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4 急接近の真相は (藤川side)

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「立川先生…。」


思わず小声で呟いた。


学校からの帰路のカフェで高校時代の友人と久々に会った帰り、先生の行きつけの店のある辺りをぼんやり歩いていたら、見慣れた後ろ姿が目に入ってきた。

愛しのスウィートハニー立川 洸 准教授である。

歩行姿勢も綺麗だ。
身長は170そこそこな筈だが、頭が小さく手足が長いのでスーツが似合うバランスの良さ。
華やかさがある訳では無いとはいえ、十分綺麗な人だと思うのだが、ここ数ヶ月の見守り(ストーキング)を経ても 彼の周りには男も女も、親しい人間ひとりすら見た事がない。
単に俺が見てない時に接しているのかも知れないけどさ…。

それにしたって、ちょっと異常な程クリーン過ぎて、害虫がいたら即排除してやるつもりでいた俺は 少し拍子抜けしてしまった。
いや、俺的には喜ばしい事なんだけど、不思議だ。

隠れファンとか、いそうだと思ったのになぁ。

…まあ、ライバルは少ないに越した事はないから別に良いんだけど。


風に靡くサラサラした黒髪の小さな頭をみつめながら、俺は気配を殺して彼の後を追った。




少し先を歩く彼は、予想通りの路地に入り、3軒目の小さな居酒屋に入っていく。
何時もの店である。
というか、彼にそれ以外の行きつけの店は、今の所、無い。
それはそれで寂しくないの~?と思ってしまったりするけど、それが彼のペースなんだろうな…。

時計を見る。
よし、これから10分経ったら彼処に入ってみよう。
 
今日、この時間に出会えたのは神の采配に違いない。


俺は路地から少し離れて溜まったLINEの返事を返しながら時の経つのを待った。







ガラガラ、と引き戸の入口を開けると、いらっしゃい と嗄れた声が迎えてくれる。
ここのご店主はどうやら70代くらいのおじいちゃん…。ホッ、なんか色っぽい女将とかイケおじ板前とかじゃなくて良かった…。

店内を見ると、カウンターに5、6席くらい。その1番奥の席に、立川先生がいた。
こちらを見て意外そうな顔をしている。
常連さんしか入って来そうにない店に、店にそぐわぬ年齢の新規が入ってきた驚きなのか、俺を認識してるからの驚きなのか、これはどっちだ…?

ちょっと判別がつかないので、先手必勝で声を掛ける。

「あれ、立川先生…ですよね?」
「そうだよ。君は、ウチの学生だな。名前は、えーと…」

驚いた事に、彼は俺を学生のひとりとして認知していた。残念ながら名前は覚えてくれてなかったようだけど、それも彼らしいと言えば彼らしい。

「藤川です。藤川丞。」

するり、と隣に座り、何気なくパーソナルスペースに侵入成功。
拒否反応は感じ取れない。よし。


「何にします?」

カウンターの向こうで親爺さんが聞いてくる。
俺は、ふむ、と少し考えた。

「先生と同じお酒を。」

立川先生の目が少し丸くなった気がする。

「お酒、強いのかい?」
「まあ、少しくらいは。」


嘘である。
ウチの家系はザルだ。バース性も性別も関係無く、男も女も蟒蛇かザルと呼ばれてる。


枡に入ったグラスになみなみと注がれた酒は、口に運ぶとフルーティーに香り、とても飲み易い。

「美味しいです。」
「そうか。良かった。」

口数は少ないが、初めて至近距離で聞く落ち着いたテノールは耳に心地好い。
思っていたより気さくに話してくれるし、会話
が途切れても気不味くならないのは 酒が入ってるお陰だろうか。

酔いが回ったのか、少し呂律が怪しくなってきたなと彼を見ると、僅かに目の焦点があやしい。

「先生、眠いですか?そろそろ帰ります?」

お伺いを立ててみると、

「うん…」

そうか。
帰るか。

「かえる…。ふじかわくんちに帰る…。」
「…え?僕んちにですか?」

まあ確かに、ここからなら俺のマンションの方が近いが。
え、来ます?良いの?ほんとに?
これって願ってもないチャンスが到来したのでは?
いや待て…相手は無防備な酔っ払い。
それは流石に卑怯というもの…。
でも、俺んちに立川先生が来るのか~。
するのは介抱のみになるだろうが、嬉しい。
これを機に距離を縮めていけば、親しくなれるかも。


浮かれた俺は、少し心配そうに立川さんを見ている親爺さんに、生徒なので大丈夫、と言って即会計をしてもらった。
既に寝息を立てていた立川先生を背負い、彼の鞄を持って表に出てタクシーを拾う。

乗車して10分も走ればマンションのエントランス前に着いた。

スマホの電子マネーで決済を済ませ再び彼を背負う。
細いとはいえ意識の無い酔っ払いの男は、それなりに重い。

エレベーターに乗って12階のボタンを押す。自室のドアを開け、ベッドに彼をゆっくり寝かせてからスーツをハンガーに掛けないと皺になるのか、と気づいた。
意識の無い相手をどうこうする趣味は無い。誓って上着しか脱がせるつもりは無かった。
だけど…。



「なんだ…これ…」

首元を寛げてあげようとネクタイを緩めた時、違和感があった。


「これって、…」

首輪だった。
俺が見た事のあるΩ達のものよりは、随分簡易な造りではあったけど、間違いなくΩ用の。

「はは…マジか…。」

唇の両端が上がるのを止められない。

本当に護る気があるのかと思う程、少しの力でその首輪はあまりにも簡単に壊れた。
単なる視覚的な牽制の為だけの安物だとしか思えない。

確認の為に項に鼻を寄せれば、僅かに甘く香った。確定だ。


「Ω、でしたか…先生。」

嬉しさを止められない。

これは俺のΩだ。


昂って昂って、まだなにもしていないのにひどく興奮して…気がつけば、噛んでいた。いや嘘だ。

確固たる意思を持って、噛んだ。



一瞬の呻き声の後、先刻まで仄かだった甘い匂いが突然強烈に部屋中に充満した。

(番に、なったからか…)

彼の細く白い項に、赤い血の滲んだ噛み跡。
俺のΩの印。


痛みでなのか、番になった俺の匂いに反応したのか、彼の目が薄く開き、俺を捉えた。

細い腕が俺を求めて伸びてくる。

「ふじかわ」
 
熱を持った細い指が俺の頬にかかる。


「ふじかわは、どこもかしこも、あついなあ」

そう、覚束無い呂律で呟いて、ふふっと笑った。
日頃ひとつも見た事の無いその、意図していないであろう媚態が堪らなかった。
かわいい、かわいい、かわいい、いとしい

俺の。

「もう、俺だけのものだ、あなたは。」

きょとんとした彼の、半開きの唇を奪った。
酒臭い筈のその咥内は、ひどく蠱惑的な味がした。 









 
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