4 / 36
4 急接近の真相は (藤川side)
しおりを挟む「立川先生…。」
思わず小声で呟いた。
学校からの帰路のカフェで高校時代の友人と久々に会った帰り、先生の行きつけの店のある辺りをぼんやり歩いていたら、見慣れた後ろ姿が目に入ってきた。
愛しのスウィートハニー立川 洸 准教授である。
歩行姿勢も綺麗だ。
身長は170そこそこな筈だが、頭が小さく手足が長いのでスーツが似合うバランスの良さ。
華やかさがある訳では無いとはいえ、十分綺麗な人だと思うのだが、ここ数ヶ月の見守り(ストーキング)を経ても 彼の周りには男も女も、親しい人間ひとりすら見た事がない。
単に俺が見てない時に接しているのかも知れないけどさ…。
それにしたって、ちょっと異常な程クリーン過ぎて、害虫がいたら即排除してやるつもりでいた俺は 少し拍子抜けしてしまった。
いや、俺的には喜ばしい事なんだけど、不思議だ。
隠れファンとか、いそうだと思ったのになぁ。
…まあ、ライバルは少ないに越した事はないから別に良いんだけど。
風に靡くサラサラした黒髪の小さな頭をみつめながら、俺は気配を殺して彼の後を追った。
少し先を歩く彼は、予想通りの路地に入り、3軒目の小さな居酒屋に入っていく。
何時もの店である。
というか、彼にそれ以外の行きつけの店は、今の所、無い。
それはそれで寂しくないの~?と思ってしまったりするけど、それが彼のペースなんだろうな…。
時計を見る。
よし、これから10分経ったら彼処に入ってみよう。
今日、この時間に出会えたのは神の采配に違いない。
俺は路地から少し離れて溜まったLINEの返事を返しながら時の経つのを待った。
ガラガラ、と引き戸の入口を開けると、いらっしゃい と嗄れた声が迎えてくれる。
ここのご店主はどうやら70代くらいのおじいちゃん…。ホッ、なんか色っぽい女将とかイケおじ板前とかじゃなくて良かった…。
店内を見ると、カウンターに5、6席くらい。その1番奥の席に、立川先生がいた。
こちらを見て意外そうな顔をしている。
常連さんしか入って来そうにない店に、店にそぐわぬ年齢の新規が入ってきた驚きなのか、俺を認識してるからの驚きなのか、これはどっちだ…?
ちょっと判別がつかないので、先手必勝で声を掛ける。
「あれ、立川先生…ですよね?」
「そうだよ。君は、ウチの学生だな。名前は、えーと…」
驚いた事に、彼は俺を学生のひとりとして認知していた。残念ながら名前は覚えてくれてなかったようだけど、それも彼らしいと言えば彼らしい。
「藤川です。藤川丞。」
するり、と隣に座り、何気なくパーソナルスペースに侵入成功。
拒否反応は感じ取れない。よし。
「何にします?」
カウンターの向こうで親爺さんが聞いてくる。
俺は、ふむ、と少し考えた。
「先生と同じお酒を。」
立川先生の目が少し丸くなった気がする。
「お酒、強いのかい?」
「まあ、少しくらいは。」
嘘である。
ウチの家系はザルだ。バース性も性別も関係無く、男も女も蟒蛇かザルと呼ばれてる。
枡に入ったグラスになみなみと注がれた酒は、口に運ぶとフルーティーに香り、とても飲み易い。
「美味しいです。」
「そうか。良かった。」
口数は少ないが、初めて至近距離で聞く落ち着いたテノールは耳に心地好い。
思っていたより気さくに話してくれるし、会話
が途切れても気不味くならないのは 酒が入ってるお陰だろうか。
酔いが回ったのか、少し呂律が怪しくなってきたなと彼を見ると、僅かに目の焦点があやしい。
「先生、眠いですか?そろそろ帰ります?」
お伺いを立ててみると、
「うん…」
そうか。
帰るか。
「かえる…。ふじかわくんちに帰る…。」
「…え?僕んちにですか?」
まあ確かに、ここからなら俺のマンションの方が近いが。
え、来ます?良いの?ほんとに?
これって願ってもないチャンスが到来したのでは?
いや待て…相手は無防備な酔っ払い。
それは流石に卑怯というもの…。
でも、俺んちに立川先生が来るのか~。
するのは介抱のみになるだろうが、嬉しい。
これを機に距離を縮めていけば、親しくなれるかも。
浮かれた俺は、少し心配そうに立川さんを見ている親爺さんに、生徒なので大丈夫、と言って即会計をしてもらった。
既に寝息を立てていた立川先生を背負い、彼の鞄を持って表に出てタクシーを拾う。
乗車して10分も走ればマンションのエントランス前に着いた。
スマホの電子マネーで決済を済ませ再び彼を背負う。
細いとはいえ意識の無い酔っ払いの男は、それなりに重い。
エレベーターに乗って12階のボタンを押す。自室のドアを開け、ベッドに彼をゆっくり寝かせてからスーツをハンガーに掛けないと皺になるのか、と気づいた。
意識の無い相手をどうこうする趣味は無い。誓って上着しか脱がせるつもりは無かった。
だけど…。
「なんだ…これ…」
首元を寛げてあげようとネクタイを緩めた時、違和感があった。
「これって、…」
首輪だった。
俺が見た事のあるΩ達のものよりは、随分簡易な造りではあったけど、間違いなくΩ用の。
「はは…マジか…。」
唇の両端が上がるのを止められない。
本当に護る気があるのかと思う程、少しの力でその首輪はあまりにも簡単に壊れた。
単なる視覚的な牽制の為だけの安物だとしか思えない。
確認の為に項に鼻を寄せれば、僅かに甘く香った。確定だ。
「Ω、でしたか…先生。」
嬉しさを止められない。
これは俺のΩだ。
昂って昂って、まだなにもしていないのにひどく興奮して…気がつけば、噛んでいた。いや嘘だ。
確固たる意思を持って、噛んだ。
一瞬の呻き声の後、先刻まで仄かだった甘い匂いが突然強烈に部屋中に充満した。
(番に、なったからか…)
彼の細く白い項に、赤い血の滲んだ噛み跡。
俺のΩの印。
痛みでなのか、番になった俺の匂いに反応したのか、彼の目が薄く開き、俺を捉えた。
細い腕が俺を求めて伸びてくる。
「ふじかわ」
熱を持った細い指が俺の頬にかかる。
「ふじかわは、どこもかしこも、あついなあ」
そう、覚束無い呂律で呟いて、ふふっと笑った。
日頃ひとつも見た事の無いその、意図していないであろう媚態が堪らなかった。
かわいい、かわいい、かわいい、いとしい
俺の。
「もう、俺だけのものだ、あなたは。」
きょとんとした彼の、半開きの唇を奪った。
酒臭い筈のその咥内は、ひどく蠱惑的な味がした。
130
お気に入りに追加
3,893
あなたにおすすめの小説
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
欠陥αは運命を追う
豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」
従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。
けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。
※自己解釈・自己設定有り
※R指定はほぼ無し
※アルファ(攻め)視点
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる