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しおりを挟む家を出て、数日、数週間、数ヶ月。
路也から真冬への連絡は一度も無かった。
今迄路也の方から起こされてきたリアクションに慣れていた真冬の不安は一気に増した。だが、気になって気になって仕方なくても、つい意地になってしまって連絡する事が出来ない。
通知が入らず、随分前に遣り取りが止まったままのLIMEのページ。それがそのまま路也の気持ちを表しているように思えて怖くなった。
あれだけ興味が無かった相手なのに。自分に惚れているようだから、いざという時の保険としてキープしておくのに良いという打算で、必要最低限のものしか与えてこなかった。
たとえ真冬に相手が出来て婚約を反故にしたとしても、Ωと違って社会的強者であるαなら、次の相手なんか直ぐに見つけられると思って。
でも、それがいけなかったんだろうか。見抜かれていたんだろうか。
そんな風に毎日、路也の事ばかりを考えてしまう。
真冬は、女性α達とは合わなかった。
見合いを始めてみてわかったのだが、αと言っても名家の出身者である事の多い女性αは、家同士の関係を結ぶ事を優先して、同じαの男性と婚姻する率も高い。αだからとΩを選ぶとは限らないのだ。中には通常の婚姻関係外で番を作る者もいるが、男性αに比べたら、女性αがそれをする事は少ないのだそうだ。
同じαの中でも、ランク以外に性差によっての格差も歴然とある事を考えれば、仕方ない傾向かもしれない。
それに男性αの場合は、美しいΩなら男女の別なく惹かれる事が多いが、女性αとなると、どうやら自信とプライドの持ち所にも男女差が出るようなのだ。
要するに、人並み以上に美しい女性α達にとっても、真冬は美し過ぎたという事だ。だから敬遠された。
他者にマウントを取る為のトロフィーを並べたがる男性αと違い、女性αの場合は、並んだ時に自分の方が見劣りするようなΩは選ばない。
それに気づいてから真冬の焦りは諦めに変わっていった。どうやら自分は男性向きのΩなのだと、やっと得心がいった。路也をキープしておいて、本当に良かったと思った。
路也が大学を卒業したら、さっさと番になってやろう。周囲にはΩだという事も路也と付き合っていた事も黙っていたから驚かれるだろうが、単品のΩより、番になってαという強者を伴侶に得たΩには、世間の扱いも違う。
プライドが傷つけられる事は、無いだろう。
男とセックスしなければならないのは意にそまないが、αとΩだ、してしまえばきっと慣れる。それに番になろうと言えば、最近何となくよそよそしい路也も、機嫌を直して飛びついてくる筈。
そう決心した矢先に、路也が家を離れると聞かされたのだ。
真冬の身勝手な計画が、狂った。
路也の姿の見えなくなった毎日を、真冬は悶々と過ごした。
何時も纏わりついていた視線を感じなくなって、鬱陶しいと思っていた事が嘘のように彼の事が恋しくなった。
触れ合わずとも何時も近くに居た事で体にわずかに付いていた路也の匂いが消えると、道を歩いていても見知らぬαに声を掛けられるようになった。そんな事にも、知らぬ内に守られていたのだと実感する。
鼻につくと感じるだけだった路也の匂いが懐かしくて恋しい。
路也が居なくなって3週間もすると、どうしても路也の匂いの残る物が欲しくなり、路也の母に頼んで彼の部屋に入れてもらった。
入った瞬間、路也の匂いがした部屋の中は、前に来た時より片付いていた。
匂いが残っていそうな物を探してクロゼットや引き出しを開けたけれど、皆洗濯済みかクリーニング店のタグがついている。 がっかりして、クロゼットを閉めて部屋の中を見回した。
3週間。もう3週間。未だ、3週間。それなのに路也の残した匂いは、もうこんなに薄い…。
唇を噛み締めて、真冬は後悔していた。せめてもっと路也と、向き合っておくべきだった。αとしてだけではなく、彼自身の良い所を見る努力をしてみたら良かった。
今度会えたら。路也が帰って来たら、今度はきっと…。
路也のベッドに歩み寄ってみると、そこから強く路也の匂いがした。
枕カバーも布団カバーも洗濯済みの糊の匂いしかしない。けれど、ヘッドボードに部屋着にしていたカーディガンが無造作に掛けてあった。
路也は、自分が置いた物の位置を動かされるのを嫌った。家人もそれで慣れている。だから片付けられていないのだろうか。
それよりも、気に入っていた筈のカーディガンを、何故路也は置いて行ったのだろう…。けれど今の真冬には、そのカーディガンが路也からの贈り物のようにも思えた。
夜、一人でベッドに入ると、路也の唇の感触がまざまざと蘇ってきた。指先で唇に触れると、その体温で余計に生々しく思い出してしまう。頬に触れてきた長い指、体温の高い手のひら、唇が合わさる直前の、燃えるような熱のこもった瞳。真冬を欲しいという激情を押さえつけるのに必死な、苦しそうに切ない表情。
わかっていて、それが面白かった。向けられた好意を踏みにじるのが快感だった。
真冬は、路也の忍耐を楽しんでいた。
そんな忍耐を強いていたから、興味を失われたのだろうか……。
少ない肉体的接触と彼の匂いで、真冬は欲情するようになっていた。
興奮して膨らんでしまったペニスを服の上から撫ぜると、それはびくびくと脈打つ。
立ち上がり、壁際に掛けた路也のカーディガンをハンガーから抜き取って、抱きしめた。
「…路也、みち…恋しいよ。抱かれたいよ。」
真冬は僅かに残された路也の残臭を掻き抱きながら、自分のペニスを握り、扱いた。未だ使った事もないアナルも、疼いて疼いて堪らない。でも自分ではどうして良いのかわからない。
抑制剤は服用している。なのに、盛りがついた雌猫のように尻を高く突き上げた格好で、真冬は何度も自慰で達した。
路也のカーディガンに鼻を埋め、路也に触れられているのだと想像しながら。
2人の恋心は、あまりにすれ違い過ぎた。
それから半年以上が経ったある日、路也に会いたい気持ちと自身の意地の狭間で揺れる真冬は、路也の母から呼び出され、1枚のカードキーを渡された。
それは、路也が一人で暮らしているというマンションの鍵だった。
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