私のうなじは香らない

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 元々内向的なご性質でいらっしゃった殿下は、殊の外他人の視線を疎まれた。美麗なお顔さえも自らお隠しになられ、生徒達の中では当然のように浮く。そんな殿下にとって友と呼べる者は、何の誇張でも驕りでもなく、私だけだった。
 貴族、またはそれに準ずるような格式高い家柄、政財界の有力者。そんな家の子弟達の集う学園にあっても、皇族の存在は別格だ。しかも、それが皇太子殿下と来たならば…。たとえば殿下が、すこぶる友好的な方であったとしても、一線を引かれ恭しく遠巻きにされるのは変わらなかっただろう。時代が移り変わった現代でも、まだまだ身分制度というものは緩やかに、且つ絶対的にこの世界に存在していて、それは我が和皇国も例外ではない。上流階級に身を置く者ほど階級の格差に敏感だ。そしてそれは、学生時代から今上陛下と親交の深かった祖父も同様だった。祖父は、皇孫である殿下と同じ歳の私をそのお傍に侍らせ縁を保ち続ける事で、千寿候爵家や私達兄弟の将来をも保証され続けると考えていた節がある。私は、祖父や父のそういった考え方があまり好きではなかった。小等部の高学年にもなると、今のご時世、権力争いなどがある訳でもないのに、無意味な事をするものだと呆れてさえいた。
 だが殿下と私は、出会った時からお互い非常にウマが合った。私は幼い頃から社交に長け、常に多くの友人が居たが、その中にあっても殿下は特別だった。尊い身分のお方だからとか、大人達の深謀遠慮などは全く関係無く、そうだった。私の中での最優先は、常に殿下その人だった。
 しかしそうして過ごしている内に、殿下にとって私は、気のおけない幼馴染みになり、切磋琢磨し合う学友となり、そしていつの頃からかは初恋の相手にもなってしまっていたようだった。そしてそれは、それを感じ取っていた私の胸の中にも…。

 だからと言って。
 私はその感情を、恋であると認める訳にはいかなかった。仮に認めたとて、何が変わるでもない。只、自分が苦しくなるだけだ。
 何より、聡明なあの方がそれをお口になさる事はないと思った。殿下はご幼少の砌に、皇太子、皇太子妃さまというご両親を亡くされて、早くから後継教育を受けられてきた。それ故に、国の世継ぎを儲ける事の重要性を誰よりもご存知だ。そんな方が、私のような者に懸想なされたからといって、そこからどうこうなろうと行動を起こされるとは思えない。 
 だから私は、こう考えようと努めた。
(これは、思春期にありがちな、身近な同性への淡い恋心であり、時が過ぎれば、少し気恥しくも美しい思い出に昇華されるものだ。きっと、殿下も同じように考えておられるに違いない。そうであってくれなければならない)と。
 
 しかし、殿下は私に告白なされた。
 予測を裏切られた戸惑いと、少しの葛藤。上手くお断りせねばという気持ちでの焦り。なのに口をついて出たのは、曖昧で消極的な受諾の言葉だった。
 それでも、私の返事に満面の笑みを浮かべられた殿下に、胸の奥から込み上げる熱い何かがあって…。

(ああ、もう誤魔化せない…私は、殿下を…好き、なのだ…)

 抱きしめられて、ほんの少し緊張して。それでも確かに嬉しかった。こんな事は祖父や父には言えないと、罪悪感を抱きながら。

 
そうして始まった殿下と私。だが、私はすぐに新たな葛藤に苛まれる事になった。

 和皇国皇室の後継者は、代々アルファと決まっている。当然殿下もアルファであらせられる。その上、皇族でも数代にお一人の割合いで現れる最上位種だと言われていて、時折テレビのニュースや討論番組でもその将来性の素晴らしさを取り沙汰されてきたほどだ。
 そう、アルファなのだ。殿下は、アルファ。
 今上陛下はお歳だ。殿下の即位は、おそらく皆が予想しているより早い。そうなれば、若き皇帝の為に新たな後宮が設けられる。国内各地から、皇室に相応しい優れた血統や容姿を持つ若い女性やオメガの男女が集められるだろう。

 女性。或いは、オメガ。

 後宮に只のベータ男は入れないのだ。理由は単純。ベータ男性はアルファとの間に子を成せないから。後宮は子を作るための場所だ。それが出来る可能性を持たない者を入内などさせられない。
 しかも、まかり間違って後宮に入内できたとしても、アルファであられる殿下は何れ、そこで相応しいオメガに巡り合うだろう。そうなれば私は…。

 唇を重ねる度に、恋心は深く重くなっていく。口づけの先を求められれば、身を捧げてしまいたくもなる。だが、そうしてしまえば私はきっと、もう後には引けなくなってしまう。殿下無しでは生きられなくなってしまう。
 たとえ、番と結ばれた殿下に無惨に打ち捨てられる事になったとしても。

(これ以上、この関係を深めてはならない)

 募る想いとは裏腹に、強くそう思うようになった。







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