15 / 36
15 解除 (立川side)
しおりを挟む今の世の中、番の解除は病院で出来る。
注射での投薬後、一定期間継続的して服薬する必要があり、その上体質によって個人差はあるが、大抵酷い副作用が出る。
だがその苦痛を背負うのは相変わらずΩの側のみだ。そして、解除後のストレスも。
それでも昔よりは遥かに人道的な方法になったと言うが…。
一応の前提として、解除にはきちんと双方の合意確認がなされていなければならない。
その他、事件事故(DV被害者やレイプ被害者) などで離婚したかったりする者や強制的に番にされた場合などはΩのみの要望でも。
「こんなに大変なんですね、Ωって…。」
処置室の前で待っていてくれた藤川が、ポツリと呟いた。
「そうだな。」
Ωの人口は少ない筈だが、専門外来の待合にはポツポツと患者が座っていた。
それなりに人がいるにも関わらず何処かうら寂しい空間は、けして居心地の良いものではない。
「…行こう。」
藤川を促して白い廊下を歩く。
「今度は2週間後だそうだ。」
一応の報告で口にしただけだが、藤川が答えた。
「僕も付き添います。」
「いや、もう後は俺1人で。」
「でも」
「…2週間後は、経過を診に来るだけだ。
特に何をするでもないから、本当に…。」
不服そうだがそれ以上は食い下がらなかった。
解除治療中のΩにこれ以上のストレスを与えてはいけないと判断したようだ。賢明だ。
事前の話し合いでは 治療費は藤川が出すと言って聞かなかった。そもそもの原因は自分だからと。
解除は俺の希望でもあるので、折半と言う事でようやく折り合いがついた。
番の解除費用は決して安くはないので、未だ学生の藤川に背負わせるのは正直気がひけたが、確かに何一つ責任を果たさないというのも、後々悔恨の種になってしまうのかもしれない。
支払いを済ませて病院を出ると、藤川が呼んでくれていたタクシーが待っていた。
「あれですね。」
スマホを見ながらタクシーに駆けて行き、運転手と何かを話している。
そして小走りに戻ってくると、今度は一緒に車へ向かった。
客席側のドアが開く。
「ありがとう。じゃあ、ここで。」
藤川は クシャッと表情を歪めたが、直ぐに無理な笑顔を作って、
「はい。また、学校で。」
と答えた。
「…これまでありがとうございました、先生。」
「…こちらこそ。ありがとう。」
運転手に 自宅の住所を告げるとドアが閉まり、車がゆっくり走り出した。
振り返ってみると、リアガラス越しに藤川が見えた。
病院の建物を背に此方をずっと見ている藤川は背が高いはずなのに何故だかいやに儚くいたいけに見えて、少し胸が詰まる。
遠目からでも目立つ、色素の薄い明るい亜麻色の髪。藤川の家系に多く出る色なんだと、何時か聞いた。
背も高いし、よく目についた、その色がどんどん遠のく。
あの素敵な子は、もう俺の番ではない。
先刻、藤川が俺を先生と呼んだ時、本当にで決別したんだなと思った。
これで俺は、彼の中で過去になった。
気の所為か、視界が滲んできたような気がする。
後悔はしていない。
藤川の為に、これが最良だった。
彼はこれから、きっと年相応の、優しくて可愛い、綺麗な…そんな素敵な伴侶に出会うべきだ。
「…さよなら、たすく…。」
願っている、君の幸せを。
一人で生きて一人で死ぬんだろうと思っていた俺の人生の薄暗い路を、あまりにも突然に、君は照らした。陽の光のようだったな。
望んで始まった事ではなかったけれど、あの半年間、俺は確かに幸せだった。人生で初めて、人に大事にされて、そして初めて、たくさん自分以外の人の事を考えたよ。
だからかな、自分が決めた事なのに、今 俺は、辛いと…確かに辛いと、思っている。
きっと、何時の間にか君は、俺の大切な人になっていたんだろうな。
大切な人なんか、いた事が無かったから気づけなかった。
お陰で少しは普通の感情を学べたような気がする。
「幸せに、なってくれ。」
今初めて、後ろ髪を引かれるという気持ちがわかる。
しかしそれを振り切るように前に向き直り、もう二度と振り返らない。
俺と藤川との縁の糸は既に切れたのだ。
ーーーーーーーーーーーー
俺達は教師と生徒に戻った。
そして藤川は講義にはきちんと出てきている。根は真面目な子だ。
構内ですれ違えば会釈はする。
目が合うと…俺は、逸らす。藤川はわからないが、視線は感じるから、おそらく見ているんだろう。
体調は、あまり芳しくはない。
副作用なんだろうが、昼間はまだ我慢できるが、何故か夜の方が発熱や吐き気が強くなる。
眠れないのが一番辛い。
解除後の薬を飲み切った2週間後、経過診察を受けた俺は、自分の身に思いがけない事が起きているのを知った。だが病院からの帰路、気持ちは意外にも晴れやかだった。
「あと、3…いや、2ヶ月、か…。」
呟きながら歩く足取りは、最近には珍しく軽く感じる。
そして不思議な事に俺はその夜、久しぶりに少し深い眠りを得る事ができたのだった。
170
お気に入りに追加
3,893
あなたにおすすめの小説
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
欠陥αは運命を追う
豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」
従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。
けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。
※自己解釈・自己設定有り
※R指定はほぼ無し
※アルファ(攻め)視点
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる