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108 聖なるお猫様のおもてなし?
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辺りにうっすらと夜の気配が漂い始めるころ、聖はひたすら肉を焼いていた。いや、ひたすら、というかむしろ終わりの見えないエンドレス肉焼き状態である。
あの後、春樹によるモフモフタイムに突入した聖なるお猫様だが、ごろんと仰向けになったまま徐に空に向かって尻尾を一振り。次の瞬間、どさりと大きな何かが落ちてきた。
【トンデブータ】
その巨体からは考えられないほど小さな羽で空を飛ぶ魔物。のほほんとした顔で空を泳いでいるが、羽だけは常に高速で動いており、ひょっとして別々の生きものでは……? と噂になっているとかいないとか。丸々としていて食べ応え十分。美味い。
まあ、安定の突っ込みどころ満載な主夫の目による説明であったが、それはもう諦める。なによりも重要なのは、どこからどう見ても羽のついた豚であるということと、美味いという事実だけである。
しかもご丁寧に仮死状態で落ちてきたので、もちろんさっくりと包丁で最高の状態で仕留める。
「……あ」
『うむ』
つい条件反射でそこまでやって我に返った聖がとっさに聖なるお猫様に顔を向けると、何故だかとても重々しく頷かれた。……春樹にモフモフされながら。
そして、振られる尻尾。そして振ってくるトンデブータたち。もちろん、仮死状態。
「……えーと?」
「美味しく焼いたのが食べたいそうだぞ?」
「つまり、仕留めて捌いて焼けと」
何処か呆れたようなロティスの言葉に、若干ではなく頬が引きつった。
どうして聖の持つ包丁の効果を知ってるのかは聞かない。だって仮にも聖なるとつく猫だ。きっと知っていても不思議じゃないのだろう、と思うことにする。考えたって無駄だ。
それより問題はこの量。
「……どれだけ食べるのかな……」
「レモの実1個で十分な俺様より、だいぶ大きいからな」
「うん、比較するのが間違ってるよね!」
目の前でどんどん振ってくるトンデブータたちを見ながら聖は、ため息をついて包丁を握りしめた。
□ □ □
そして冒頭に戻る。
仕留めて捌いて焼いてはアイテムボックスに収納する、を繰り返すこと数時間。
調理できたトンデブータはおよそ5頭。そこで聖は力尽きた。むしろこれだけできたことを褒めて欲しい。
「うわっ、なんだこれ!? 豚!? って羽!?」
どうやらモフモフタイムが終わったらしい。ようやく我に返ったのか、現実に戻ってきた春樹が驚きの声を上げる。
「そりゃあ驚くよねー……」
周囲に巨大なブタっぽいものが大量に落ちていたら、いくら春樹と言えども驚くだろう。驚かない方がびっくりだ。
「むしろ気付いてなかったことに俺様びっくり!」
「……まあ、春樹だからね……」
ロティスが目を丸くしているが、それが春樹クオリティ。仕方がないと諦めよう。
「って聖!? どうした、なんか疲労度が半端ない気が……?」
「逆に春樹はなんか元気が増したね……」
目を白黒させながら聞いてくる春樹に、聖は力なく笑みを浮かべる。
そう、戻ってきた春樹はなんか光り輝いていた。生命力に満ち溢れていた。疲労困憊の聖とは雲泥の差である。
それはさておき。
「モフモフタイムはもういいの?」
「おう、一生分を堪能した! 満足だな!」
「そう、よかったね。――で、これからあれ順番に仕留めてくから収納して」
「は? ああ、了解……?」
重い体を引きずるようにしてさくさくと仕留めながら、困惑した様子の春樹にも説明していく。
そしてその表情が徐々に微妙なものから同情の眼差しに変わったころ、ようやくすべてを仕留めて収納することに成功した。もちろん捌いても焼いてもいないが。
「あー、うん。本当にお疲れ、聖」
「まだまだお疲れになるけどね!」
投げやりな返答になるのも仕方がないだろう。
だが、そんな聖に朗報がやってきた。
『我は4頭ぐらいあれば十分だぞ?』
「へ?」
『お前たちは美味い食材があればあるだけため込む種族だろう、他は持っていくがいい』
「なんとっ!」
どうやらお土産感覚だったらしい。
その種族的断定はどうかと思うが、くれるというなら異論はない。
聖の瞳がきらりと輝く。
「ありがとうございます! やったね春樹!」
「おう、俺たちじゃあ捕れないもんなこれ!」
「だよね!」
これで苦労が報われたと喜ぶ聖の耳に「これで元気になるのか。さすが落ち人」などと呟くロティスの声が聞こえた気がしたが、それはスルー。
疲労はあるが、気力が戻れば大抵のことは無視できるものである。
「あ、じゃあとりあえず焼いたもの出していきますね。えーと、あの辺の大きな葉っぱ取って貰えますか? ありがとうございます」
取って貰った巨大な葉をお皿がわりに、焼いた肉を4頭分どんと出す。すると、焼きたての山盛り肉から、何とも言えない美味しいそうな匂いが漂い始める。
『ふむ、美味そうだな』
「聖、俺たちの分は!?」
「ん、こっち」
待ちきれない様子の春樹に苦笑して、お皿に乗せた串焼きを取り出す。もちろんロティスにはレモの実を1つ。
そして、豪快に食べ始める聖なるお猫様をなんとなく眺めながら、一口。
「!? なにこれ!」
「うまっ!」
脂が美味しいと言えばいいのだろうか。口いっぱいに広がるうま味とコクのある甘味。決してしつこくなく、さらりと溶けるこの感覚。
「すごい高級なお肉って感じ? 食べたことないけど」
「だよな。いや、これそれ以上じゃないか? だって異世界肉だし、包丁使ってるし」
「そうかも。うん、幸せ」
『ああ、やはりお前たちは気にいるようだな。我の知っている者たちも絶賛していた。――まあ、これはその時以上の味だが』
満足げに頷く聖なるお猫様。
さすが伝説級の包丁である。いい仕事をしてくれる。
「知ってる人たちって同じ落ち人ですか? えっと聖獣様?」
『ん? ああ、我のことはポチと呼ぶがいい』
「ポ?」
「ポチ?」
その名前に思わず顔を見合わせる。
これはあれだろう。どう考えても答えは1つしかない。
「……ひょっとして、その名前は落ち人が……」
『そうだ。今から200年ほど前か。行動を共にした者たちがいてな。その時の1人が呼び名が無いと不便だという理由で付けてくれたのだ。お前たちの世界での由緒正しい伝統に則った名前だと聞いたが』
「なる、ほど……?」
「そう、ですね……?」
『うむ』
なにやら納得したように重々しく頷く聖なるお猫様、改めポチ。
だが、聖と春樹の返答が微妙な表情と疑問形なのは許してほしい。
だって、ポチ。
確かに由緒正しい、のかもしれないある意味。
伝統に則った、といえるかもしれない、昔から言われてるし。
だがなぜに猫にポチ。せめてタマじゃダメだったのかと思ってしまうが、聞きたくとも答えは得られない。過去の落ち人のやらかしとはそういうものであった。
『それで、お前たちは何をしにここに?』
「え? ああ、えっと面白い木の実があるって猫族の人に聞いたので」
そう、インパクトが強すぎるものが多くてすっかり忘れていたが、目的はそれだった。
その言葉に頷くと、ポチは何かを探すように横にある木を見上げる。そして、尻尾を一振り。次の瞬間、頭上に影が出来た。
「え?」
「って逃げろ!!」
「へ?」
思わずぽかんと見てしまう聖を、我に返った春樹がとっさに抱えてその場から飛び退る。
そして一瞬後、目の間にそれが落ちてきた。
「……わーお……」
「……聖、頼むからちょっと現実に戻ってくれ!」
人間理解できない状況に陥ると、単純な言語しか使えなくなるらしい。
そんな聖を春樹が揺さぶる。
春樹だってこんな状況に1人で取り残されたくないので、ある意味必至である。
そんな願いが通じたのか、聖の瞳に徐々に理性の色が戻り始め、ぱちりと瞬く。
「なにこれ」
『これがお前たちが欲しがっていた木の実だ』
「木の実? どう考えても殺人兵器的なこれが?」
呆れたような春樹の声を余所に、聖は目の前のそれをじっと見る。何処かで見たことあるような気がしないでもない。
「……あ、なんかクルミの殻ってこんな感じじゃない?」
「あ? ああ、そういや」
『それが何かは知らんが、猫族が言っている木の実はこれに間違いないだろう』
「そうなんですね……」
どの辺が面白い木の実なのだろうか。
確かにこの、軽く2階建ての家くらいありそうな大きさは、面白いと言えなくもないが殺されかけた身としてはあまり面白くもない。
なので首をひねりながら主夫の目で見てみる。
【にゃたたびの実】
猫族が神と崇めるほど大好きな木の実。生で良し、火を通しても良し、酒にしても良し、何をしても良しな実。猫族以外の種族が食べると、ちょっとだけ疲れがとれる、気がする(ただし、稀に酔っぱらうので注意が必要)。
「「なるほど」」
なんか納得した。
ちなみに猫族は匂いでこの場所を探し当てているらしいが、聖と春樹にはいまだに何の匂いも感じられない。
そこでふと、聖は先ほどからロティスが静かなのに気付いた。
「あれ? ロティス?」
「ポケットにいないのか?」
『小さきものなら、ほれ、そこに転がっているぞ』
「「え?」」
言われた場所を見ると、ロティスが目を回していた。
「ちょ、ロティス!?」
「おれさまそのにおいが……めがまわるぅ……」
「……ひょっとして、匂いがどうとか言ってたのは、この実のことか?」
「あちゃー」
どうやら稀に酔っぱらう、に当てはまってしまったらしい。そっとポケットの中へと戻す。
これをどうにかするまで、どうか耐えて欲しい。
「ちなみにこれってどうすればいいんですか?」
『ああ、お前たちには殻を割るのは無理か。――ふむ、ちょっと待て』
そう言うと尻尾を1振り2振り。なんか便利な尻尾だなぁ、なんて思いながら見ていると綺麗に皮が剥がれたというか剥けた。
そして出てきたのはスイカくらいの大きさをした、オレンジがかった球体の山。それが崩れて押し流されかけたところを尻尾に救い上げられ、呆然と下の流れを見つめる。
「……危ない木の実だね、これ」
「……危ないっていうか、2度も殺されかかってるけどな。この木の実に」
猫族の人が、いったいどうやってこの木の実を収穫しているのかがとても疑問であった。
実際のところ、猫族の収穫は1年に数回であり、集団で上の方から少しずつ殻をめくりながら中の実を取り出していたりするのだが、それを知らない聖と春樹は若干猫族に対し戦慄していた。
猫族って凄すぎる、と。
それはさておき。
流れが収まったようなので地面へと降ろしてもらい、実の1つを一口サイズに切って食べてみる。
ものすごく甘かった。
「あっま」
「うん、すごい甘い。ちょっと料理に使えそう」
「お、マジか。じゃあ全部回収だな!」
「そうだね!」
これは逃す手はない。それに何となく、本当に何となくではあるが少しだけ体が軽くなったような気がしないでもない。いや、気のせいかもしれないが思い込みって大事である。
そしてその日は、夜遅くまでひたすら拾って拾って拾いまくって、そして就寝した。
翌朝、何かよくわからない鳥の鳴き声がしていたりする以外は、いたって普通のいつも通りの朝。
木の実を全部収納したことでロティスも回復したので、出発することにする。
「じゃあ、お世話になりました。――ところで出口は何処ですか?」
「肉がなくなったらまた来る。――出口って空か?」
『ふむ、その無謀極まりないところは種族的なものか』
「落ち人だからな」
ものすごく失礼なことを言われている気はするが、スルー。行き当たりばったりなのは否定しない。
『王都に行くと言っていたか……、近くまで送ろう』
「え? いいんですか?」
『そのぐらいはな。それとこれもやろう』
その言葉と共に目の前に現れたのは、手のひらサイズの金色の鈴。
【ポチの鈴】
認めたものだけが持てる聖なる鈴。
効果:名前を呼んで鳴らすと召喚できる。ただし、本人の気が向けば。
この緩い感じがなんとも猫っぽい。
使うことがあるかはわからないが、来たらいいな、ぐらいの感覚で鳴らすのがいいのだろう。
「ありがとうございます。大切にしますね」
『うむ、暇なときは行く』
「はい」
きっとそれぐらいがちょうどいい。
『では、道を開くか。……この辺りか』
「「え?」」
徐に地面をひっかいた。
あ、尻尾じゃないんだ、なんて思いながら見ているとぽっかり穴が開いた。いや、穴というか丸い形の白い膜というか。
『ここから行くといい。危険はない』
「あ、はい」
危険はないと言われても、流石に少しだけ勇気がいる。
聖と春樹は互いに顔を見合わせて、そして頷き合う。
考えても仕方がない。
「それじゃあ行きますね。ありがとうございました」
『ああ、また』
頭を下げて、そしてそこへと飛び込んだ。
――それがどこに繋がっているかも知らないで。
あの後、春樹によるモフモフタイムに突入した聖なるお猫様だが、ごろんと仰向けになったまま徐に空に向かって尻尾を一振り。次の瞬間、どさりと大きな何かが落ちてきた。
【トンデブータ】
その巨体からは考えられないほど小さな羽で空を飛ぶ魔物。のほほんとした顔で空を泳いでいるが、羽だけは常に高速で動いており、ひょっとして別々の生きものでは……? と噂になっているとかいないとか。丸々としていて食べ応え十分。美味い。
まあ、安定の突っ込みどころ満載な主夫の目による説明であったが、それはもう諦める。なによりも重要なのは、どこからどう見ても羽のついた豚であるということと、美味いという事実だけである。
しかもご丁寧に仮死状態で落ちてきたので、もちろんさっくりと包丁で最高の状態で仕留める。
「……あ」
『うむ』
つい条件反射でそこまでやって我に返った聖がとっさに聖なるお猫様に顔を向けると、何故だかとても重々しく頷かれた。……春樹にモフモフされながら。
そして、振られる尻尾。そして振ってくるトンデブータたち。もちろん、仮死状態。
「……えーと?」
「美味しく焼いたのが食べたいそうだぞ?」
「つまり、仕留めて捌いて焼けと」
何処か呆れたようなロティスの言葉に、若干ではなく頬が引きつった。
どうして聖の持つ包丁の効果を知ってるのかは聞かない。だって仮にも聖なるとつく猫だ。きっと知っていても不思議じゃないのだろう、と思うことにする。考えたって無駄だ。
それより問題はこの量。
「……どれだけ食べるのかな……」
「レモの実1個で十分な俺様より、だいぶ大きいからな」
「うん、比較するのが間違ってるよね!」
目の前でどんどん振ってくるトンデブータたちを見ながら聖は、ため息をついて包丁を握りしめた。
□ □ □
そして冒頭に戻る。
仕留めて捌いて焼いてはアイテムボックスに収納する、を繰り返すこと数時間。
調理できたトンデブータはおよそ5頭。そこで聖は力尽きた。むしろこれだけできたことを褒めて欲しい。
「うわっ、なんだこれ!? 豚!? って羽!?」
どうやらモフモフタイムが終わったらしい。ようやく我に返ったのか、現実に戻ってきた春樹が驚きの声を上げる。
「そりゃあ驚くよねー……」
周囲に巨大なブタっぽいものが大量に落ちていたら、いくら春樹と言えども驚くだろう。驚かない方がびっくりだ。
「むしろ気付いてなかったことに俺様びっくり!」
「……まあ、春樹だからね……」
ロティスが目を丸くしているが、それが春樹クオリティ。仕方がないと諦めよう。
「って聖!? どうした、なんか疲労度が半端ない気が……?」
「逆に春樹はなんか元気が増したね……」
目を白黒させながら聞いてくる春樹に、聖は力なく笑みを浮かべる。
そう、戻ってきた春樹はなんか光り輝いていた。生命力に満ち溢れていた。疲労困憊の聖とは雲泥の差である。
それはさておき。
「モフモフタイムはもういいの?」
「おう、一生分を堪能した! 満足だな!」
「そう、よかったね。――で、これからあれ順番に仕留めてくから収納して」
「は? ああ、了解……?」
重い体を引きずるようにしてさくさくと仕留めながら、困惑した様子の春樹にも説明していく。
そしてその表情が徐々に微妙なものから同情の眼差しに変わったころ、ようやくすべてを仕留めて収納することに成功した。もちろん捌いても焼いてもいないが。
「あー、うん。本当にお疲れ、聖」
「まだまだお疲れになるけどね!」
投げやりな返答になるのも仕方がないだろう。
だが、そんな聖に朗報がやってきた。
『我は4頭ぐらいあれば十分だぞ?』
「へ?」
『お前たちは美味い食材があればあるだけため込む種族だろう、他は持っていくがいい』
「なんとっ!」
どうやらお土産感覚だったらしい。
その種族的断定はどうかと思うが、くれるというなら異論はない。
聖の瞳がきらりと輝く。
「ありがとうございます! やったね春樹!」
「おう、俺たちじゃあ捕れないもんなこれ!」
「だよね!」
これで苦労が報われたと喜ぶ聖の耳に「これで元気になるのか。さすが落ち人」などと呟くロティスの声が聞こえた気がしたが、それはスルー。
疲労はあるが、気力が戻れば大抵のことは無視できるものである。
「あ、じゃあとりあえず焼いたもの出していきますね。えーと、あの辺の大きな葉っぱ取って貰えますか? ありがとうございます」
取って貰った巨大な葉をお皿がわりに、焼いた肉を4頭分どんと出す。すると、焼きたての山盛り肉から、何とも言えない美味しいそうな匂いが漂い始める。
『ふむ、美味そうだな』
「聖、俺たちの分は!?」
「ん、こっち」
待ちきれない様子の春樹に苦笑して、お皿に乗せた串焼きを取り出す。もちろんロティスにはレモの実を1つ。
そして、豪快に食べ始める聖なるお猫様をなんとなく眺めながら、一口。
「!? なにこれ!」
「うまっ!」
脂が美味しいと言えばいいのだろうか。口いっぱいに広がるうま味とコクのある甘味。決してしつこくなく、さらりと溶けるこの感覚。
「すごい高級なお肉って感じ? 食べたことないけど」
「だよな。いや、これそれ以上じゃないか? だって異世界肉だし、包丁使ってるし」
「そうかも。うん、幸せ」
『ああ、やはりお前たちは気にいるようだな。我の知っている者たちも絶賛していた。――まあ、これはその時以上の味だが』
満足げに頷く聖なるお猫様。
さすが伝説級の包丁である。いい仕事をしてくれる。
「知ってる人たちって同じ落ち人ですか? えっと聖獣様?」
『ん? ああ、我のことはポチと呼ぶがいい』
「ポ?」
「ポチ?」
その名前に思わず顔を見合わせる。
これはあれだろう。どう考えても答えは1つしかない。
「……ひょっとして、その名前は落ち人が……」
『そうだ。今から200年ほど前か。行動を共にした者たちがいてな。その時の1人が呼び名が無いと不便だという理由で付けてくれたのだ。お前たちの世界での由緒正しい伝統に則った名前だと聞いたが』
「なる、ほど……?」
「そう、ですね……?」
『うむ』
なにやら納得したように重々しく頷く聖なるお猫様、改めポチ。
だが、聖と春樹の返答が微妙な表情と疑問形なのは許してほしい。
だって、ポチ。
確かに由緒正しい、のかもしれないある意味。
伝統に則った、といえるかもしれない、昔から言われてるし。
だがなぜに猫にポチ。せめてタマじゃダメだったのかと思ってしまうが、聞きたくとも答えは得られない。過去の落ち人のやらかしとはそういうものであった。
『それで、お前たちは何をしにここに?』
「え? ああ、えっと面白い木の実があるって猫族の人に聞いたので」
そう、インパクトが強すぎるものが多くてすっかり忘れていたが、目的はそれだった。
その言葉に頷くと、ポチは何かを探すように横にある木を見上げる。そして、尻尾を一振り。次の瞬間、頭上に影が出来た。
「え?」
「って逃げろ!!」
「へ?」
思わずぽかんと見てしまう聖を、我に返った春樹がとっさに抱えてその場から飛び退る。
そして一瞬後、目の間にそれが落ちてきた。
「……わーお……」
「……聖、頼むからちょっと現実に戻ってくれ!」
人間理解できない状況に陥ると、単純な言語しか使えなくなるらしい。
そんな聖を春樹が揺さぶる。
春樹だってこんな状況に1人で取り残されたくないので、ある意味必至である。
そんな願いが通じたのか、聖の瞳に徐々に理性の色が戻り始め、ぱちりと瞬く。
「なにこれ」
『これがお前たちが欲しがっていた木の実だ』
「木の実? どう考えても殺人兵器的なこれが?」
呆れたような春樹の声を余所に、聖は目の前のそれをじっと見る。何処かで見たことあるような気がしないでもない。
「……あ、なんかクルミの殻ってこんな感じじゃない?」
「あ? ああ、そういや」
『それが何かは知らんが、猫族が言っている木の実はこれに間違いないだろう』
「そうなんですね……」
どの辺が面白い木の実なのだろうか。
確かにこの、軽く2階建ての家くらいありそうな大きさは、面白いと言えなくもないが殺されかけた身としてはあまり面白くもない。
なので首をひねりながら主夫の目で見てみる。
【にゃたたびの実】
猫族が神と崇めるほど大好きな木の実。生で良し、火を通しても良し、酒にしても良し、何をしても良しな実。猫族以外の種族が食べると、ちょっとだけ疲れがとれる、気がする(ただし、稀に酔っぱらうので注意が必要)。
「「なるほど」」
なんか納得した。
ちなみに猫族は匂いでこの場所を探し当てているらしいが、聖と春樹にはいまだに何の匂いも感じられない。
そこでふと、聖は先ほどからロティスが静かなのに気付いた。
「あれ? ロティス?」
「ポケットにいないのか?」
『小さきものなら、ほれ、そこに転がっているぞ』
「「え?」」
言われた場所を見ると、ロティスが目を回していた。
「ちょ、ロティス!?」
「おれさまそのにおいが……めがまわるぅ……」
「……ひょっとして、匂いがどうとか言ってたのは、この実のことか?」
「あちゃー」
どうやら稀に酔っぱらう、に当てはまってしまったらしい。そっとポケットの中へと戻す。
これをどうにかするまで、どうか耐えて欲しい。
「ちなみにこれってどうすればいいんですか?」
『ああ、お前たちには殻を割るのは無理か。――ふむ、ちょっと待て』
そう言うと尻尾を1振り2振り。なんか便利な尻尾だなぁ、なんて思いながら見ていると綺麗に皮が剥がれたというか剥けた。
そして出てきたのはスイカくらいの大きさをした、オレンジがかった球体の山。それが崩れて押し流されかけたところを尻尾に救い上げられ、呆然と下の流れを見つめる。
「……危ない木の実だね、これ」
「……危ないっていうか、2度も殺されかかってるけどな。この木の実に」
猫族の人が、いったいどうやってこの木の実を収穫しているのかがとても疑問であった。
実際のところ、猫族の収穫は1年に数回であり、集団で上の方から少しずつ殻をめくりながら中の実を取り出していたりするのだが、それを知らない聖と春樹は若干猫族に対し戦慄していた。
猫族って凄すぎる、と。
それはさておき。
流れが収まったようなので地面へと降ろしてもらい、実の1つを一口サイズに切って食べてみる。
ものすごく甘かった。
「あっま」
「うん、すごい甘い。ちょっと料理に使えそう」
「お、マジか。じゃあ全部回収だな!」
「そうだね!」
これは逃す手はない。それに何となく、本当に何となくではあるが少しだけ体が軽くなったような気がしないでもない。いや、気のせいかもしれないが思い込みって大事である。
そしてその日は、夜遅くまでひたすら拾って拾って拾いまくって、そして就寝した。
翌朝、何かよくわからない鳥の鳴き声がしていたりする以外は、いたって普通のいつも通りの朝。
木の実を全部収納したことでロティスも回復したので、出発することにする。
「じゃあ、お世話になりました。――ところで出口は何処ですか?」
「肉がなくなったらまた来る。――出口って空か?」
『ふむ、その無謀極まりないところは種族的なものか』
「落ち人だからな」
ものすごく失礼なことを言われている気はするが、スルー。行き当たりばったりなのは否定しない。
『王都に行くと言っていたか……、近くまで送ろう』
「え? いいんですか?」
『そのぐらいはな。それとこれもやろう』
その言葉と共に目の前に現れたのは、手のひらサイズの金色の鈴。
【ポチの鈴】
認めたものだけが持てる聖なる鈴。
効果:名前を呼んで鳴らすと召喚できる。ただし、本人の気が向けば。
この緩い感じがなんとも猫っぽい。
使うことがあるかはわからないが、来たらいいな、ぐらいの感覚で鳴らすのがいいのだろう。
「ありがとうございます。大切にしますね」
『うむ、暇なときは行く』
「はい」
きっとそれぐらいがちょうどいい。
『では、道を開くか。……この辺りか』
「「え?」」
徐に地面をひっかいた。
あ、尻尾じゃないんだ、なんて思いながら見ているとぽっかり穴が開いた。いや、穴というか丸い形の白い膜というか。
『ここから行くといい。危険はない』
「あ、はい」
危険はないと言われても、流石に少しだけ勇気がいる。
聖と春樹は互いに顔を見合わせて、そして頷き合う。
考えても仕方がない。
「それじゃあ行きますね。ありがとうございました」
『ああ、また』
頭を下げて、そしてそこへと飛び込んだ。
――それがどこに繋がっているかも知らないで。
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