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ドールハウス
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大小様々なビスクドールが並ぶ部屋で、それらの人形と同じ青い目をした美しい少女が、小さな溜め息をついていた。
「退屈なのよ」
そう呟く彼女を、僕はきれいだなと思いながら傍で眺めていた。
「今ある人形にあきちゃったの」
昨日、彼女が住まうこの屋敷に給仕役として仕えたばかりの僕は、彼女がこれらの人形と遊んでいる所をまだ見た事がなかった。
「だから新しい人形を用意して貰うことにしたのよ。あなた、人形遊びはできる?」
そう問われたが、正直に、人形で遊んだことはないと答えた。
「でもあなた、上手にできそうよ」
彼女は僕の手を取った。小さくて、陶器のようにひんやりとした冷たい手。僕は少しどきっとした。
「ティーパーティーをしましょう」
窓際に、小さなティーテーブルと二脚の椅子があり、彼女と僕とでそれぞれ腰掛けた。彼女は傍らにあったビスクドールを二体取り上げると、一体を僕に手渡した。テーブルの上には陶器のティーカップが二つ並んでいる。彼女は手に取ったカップを、持っている人形の口元に添えた。
「あなたも、お茶をどうぞ」
そう言われて、僕も彼女の真似をして、人形の口元にカップを添えた。
「お味はどうかしら」
カップにはもちろん何も注がれていない。とても美味しいです、と僕が答えると、彼女は満足そうに微笑んだ。
そんな風に、一言二言の会話を交えながら人形遊びを続けていると、段々と眠気に誘われ、ふと瞼が閉じそうになった。
「眠っていいのよ」
彼女は僕が手にしていた人形の瞼をそっと閉じた。
………
ひんやりとした冷たい感触を全身に感じた。目を開けると、僕は大理石の床に横たわっていた。
「よく眠れたかしら」
彼女の声がした。ああ、僕はティーパーティーの途中で眠ってしまったのだと気が付いた。身を起こそうとしたが、なぜか身体が硬直して動かなかった。目だけがキョロキョロと動くばかりだ。壁一面に大小様々なアンティークフレームの鏡と、たくさんの古びた人形が掛けられていた。ここは先程いた部屋ではないとわかった。
突然、どこからか音楽が鳴り出した。軽快だか、どこか物悲しげな曲調。
「ダンスパーティーをしましょう」
彼女の声と同時に僕の身体が起き上がった。自分の意思ではなく勝手に。鏡には、人形のように力無く立っている僕が映っていた。そして目の前には、一体のマリオネットを手にした彼女がいた。
「あなた、ダンスはできる?」
そう問われ、僕は、いいえ、と答えようとしたが、今度は声が出なかった。
「大丈夫よ、私が教えてあげるわね」
彼女の小さな手によって、マリオネットが踊り出した。そして同時に僕の身体も、僕の意志に反して、マリオネットと同じ動きで踊り出した。全てがとても奇妙だ。
「そうそう、上手」
ダンスは目まぐるしく変わっていった。段々と動きは早く、荒々しくなり、彼女の表情を見る間も無くなった。加えて、周りの風景が段々と大きくなっていくような不思議な錯覚に陥る。時々あらぬ方向に関節を曲げられ、その度に痛みで悲鳴をあげたくなるが、やはり声が出ない。鈍い音と共に骨が砕け、皮膚が裂けていくのがわかった。ただ、涙だけが流れた。
………
音楽が止み、彼女がマリオネットを手放すと、僕もまた床に崩れ落ちた。どれだけの時間、踊ったのだろう。もう痛みは完全に麻痺していた。身体の感覚でさえ、無くなってしまった。涙が頬を伝うのも感じない。目も、一点を捉えるのみだ。
「少し疲れたかしら」
彼女に問われても、相変わらず声は出なかった。自分が息をしてる感覚さえ無かった。壁に掛けられた鏡には、血まみれの人形を抱えた彼女が映っていた。
「もう眠った方がいいわ」
彼女は僕の瞼をそっと閉じた。
………
「ティーパーティーをしましょう」
目の前には、新しく屋敷にやってきた若い使用人が、彼女に手渡されたビスクドールと共に腰掛けている。そして僕は、小さな彼女の腕に抱かれ、空のティーカップを口元に添えられている。
END
「退屈なのよ」
そう呟く彼女を、僕はきれいだなと思いながら傍で眺めていた。
「今ある人形にあきちゃったの」
昨日、彼女が住まうこの屋敷に給仕役として仕えたばかりの僕は、彼女がこれらの人形と遊んでいる所をまだ見た事がなかった。
「だから新しい人形を用意して貰うことにしたのよ。あなた、人形遊びはできる?」
そう問われたが、正直に、人形で遊んだことはないと答えた。
「でもあなた、上手にできそうよ」
彼女は僕の手を取った。小さくて、陶器のようにひんやりとした冷たい手。僕は少しどきっとした。
「ティーパーティーをしましょう」
窓際に、小さなティーテーブルと二脚の椅子があり、彼女と僕とでそれぞれ腰掛けた。彼女は傍らにあったビスクドールを二体取り上げると、一体を僕に手渡した。テーブルの上には陶器のティーカップが二つ並んでいる。彼女は手に取ったカップを、持っている人形の口元に添えた。
「あなたも、お茶をどうぞ」
そう言われて、僕も彼女の真似をして、人形の口元にカップを添えた。
「お味はどうかしら」
カップにはもちろん何も注がれていない。とても美味しいです、と僕が答えると、彼女は満足そうに微笑んだ。
そんな風に、一言二言の会話を交えながら人形遊びを続けていると、段々と眠気に誘われ、ふと瞼が閉じそうになった。
「眠っていいのよ」
彼女は僕が手にしていた人形の瞼をそっと閉じた。
………
ひんやりとした冷たい感触を全身に感じた。目を開けると、僕は大理石の床に横たわっていた。
「よく眠れたかしら」
彼女の声がした。ああ、僕はティーパーティーの途中で眠ってしまったのだと気が付いた。身を起こそうとしたが、なぜか身体が硬直して動かなかった。目だけがキョロキョロと動くばかりだ。壁一面に大小様々なアンティークフレームの鏡と、たくさんの古びた人形が掛けられていた。ここは先程いた部屋ではないとわかった。
突然、どこからか音楽が鳴り出した。軽快だか、どこか物悲しげな曲調。
「ダンスパーティーをしましょう」
彼女の声と同時に僕の身体が起き上がった。自分の意思ではなく勝手に。鏡には、人形のように力無く立っている僕が映っていた。そして目の前には、一体のマリオネットを手にした彼女がいた。
「あなた、ダンスはできる?」
そう問われ、僕は、いいえ、と答えようとしたが、今度は声が出なかった。
「大丈夫よ、私が教えてあげるわね」
彼女の小さな手によって、マリオネットが踊り出した。そして同時に僕の身体も、僕の意志に反して、マリオネットと同じ動きで踊り出した。全てがとても奇妙だ。
「そうそう、上手」
ダンスは目まぐるしく変わっていった。段々と動きは早く、荒々しくなり、彼女の表情を見る間も無くなった。加えて、周りの風景が段々と大きくなっていくような不思議な錯覚に陥る。時々あらぬ方向に関節を曲げられ、その度に痛みで悲鳴をあげたくなるが、やはり声が出ない。鈍い音と共に骨が砕け、皮膚が裂けていくのがわかった。ただ、涙だけが流れた。
………
音楽が止み、彼女がマリオネットを手放すと、僕もまた床に崩れ落ちた。どれだけの時間、踊ったのだろう。もう痛みは完全に麻痺していた。身体の感覚でさえ、無くなってしまった。涙が頬を伝うのも感じない。目も、一点を捉えるのみだ。
「少し疲れたかしら」
彼女に問われても、相変わらず声は出なかった。自分が息をしてる感覚さえ無かった。壁に掛けられた鏡には、血まみれの人形を抱えた彼女が映っていた。
「もう眠った方がいいわ」
彼女は僕の瞼をそっと閉じた。
………
「ティーパーティーをしましょう」
目の前には、新しく屋敷にやってきた若い使用人が、彼女に手渡されたビスクドールと共に腰掛けている。そして僕は、小さな彼女の腕に抱かれ、空のティーカップを口元に添えられている。
END
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