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未来編 思春期くん。 5(葵)

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父さんと母さんは合意じゃなかった。

…え?

何が?

「ん?何が?合意じゃなかった、何が??」

「番契約が。」

「えええ?!」

嘘だろ…。あ、だから、

「だから解除に?」

「うーん、、、そうだな、最終的には、そうなる。」


父さんは、昔を思い出しているのか、目を閉じてる。


「母さん……洸さんで良い?何か母さんってのでは話しにくい。」

「あ、うん。」

「洸さんはさ、出会った頃、俺の大学の准教授だったんだよ。」

「?!!?!?!」

じ、准教授?!!

「え、え?!」 

「教壇に立つ洸さんは輝いていた…。」

「いやそういうの良いから。いや初耳なんだけど?だって母さんが僕を産んだのって…」

確か30?31?
そんくらいじゃん?そんな歳で准教授って…。

え、母さんってΩなんだよね??

いや、頭の良い人ってのは知ってるよ。
仕事も実務翻訳だし、話の仕方も冷静だし論理的だし…。
そりゃΩの人にだって頭の良い人はいるだろうけど、ヒートが来だす年齢頃からは、継続的な何かを成す事が出来なくなるから進学や就職が困難だって、そう聞いてた。

そういう、ヒートに苦しめられてるっていうイメージ上のΩとは、確かにかなり違うなと思ってはいたけどさ…。
違うどころか、イレギュラーなんじゃないの?
超優秀なんじゃないの?


「いや聞いてくれても良いだろ。せっかく昔の洸さん自慢できるのに…。
あの頃は…俺が19で洸さんは30だったな。
教職だし見た目も雰囲気もβそのものだったから、疑う人すらいなかった。勿論、俺も。匂いすらわからなかった。」

「そうなんだ…元々匂い薄いってのは聞いてたけど…。」

「うん。ホントにわからなかった。体質的にΩの特性が表に出にくいらしいんだよな。でもそれだからこそ洸さんは勉強に打ち込めて進学就職して、結果的に俺は洸さんと会えたんだから、ラッキーと言うべきなのかも知れない。
でも、そういう役職に就いてるもんだから、‪α‬じゃないならβだって思い込んでた。学校側も洸さんの事に関しては箝口令を敷いてたしな。
だけど好きになっちゃったんだよな。だって、それくらい洸さんは素敵だった。」


完全な片想い。
歳も離れてて、相手は大人。
βの男性でノーマルっぽいし、‪α‬のフェロモンなんか通用しないだろうから全く意識すらしてもらえない。

目で追いかけるのが精一杯の日々。


「絶望的な片想いだったなあ…。」

「絶望的な、片想い…。」

今の僕と同じじゃん…。

「だけどさ、チャンスが来たんだよ。」


それは半ば強引に作り出したチャンス。

母さんの行きつけの飲み屋に偶然を装って入り、一緒に飲み、酔った母さんを連れ帰った。
最初は本当に介抱して、徐々に距離を詰めていくつもりだったのに、Ωだとわかって魔が差した…。


「諦めてた好きな人がさ、俺次第で自分のものになるんだと思ったら、理性でセーブ出来なくなったんだよなあ。」

‪α‬にとっては降って沸いたチャンスだよな…。目の前に餌ぶら下げられて食いつかない奴なんて…いないよなあ。
僕だって、今 児玉くんがΩでした、なんて言われたら…。わかんない。
抑える自信、無いな…。

だって、毎晩児玉くんのうなじで抜いてるし…。



「いくら好きでも意識の無い相手を噛むなんて許されない事だ。相手の人権を無視する事だ。
わかってても、抑えられなかった。
嬉しくて。
お互い酔った勢いだった事にしてしまえば、って、計算したんだよな。浅ましい。」

「父さんがそこまでするなんて…。
ホントに好きだったんだね。」

「好きだった。それで、勝手に番にして、それを黙ったまま、大人だった洸さんの責任感と真面目さにつけ込んだんだ。洸さんが、隙を作った自分の責任だって勘違いしてくれたってのもあって…。卑怯だってのは、わかってたけど…、あの人と 番でいられる嬉しさが罪悪感に目と口を閉じさせた。」


でもそれが後々、自分の首を絞める事になった…。

そうだよな、人権無視。
相手の都合も意思も無視して自分の都合で生きろって事だもんな。
相手にだって好きな人や恋人がいるかもしれないのに、好きでもない相手の人生に添って生きる事を強制される…。地獄じゃん。
幸いにして母さんには決まった相手がいた訳でも無かった事もあって受け入れてくれたらしいけど、そんな風に前向きに考えてくれるΩばかりでは無いだろうし。


…まあ、そんなこんなで何とかスタートさせた、多分父さんだけが楽しい番生活も、数ヶ月後には父さんの頭の悪い試みを発端として、解除されてしまい、挙句母さんは姿を消し、遠く離れたこの地まで来て僕を産んだ、と。


その後の経緯も聞いた後、僕は情報量過多で頭がパンクしそうだった。

父さんも父さんだけど、母さんも極端…。

いや、ちょっと途中で泣いちゃったけどさ…。



「洸さんが姿を消して、何の手掛かりもなく5年以上探し続けたよ。
ある日突然、見つかった時は、生きててくれて嬉しかった。しかも、子供まで…。
同時に、後悔した。
俺は洸さんと番になった瞬間から、全てをひとりで背負わせっ放しにしてたんだ。
洸さんはだいぶ歳下の俺との番関係にも悩んでたし、若い男の一時的な気紛れで継続してるだけだとも思ってた。
自分の事をΩとしては欠陥があるんじゃないか、ってのも、ずっと考えていたみたいだ。

だから俺が別れたいって言い出せば、何時でも解除してくれる覚悟はしてたみたい。

俺が毎日浮かれてる間に、洸さんはずっとひとりでそんな事を考えてたんだ。
それでも俺の為に、そんな事微塵も見せずにいてくれたんだよ。

結局、その後、俺のしょうもない我儘が全部をぶち壊して、その為に、あの人が積み重ねた全てを捨てさせて…。」


眉間に皺を寄せて、うめくように言った父さんは、苦しそうだった。



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