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114 誰にも相談できない悲しみ

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 城へと上がる道の途中に、それはある。
 全体は真っ白で、中身が重要だから外側なんてどうでもいいと言わんばかりにシンプルな、装飾の1つもない建物。
 それが『書の館』である。

「なんか、つるっとしてるね」
「そうだな。なにかでコーティングしてる感じだよな」

 シンプルだが汚れが1つもない。
 きっと便利な魔法とかがあるのだろうと、勝手に納得する。

 ルーカスの「相談」の翌日、すぐにトンデブータを渡しており、許可が下りるまでどのくらいかかるかな、なんて思っていたらその夜には許可が下りていた。
 対応が早すぎて、正直怖い。

 ちなみにその日は、港へと再チャレンジしていたのだが、【ツブツブの貝】は月に1回の水揚げらしく、昨日はラッキーだったらしい。
 もっと買おうかと思っていたので残念ではあるのだが、他の魚介を購入できたので良しとしよう。


【悪魔の吸盤】
 長くにょろっとしており、その吸盤に吸い付かれたら命が危ないと言わしめる魔魚。焼くと綺麗なピンク色になり、香ばしい匂いがする。美味い。


 まあ、巨大なタコ足だった。
 ただ、本当に足だけ、というのが衝撃的ではあったが、美味しければ問題ない。
 そして、落し物が書いてあった掲示板があまりにも気になったので、怖いもの見たさで聞いてみた。
 とくに、『海の男』について。

『あれは夫婦喧嘩の延長だよ。旦那が「オレは落し物だ!」って言い張って帰らず、痺れを切らした奥さんが迎えに来るパターン。そんでまあ、仲直りってな』

 あまりにも日常茶飯事で喧嘩して帰らない海の男が頻発したため、冗談で掲示板に書き込んだところ、呆れた奥さんが迎えに来るようになったそうだ。
 そして、それがいつしか伝統になってしまったらしい。
 ……伝統ってなんだろうな、と正直思ってしまった。
 まあ、笑い話で済んだのでいいのだが。

 ちなみに『何かの目玉』は本当に目玉だった。というか落ちているのを見てしまった。
 道端に落ちている、サッカーボールくらいの目玉。
 しかもその周りには血が滴っているという、スプラッターな状態。
 それを見た春樹が一瞬、気絶しかかった。聖はというと、割と平気だった。びっくりはしたが。
 結局、すぐさま回収され、主夫の目で見るのも忘れたため、なんだったのかはわからなかったのだが、機会があれば見てみようと聖は思い、春樹は忘れることにした。

 そんな、相変わらず衝撃的だった港の翌日、うきうきとしながら『書の館』へと入ったのだが、……なんかこう、場違い感が満載だった。

 魔法使いが着るようなローブを纏った人たちが大勢。しかも誰もかれもがフードを目深にかぶっており、その顔は全く見えない。
 思わず回れ右をしそうになったが、受け付けが目に入ったので勇気をもって進む。

「ようこそ、『書の館』へ。許可証を拝見いたします」
「あ、はい。お願いします」

 渡し、ちょっとだけ安堵の息をつく。
 受付の女性は、いたって普通の恰好だった。これで受付の人までフード着用だったら、間違いなく一旦外に出ていた。そしてたぶんフードつきのローブを購入して再チャレンジしなければならなかっただろう。

「はい、確認が取れました。それではこちらの指輪をどうぞ」
「えっと、嵌めればいいんですか?」
「はい。こちらの指輪は本の鎖を外すのに必要となります。外す際には、この指輪の飾り部分と鎖にある印を合わせてください。それで外れます」
「わかりました」
「お帰りの際は、ご返却ください」
「はい、ありがとうございます」

 お礼を言って、中へと進む。
 すべての本は表紙が見えるように置かれており、その1つ1つに鎖が見える。そして、中央には螺旋階段が見える。

「……どこから見る?」
「……どこからっていうか……」

 さすがにこれだけ広いと、どこから手を付けていいのか迷ってしまう。きょろきょろと辺りを見渡し、案内板を発見した。
 それによると、ここは地下3階、地上2階の建物らしい。

「んーと、地下2階あたりかな?」
「そうだな。とりあえずそこ行くか」
「ん」

 この世界に来てから、あるならば読みたいと思っていた本がある。
 なのでこの王都に来てから、本屋や露店で探してはみたのだが見つからなかった。
 探し回ってわかったことは、本屋にあるのは『ごくごく一般的で、たまに珍しい本』で、露店にあるのは『面白おかしい、人によっては価値のある本』だったりする。
 なので、探しているものを聞いてみても「『書の館』にはあるかもな」と返ってきており、若干諦めていたのだが、思いがけず入れることになったので万々歳である。

 ちなみに聞くところによると、実際は許可を求めて申請をすると、許可が下りても下りなくても、結果まではだいぶ時間がかかるらしい。下手をすると年単位だとか。
 トンデブータ万々歳である。

「えーと職業職業……あ、あった」
「あったか? って、……多いな」
「……うん、多い」

 探していたのは、職業に関する本。その職業によって、覚えるスキルとか、使える武器とか防具とか、そういうものがわかればいいなと思っていたのだが、……思っていたよりも膨大だった。

「……まあ、僕らが知らないだけで、きっといっぱいあるんだろうね」
「だよな……」

 ちょっとため息をつきつつ、目次を確認しながら、それぞれの職業が書かれた本を探していく。

「……ねえ、『海の男』って職業あるんだけど、『漁師』とは別に……」
「何が違うんだ……? あ、『砂師』と『土師』っていう謎の職業もあるぞ? 砂と土の違い?」
「砂と土……泥とかもあったりして?」
「……言ってはいけないことを。あったぞ『泥師』……」
「あったの!? っと、ごめん」

 思わず声を上げかけて、口を押える。

「……危ない、静かにしないと……と? あ、『主夫』あった」
「ちょうど『守護者』も見つけたとこだ。あの辺に座って読むか」
「そうだね」

 鎖を外し、本を持って近くにある椅子に腰かける。

「たぶん春樹は早く読み終わるだろうから、好きなの読んでてね」
「あいよ」

 言って、本を読み始める。

 内容としては、その職業の人たちが、最初から持っていることが多いスキルと、あとから発生したスキルについて、それぞれ詳細が書かれていた。
 書かれていたのだが、最初の段階で聖は首を傾げざるを得なかった。

『主夫が最初から持っていることが多いスキル』
 料理、裁縫、火魔法、目利き、家事、……などなど

 そのほか、あとから発生するスキルを見ても、聖が持つ『主夫のなんちゃらシリーズ』は何処にもない。

「……。……」

 そっと、目頭を押さえる。
 いや、わかっていたのだ。あるわけがないというのは。
 わかってはいたのだが、一縷の望みを持ってもいたのだ。
 職業『主夫』ってそういうものだと、普通のスキルだよと、肯定してもらいたかったのだ。
 けれど、その望みは完膚なきまでに絶たれ、普通じゃないと認定されてしまった。
 いったいどうしろというのか。

「…………はあ」
「どうした?」
「いや、なんでもないから気にしないで」
「そうか?」

 不思議そうにする春樹は、すでに読み終えたのかその手には別の本がある。
 ちなみに春樹に言うと間違いなく「これぞ主人公! 普通じゃないスキル!」との言葉が返ってくるので、言わない。

 気を取り直して、読み進める。
 こちらの心情はどうであれ、この先覚えれるかもしれないスキルの情報は、大事である。
 黙々と読み進めて、ようやく読み終わる。
 ぱたんと閉じて、ぐっと伸びをする。
 どうやら春樹は別の本を取りに行っているらしく、見える範囲にはいなかった。

「……何読んだのか、あとで聞こう」

 有用な情報があればいいなと、呟いて、さてどうしようかと暫しぼんやりとする。
 手に入れた情報では、見事なまでに普通の『主夫』と聖の『主夫』が違うということが判明してしまった。
 確かに、同じスキル名もあるし、似たようなスキル名もある。けれどどう考えても違うとしか判断しようがなく、誰かに聞けるものでもないのが悲しいところである。

 そもそも『親友』ってなんだろうか。
 それで貸し出される『主夫の目』もおかしい。『鑑定』でいいじゃないかと、何度でも思ってしまうが、きっと『鑑定』は食べ物に特化していない。
 そうなると『主夫の目』でよかったと思ってしまうのだ。『人』相手に役に立たなくても。
 なんて思いながら、ずっと見ることもなかったのだが、目についた人をなんとなく見てみる。


 名前:なんとかロブ
 種族:たぶん人間
 職業:魔術師
 レベル:まあまあ


 ……あれ?
 どういうわけか、ちょっとだけ詳しくなってる気がしないでもない。

「……そういえば、最近食べもの関連も少し詳しいような……?」

 でもレベルは2のままであり、上がっていない。
 これは一体どういうことだろうかと、内心「?」でいっぱいになっていると、何やら慌てたように脳内アナウンスが流れた。


≫スキル『主夫の目LV2→3』に上がってました!


 …………上がって、ました?


【主夫の目LV3】
 もっとよくいろいろ見えるようになった。わかるよね? ていうか、わかって!


 ………………。
 なんだろう、何をどう突っ込めばいいのだろうか。というか、相変わらずお前は誰なんだといいたい。

「聖? どうしたんだ、頭抱えて」
「あ、うん。ちょっといろいろ考えることっていうか、考えることを放棄したいことがあるんだけどそれは認められないっていうか……」
「ど、どうした? まさかスキル関連でまたなんかあったのか?」
「……そうだね……」

 どこか心配そうに、けれど何かを期待したように言う春樹に、聖はため息をつきながら説明するのだった。

 もちろんその後、声を出さないように口を押えながら、蹲ってぷるぷるする春樹がいたのは、言うまでもない。



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