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10 寂しさの思い出し方 後編 (立川side)
しおりを挟む俺には親がいない。
正確には、母は俺を産んで直ぐに、自分の父親(つまり俺にとっては祖父)に託し、そのまま失踪した。
母は、Ωの男性だったという。
生きてるかどうかすらわからないし、今ではもう、気にする事すらなくなった。
幼い頃に1枚だけ持たされて何時の間にか失くしてしまった、少し不良っぽく着崩した詰襟の学生服姿の母の写真の顔は、今ではもう思い出せない。
乳飲み子だった俺を押し付けられた祖父は、仕事と慣れない乳幼児の世話で直ぐに体を壊し、入院した。
祖母が早くに亡くなってからは 数少ない親戚達との付き合いも切れていた為、俺を引き取れそうな身内はいなかったという。
その為、幼い俺は児童養護施設に一時的に入る事になった。
そしてそのままそこで、18になるまで過ごした。
祖父が入院中に亡くなったからだ。
まだ50代だった。
俺は3歳にして天涯孤独の身となった。
幼い頃から静かな子供だったらしい。
施設の職員達は親切で、不自由のない程度に面倒は見てくれたが、似たような境遇の、様々な年頃の手のかかる子供達の中では、手のかからない子供というのは 悲しいかな、 割を食うもの。
案の定と言うか、幼いながらも自立して身の回りの事ができた俺は、職員達の謎の信頼感のもと、必要最低限の会話と世話だけをされて放置気味だった。
そりゃ、他の子に比べれば、着替えだって歯磨きだってトイレだってひとりで出来たが、そうは言ってもまだ幼子。
少しの寂しさや不安を感じる事もあった。
だが、自分から主張して大人に寄っていかない子供の小さな胸の内にある不安など、汲み取ってはもらえない。
必然的に、更に内に篭った。
拠り所にするほど慕える大人も、友人も無かった。
中学に上がると近付いてきた同級生も数人いたのでそれなりに友好関係は持ったが、親友と呼べる存在を獲得する迄には至らなかった。
幸いにして勉強が出来たので、高校には特待生として進学した。卒業間近になった頃、度重なる体調の異変を感じて病院にかかった。
熱があるし立ちくらみも頻繁に起こしたので風邪かと思ったが、問診後に医師からバース検査を勧められ、Ωだという事がわかった。
高校入学時の検査では、“おそらく”β、との判定だった。祖父からは母がΩだと聞いていて、もしかしての可能性も考えていたからホッとしたものだ。
Ωは生き辛い。そう認識していたから。
きっとそれは、自分を捨てた母も。
だが、バース検査は未成熟な少年の場合、稀に判定の精度が下がる事がある。あるが、俺の身体的特徴はβ以外の何者でもなかったから、間違いないだろうと思っていた。
なのにまさか、その 稀 の中に自分が入ってしまうとは。
先行きの暗さに、暗澹たる気持ちにもなる。
しかし、危惧に反して、Ωとわかった後も俺の生活に変化は無かった。
幸いにも症状が出にくい体質だったらしい。
Ω独特の匂いも薄く、抑制剤服用さえ守れば殆ど出ない。
人間だから将来的には変化する可能性が無いとは言えないから頭には置いておくように、と医師には言われた。
念の為、念の為。
きちんと抑制剤を服用するようになった。
今は良くても油断はできない。
バース性は個人情報だ。しかし殆どが知られる事になるのは、項を守る目的で装着せざるを得ない首輪の存在からである。
学生は特に、体育の授業などで着替えがあれば知れる。女性は制服の時点から隠し辛い。
故に、知られる事を恐れて首輪の着用を拒否する者もいる。
でもそれも、知られる以上に危険な事なのだが。
俺は卒業を前にしたこの時期にバース性を申告する必要性は無いと判断した。
既に着替え等を必要とする授業に出る事も無い。制服はワイシャツにブレザー。
余程の事がなければ脱ぐ事も無いから首輪は必要無いと思うが、おそらく首輪をしたとしても目立たない。
そのまま卒業し、無事に特待生として 進学が決まっていた大学に入学した。
大学では、皆が高校の頃より適度な距離感でつき合えるからか、交友関係も増えた。
殆どがβだが、αも数人いた。
彼らの俺に対する評価は、
“非常に優秀なβ”、もしくは“αばりに優秀なβ”。
概ね好意的なものだった。
1人だけ、大学入学当初から何かと気にかけてくれたαがいたが、ある時告白されて断ると それからは必要以上には接してこなくなった。
その後あっさり他の誰かと付き合っていたから、まあ、そんなもんなんだろう。
それ以降はプライベートに踏み込む事を許し合うほどの親しい友人を作る事も無く、殆どの時間を勉強に費やした。飛び級を重ね論文をいくつか書いてたら修士課程を修了して博士号を取っていた。
“β”ながらもα並み、いやそれ以上に成果を出し続ける俺を、最早周囲は遠巻きしにか見なかった。
その内、“β様”などと揶揄して呼ぶ者も現れて辟易する。
年中襟付きのシャツやハイネックという不自然な出で立ちで何年も過ごしていたにも関わらず、在学中、一度たりともΩではと疑われる事すら無かったのは、俺の容姿がβそのものであるという事もあるが、 Ω“如き”が成し得る事ではないから。というのが大きかったように思う。
まさかこんなところ(大学)にΩがいる訳がないから。
自分達(αやβ)より優秀なΩが存在する訳がないから。
そういった、偏見を前提にした共通認識があったからだ。
Ωの社会的地位の低さを再認識する。
この世界はΩが有能である事を、許さない。
思えば 心ならずも 少し目立ってしまう度に、天才だガリ勉だと賞賛も揶揄も中傷もされたが、全て的外れだったと俺は思う。
皆が家族や友人や恋人とコミュニケーションを取ったりカラオケやゲームに興じている時、俺にはそうする相手がいなかった。
現在の俺の立場は、単に付き合う相手が本と勉学しかいなかった結果だ。
人間相手だと、捨てられつづけてきた俺は、何時の間にか誰をも必要とはしない、されない人生を歩んできた。
そしてそれに疑問も抱いた事も無い。
だから寂しいという気持ちも、俺にはもう上手く思い出せない。
藤川が離れて行った、今も。
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