての報告」
ラグイッドの眠そうに半分閉じられた瞳が、驚いたように見開かれる。だがそれも一瞬で、すぐに元に戻った。
「んーと、それはどんな魔物とか覚えてる感じー?」
「あ、いえ。ポーチに入れた覚えのないものが入ってたので」
聖は大振りのキノコ数種類と、【ニセキノコ】を取り出して、机の上へと並べていく。別にこれは見せても問題ないだろうと判断してのことだった。
だが、それの一つ。ニセキノコを見たラグイッドが若干嫌そうに眉を寄せた。
その反応になんだろうと、聖は首を傾げる。
「ラグイッドさん……?」
「ああちょっと……昔の知り合いにそれが大好物の奴がいてねー。一応それ、レアなドロップ品のはずなんだけどどういう訳か大量に持ち歩いて、常に食べてたんだよねー。……わざわざ人の目の前で」
だから見るだけで胸焼けがすると、呟くラグイッドに聖は恐る恐る聞いてみる。
「あの、それってまさか落ち人……英雄王とか、ですか?」
「ああ、安心して。英雄王じゃないよー……落ち人ではあったけど……」
「……」
それは安心していいのか。英雄王のイメージが崩れなくてよかったと思うと同時に、落ち人の所業が積み重なり遠い目をしてしまう。
「まー、アレのことはいいよ。続きいこーか」
「あ、はい」
これ以上聞いてくれるなと言わんばかりのラグイッドに、聖は素直に頷く。
「それで、あそこから貰ってきたのがそれだっけー?」
「はい、まな板です」
「へー」
ラグイッドは何の変哲もない長方形の板をしげしげと眺め、首を傾げる。
「不思議なものを欲しがるんだねー。落ち人さんだから詳しくは聞かないけどー」
聞くだけ疲れるというように、ラグイッドはあっさりとまな板から興味を外す。
それに聖もまあいいかと、特に何も言わない。
「じゃあ、大体聞けたしもういいよー。あ、多少だけど謝礼が出るから受付で貰ってってねー」
「そうなんですね。ありがとうございます」
情報提供になるのだろうと、聖は頷くと机に出したものを仕舞い、立ち上がる。
「それじゃあ失礼します」
「はーい」
軽く礼をして、扉へと向かう。そして扉に手を触れようとしたとき、呼び止められ振り返る。
「最後に一つだけ聞いとこうかなー」
「なんですか?」
ラグイッドの、眠たげに半分閉じられた薄い青みがかった瞳が、静かに聖を見据えている。
彼の瞳はこんな色をしていただろうかと、聖はふとそんなことを思う。
「元気だった?」
それは誰のことを指しているのか。
それを聞こうと聖は口を開き――するりと、意図せず言葉が滑り落ちた。
「元気でしたし、すごく楽しそうでした――あれ?」
今、自分は何を言ったのか。思わず口を押える聖に、ラグイッドの間延びした声が聞こえる。
「……そう。ありがとー、それじゃあ今度こそ本当にお疲れさまー」
「あ、はい」
聖はそのまま、釈然としない気分を抱えながらも促されるまま扉を出る。
そして言われたように受付で謝礼を受け取り、帰路につく。
「聖、なんかあったのか?」
「え? 何?」
横を歩く春樹を見ると、訝しげに眉を寄せていている。
「いや、なんか難しそうな顔してるから何か変なことでも言われたのかと」
「別に何もなかったよ。いや、何かあったようななかったような……?」
パタパタと手を振って否定した聖だが、すぐに前言撤回して首を傾げる。
「やっぱり何か……」
「あ、いや、大丈夫」
心配げな春樹に、今度こそ聖はきちんと否定の言葉を返す。それでも春樹は気にしていたが、それ以上は何も言わずため息をついた。
「まあ、なんかあったら言えよ?」
「うん」
素直に頷いて、聖は内心首を傾げる。
(……なんか意味不明なことを言われたような気がするんだけど……なんだっけ?)
考えるも、頭の一部に靄がかかったように徐々にその記憶は遠ざかる。
そして、ルーカスの家についたときには、疑問に思ったことさえも忘れた。
翌日の昼前。
聖と春樹は、友康を見送るために家の前に出ていた。
「……本当に、もう行くの? もうちょっと慣れてからの方がいいんじゃないの?」
「最初から決めてたことだ、心配するな」
チュートリアルが終わった友康は、一人で異世界を自由に歩いてみたいと聖たちに別れを告げていた。
とはいえすぐにこの王都を出るわけでもない。
「それに宿もルーカスさんに紹介してもらっているし、ギルドに行けば会うこともあるだろう」
「まあ、そうだけど……」
それでも聖の心配は尽きない。何よりも食事の面で。
ポーチに入る限りの簡単に食べられる料理を餞別として渡したが、それほど量は多くない。友康はいまだにアイテムボックスのスキルを持っておらず、あるのはおまけとして付いていた容量の少ないポーチだけだ。
ちなみに友康が持っていたみかん箱は、なぜか聖に預けられている。何に使えばいいのかと聖は軽く悩んだ。
「とりあえず友康。ルーカスからも言われてるだろうけど、お前の場合はとにかく食費食材優先。忘れるなよ」
「ああ。切って捌いて焼くのはどうにかなるからな」
友康は春樹とは違い、自分で捌けるのでそこは安心である。
「さて、二人とも」
友康はいまだ心配げな表情の聖と、苦笑を浮かべている春樹を見る。そして、用事があるからと早朝に別れを告げたルーカスを思い出す。
「異世界転移ものとしては、割と恵まれたスタートだろう。じゃあまたな」
ひらりと手を振って、友康は二人に背を向けた。
「食べるもの無くなったら、戻ってきなよー!」
「ほどほどになー!」
そんな声をかけてその背が見えなくなるまで二人は見送った。
「……大丈夫かな?」
「そうだな……まあ俺の予想では、一週間から十日で戻って来るだろうな」
「え!?」
大丈夫だという肯定が返ってくると思った聖は、驚いて春樹を見る。
「……春樹」
「ん?」
春樹は何処かからかうような表情を浮かべており、冗談だったのかと聖は笑った。
さすがにそれはないだろうと思いながら。
――がしかし、その一週間後。
「聖、俺は一生お前についていくことをここに誓おう」
「なにごと!?」
実にあっさりと、春樹の言葉は現実となる。
■ ■ ■
書籍3巻、電子書籍でも発売中。
どうぞよろしくお願いします。
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