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18 足跡 (藤川side)
しおりを挟むあの人がどこにもいない。
他の教授達にそれとなく聞いても、皆首を傾げるばかりで、本当に何も知らないらしかった。
当たり障りのない付き合いしかしないと言っていたのは本当らしい。
解除の時に世話になった病院に行ってみても、何もわからなかった。
他の病院にあたるのは、おそらく無駄だろう。
病院には守秘義務がある。
既に番では無い立場の俺に、患者の個人情報を漏らすとは思えなかった。
ある週末には、唯一 聞いていた出身地と育ったという施設にダメ元で足を運んでみたが、やはり手掛かりひとつ掴めず。
でもわかった事もある。
施設の近所に住んでいて、長年施設の中で調理師として働いていたという70代後半らしい老婦人は、洸さんの事をよく覚えていた。
洸さんのお祖父さんの知人だったので、何かと気になってはいたらしい。
洸さんは親代わりだったお祖父さんの入院の為に、1歳頃に預けられてそのままそこで育った事。
3歳の頃には、お祖父さんが入院したままで亡くなってしまった事。
小さな頃から物分りが良くて、手のかからない子供だった事。
小学生頃からは、いつも何かしらの本を読んでいて、他の子供達と遊ぶ事は無かった事。
その為休みの日でも、よく図書館に通ってた事。
その際立った優秀さから、養子にという話が何度か出たけれど、本人にその意思が無く、全て断ってしまった事。
親しい人間はひとりもいなかったが学校では、それなりに交友関係は持っていたようだという事。
進学は全て自分で決めてきた事。
大学進学で東京へ発った日も、前日に職員達にお世話になったと挨拶をして、誰の見送りも受けない早朝に、荷物1つでひっそり発ったという事。
人に頼れなかった洸さんは、物心ついて間もない時期から、全てをひとりで決めて、生きていかなきゃならなかったんだ。
誰にも甘えずに、迷惑をかけずに、生きなきゃいけないと考えていた。
聞いても何も話してはくれなかった彼の過去を垣間見たようで、胸が締め付けられた。
周囲には多くの人間が居ても、静かに静かに生きていた洸さんに目を留める人は 多くはなかったんだろう。
俺は何故、もう少し早く生まれなかったんだろう。
そうできていたなら…あの人の近くにいて、支えてあげたかった。
北の地からの帰りの新幹線で俺はつくづく後悔していた。
(俺のせいだ。きっと解除後の経過が悪くて体を壊したんだ。やっぱり解除なんてしなきゃよかった。あの人の心を、無理にでも…、)
αの能力を使ってでも、縛りつければ良かった。
それをあの人が望まなくても、積み上げたもの全てをこんな風に捨てさせて 姿を消すような事をさせてしまうよりは、マシだったんじゃなかろうか。
どうせ屑ならとことんエゴイストになれば良かったと、そんな事まで考えてしまう。
俺、どうしたら良かったんだろう。
今頃、何処でどうしてるの。
体は大丈夫なの、苦しんでるんじゃないの?
何で俺は、今貴方に何もできないの?
車窓に流れる景色は、もうずっとモノクロでしかない。
精彩を欠き、両親や榊達が心配して定期的に世話を焼きに来るほど、窶れて貧相になっている筈なのに、俺の周りにはまた人が群がってきた。
俺はまだ指輪を外してはいないのに、何処から婚約破棄の噂が漏れたのかはわからない。
だけど、明らかに後釜狙いの連中で、あからさまな色仕掛けで迫ってくる事も増えた。
弱っていてもαはαだから、って事なんだろうか。
苦すぎる経験のお陰で以前よりは相手に配慮しようと思うようにはなったけど、それはこういうハイエナじみた連中にはその心遣いは不要な気がして、盛られる度に威圧で追い払う、の繰り返し。
そんな事を繰り返している内に、俺は難攻不落と呼ばれるようになってしまった。
洸さんがどうしているのか、頼んでいる調査の報告は定期的に上がってはくるが、相変わらずめぼしい情報は無く。
心は暗く波立つばかりだけれど、俺は意外にも真面目に大学に通った。
きちんと卒業する為に、しっかり頑張る。
それが洸さんとの間に残された、ただ一つの約束だったから仕方ない。
俺が全てを投げ出して自分を探す事を、あの人は喜ばないだろう。
そういう人だ。
俺は、今俺が出来る事をやるしかない。
既に離れたとしても、あの人の生涯で唯一の番は、俺だ。
無様に終わる訳にはいかなかった。
あの人に恥ずかしい人間のままでいたくはなかった。
あの人のように、自分の足でしっかり立つ大人になりたかった。
そして卒業を迎えるまで、俺の隣に違う誰かが座る事も指輪を外す事も、無かった。
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