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19 運命じゃなくても (藤川side)

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季節が幾度も巡り、俺は社会人になった。



卒業した後、俺は父の会社に入り後継者修行に多忙な日々を送っていた。
ウチの家業はフランチャイズ展開している外食産業だ。
‪学生の頃、バイトのひとつも経験の無かった俺には、現場を経験する為の最初の研修期間はなかなかハードだったが、数年経った今では本社勤務に戻っている。
大学に通っていたあの頃、榊とよくつるんでいたカフェもウチのチェーン店だった。仕事を始めてそれを知った時ほど、俺は世間知らずで親の仕事というものに無関心だったと反省した事はない。

俺って奴は何も知ろうともせず、本当にぬくぬくと 享受だけをしてきたのだ。



あの頃ーーー、

あの20歳の頃、熱病に罹ったように夢中になった恋。

泡沫のようにあまりにも不意に消えてしまったから、諦める事さえできないまま、俺は未だにあの人の面影に囚われていた。

忘れる事が出来ないなら、せめて遠くから見ている事くらいは許して欲しかったのに。

囲い込みに失敗して、みすみす逃して、悔やんで悔やんで 焦がれて恋しくて、先へ進む事すら出来ない。

あの人に何処か似た誰かを抱いてみても、終わった後に思い知らされるだけだった。あの人に似た人間なんか他に存在なんかしないと言う事を。

他人と無為に肌を合わせるくらいなら、未練たらしくても思い出の中のあの人を抱いている方がずっと良い。

相も変わらず左手の薬指にある指輪は、俺の未練なのか執着なのか…。


番を解除しても、‪α‬にはほぼリスクは無い。
相変わらず他のΩの匂いは感知するし、俺の匂いに誘引されてくるΩもいる。
でももし、あの人に今 会えても…俺達が、お互いの匂いを嗅ぎ取れるのかは、わからない。

それでも俺はあの人がいい。
フェロモンを嗅ぎ取れなくても、運命じゃなくても、
あの人があの人であるだけで、俺は欲しい。

視界の端に入るだけでも愛しさに胸を高鳴らせる事ができるような人になんて、もう2度と出会えない。






「招待状届いたよ、おめでとう。」

マンションに帰ると暫く会ってなかった榊から結婚式の招待状が届き、久々に電話をすると相変わらずワンコールで出た。

どんだけスマホ弄ってんのお前は。

呆れながらどかっとカウチに腰を下ろす。


「ありがとう。まあ、ほんとはもう少し俺の仕事が落ち着いてからって気持ちはあるんだけど、香織がさ…。」
「そうだなあ。もう長いもんな、お前ら。」

かれこれ10年近い付き合いだもんな。
そりゃ痺れも切らすか…。
なんて考えてたら、榊が少し照れたように、

「いやさ、妊娠して…」

と来たので、

「え、お前妊娠したの?」

と素で返してしまった。

「んな訳あるか?香織に決まってんだろが…。」
「…だよな、すまん。重ねておめでとう。」

榊と香織ちゃんはβカップルだもんな。
そりゃ妊娠するのは香織ちゃんだよな。
自分で言っといてちょっと笑ってしまった。
榊もつられたらしく声が笑ってる。

「ありがとう。」

榊は電話の向こうで、クスッと笑って、

「まあ、なんだな。そういうタイミングなのかな、って思ってさ。で、腹が目立たない内にやりたいって言うから少し急ぎでやる事にした。」

と言った。


タイミングか…。

逃しちゃならないもの。
逃したらまた、巡ってくるまで待たなきゃいけないもの。
それはチャンスと同じ。

子供ができた事が榊のターニングポイントになったんだな。

「そうなのかもな。何はともあれ、良かったな。」
「うん。なんか未だ実感は無いけどな。」

何やかや、声も穏やかで幸せそうだ。

「式、出席できそうか?」

日時を見ると、2ヶ月後で本当に早い。

「大丈夫。全然調整利く。」
「良かった。じゃあ、返送よろしくな。」


電話を切ると、途端に静まり返った部屋に戻る。
卒業してから結婚の連絡が来たのは、何も榊が始めてではない。
俺だって卒業したら直ぐに結婚しようと思ってたくらいだからな…。

あの時順調に結婚できていたとしたら、今頃は洸さんと暮らしてて、もしかしたら榊のように子供も…。

そこまで考えて、ふるふると頭を振る。

過ぎた事を考えても仕方ない。

ifを考えるなら未来の事を考えないと。

スマホをガラステーブルに置き、立ち上がる。


風呂にでも入ろうとネクタイを外してバスルームに向かった俺は、気づかなかった。

着信音量を最小にしたスマホに、一通のメールが届いた事に。








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