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15 解除 (立川side)

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今の世の中、番の解除は病院で出来る。

注射での投薬後、一定期間継続的して服薬する必要があり、その上体質によって個人差はあるが、大抵酷い副作用が出る。

だがその苦痛を背負うのは相変わらずΩの側のみだ。そして、解除後のストレスも。

それでも昔よりは遥かに人道的な方法になったと言うが…。



一応の前提として、解除にはきちんと双方の合意確認がなされていなければならない。
その他、事件事故(DV被害者やレイプ被害者) などで離婚したかったりする者や強制的に番にされた場合などはΩのみの要望でも。



「こんなに大変なんですね、Ωって…。」

処置室の前で待っていてくれた藤川が、ポツリと呟いた。

「そうだな。」


Ωの人口は少ない筈だが、専門外来の待合にはポツポツと患者が座っていた。

それなりに人がいるにも関わらず何処かうら寂しい空間は、けして居心地の良いものではない。


「…行こう。」

藤川を促して白い廊下を歩く。


「今度は2週間後だそうだ。」

一応の報告で口にしただけだが、藤川が答えた。

「僕も付き添います。」
「いや、もう後は俺1人で。」
「でも」
「…2週間後は、経過を診に来るだけだ。
特に何をするでもないから、本当に…。」

不服そうだがそれ以上は食い下がらなかった。
解除治療中のΩにこれ以上のストレスを与えてはいけないと判断したようだ。賢明だ。

事前の話し合いでは 治療費は藤川が出すと言って聞かなかった。そもそもの原因は自分だからと。
解除は俺の希望でもあるので、折半と言う事でようやく折り合いがついた。

番の解除費用は決して安くはないので、未だ学生の藤川に背負わせるのは正直気がひけたが、確かに何一つ責任を果たさないというのも、後々悔恨の種になってしまうのかもしれない。


支払いを済ませて病院を出ると、藤川が呼んでくれていたタクシーが待っていた。

「あれですね。」

スマホを見ながらタクシーに駆けて行き、運転手と何かを話している。

そして小走りに戻ってくると、今度は一緒に車へ向かった。


客席側のドアが開く。




「ありがとう。じゃあ、ここで。」



藤川は クシャッと表情を歪めたが、直ぐに無理な笑顔を作って、

「はい。また、学校で。」

と答えた。



「…これまでありがとうございました、先生。」
「…こちらこそ。ありがとう。」


運転手に 自宅の住所を告げるとドアが閉まり、車がゆっくり走り出した。

振り返ってみると、リアガラス越しに藤川が見えた。
病院の建物を背に此方をずっと見ている藤川は背が高いはずなのに何故だかいやに儚くいたいけに見えて、少し胸が詰まる。

遠目からでも目立つ、色素の薄い明るい亜麻色の髪。藤川の家系に多く出る色なんだと、何時か聞いた。
背も高いし、よく目についた、その色がどんどん遠のく。



あの素敵な子は、もう俺の番ではない。

先刻、藤川が俺を先生と呼んだ時、本当にで決別したんだなと思った。


これで俺は、彼の中で過去になった。


気の所為か、視界が滲んできたような気がする。

後悔はしていない。
藤川の為に、これが最良だった。
彼はこれから、きっと年相応の、優しくて可愛い、綺麗な…そんな素敵な伴侶に出会うべきだ。

「…さよなら、たすく…。」


願っている、君の幸せを。

一人で生きて一人で死ぬんだろうと思っていた俺の人生の薄暗い路を、あまりにも突然に、君は照らした。陽の光のようだったな。

望んで始まった事ではなかったけれど、あの半年間、俺は確かに幸せだった。人生で初めて、人に大事にされて、そして初めて、たくさん自分以外の人の事を考えたよ。

だからかな、自分が決めた事なのに、今 俺は、辛いと…確かに辛いと、思っている。

きっと、何時の間にか君は、俺の大切な人になっていたんだろうな。
大切な人なんか、いた事が無かったから気づけなかった。

お陰で少しは普通の感情を学べたような気がする。



「幸せに、なってくれ。」


今初めて、後ろ髪を引かれるという気持ちがわかる。

しかしそれを振り切るように前に向き直り、もう二度と振り返らない。
 

俺と藤川との縁の糸は既に切れたのだ。







ーーーーーーーーーーーー


俺達は教師と生徒に戻った。

そして藤川は講義にはきちんと出てきている。根は真面目な子だ。

構内ですれ違えば会釈はする。
目が合うと…俺は、逸らす。藤川はわからないが、視線は感じるから、おそらく見ているんだろう。


体調は、あまり芳しくはない。
副作用なんだろうが、昼間はまだ我慢できるが、何故か夜の方が発熱や吐き気が強くなる。
眠れないのが一番辛い。


解除後の薬を飲み切った2週間後、経過診察を受けた俺は、自分の身に思いがけない事が起きているのを知った。だが病院からの帰路、気持ちは意外にも晴れやかだった。

「あと、3…いや、2ヶ月、か…。」

呟きながら歩く足取りは、最近には珍しく軽く感じる。

そして不思議な事に俺はその夜、久しぶりに少し深い眠りを得る事ができたのだった。





















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