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後
しおりを挟む2人の言い分に矛盾が無い為、グレーだと判定した僕は、とりあえず別れを保留にした。僕史上、初めてのジャッジだ。
嗚咽する荒川君を立たせて、パンツの膝に付いた砂や埃を払ってやっていると、師匠が…いや、M性感マッサージのユマさんが、気遣わしげに僕らを見ていた。状況を整理すると、教えを請われただけの彼女には全く非は無い。仕事としてキチンと指導していたらしいし…。ホテルからの出入り時にお客さんと腕を組んで出るのは店としてのサービスの一貫らしく、していないのを店のスタッフに見られると後からクレームを付けられる為、ホテル近辺だけではそれを守っていたとの事。でも今日は僕に遭遇して荒川君がビックリしちゃったのでユマさんも少しテンパってしまい、思わず着いてきてしまったらしい。
しかし考えてみれば、ユマさんがさっさと行っちゃって着いて来てなければ、荒川君は言い訳すらできず僕はさっさとお別れしちゃってただろう。そう考えると、何だか僕ってすごく薄情な人間なのでは?と、少し反省。
いや、本当に僕は現金な人間だと思う。だって、さっきすっぽり抜け落ちたと思った荒川君への気持ちが、彼が僕を悦ばせたいが為に人に教えを請うていたと知ったら…何だか堪らない気持ちになった。
「あ…すいません、お店から連絡来ちゃいました。私はこれで。本当に、誤解させてしまってすいません」
丁寧に頭を下げてくれるユマさんに、
「いえ、ユマさんは全然悪くないですから…」
と言うと、ユマさんは荒川君の方を見て言った。
「口頭で教えられる分は教えたから、後は荒川さん次第よ。でも紛らわしい事をしたのは事実なんだから、許してもらえるように誠心誠意彼氏さんに謝ってね」
「はい…ありがとうございました、師匠」
そんな2人を見てて思った。
……あ、これはマジで師弟関係成立してるやつだと。
そうして時間を気にしながら何故か『尊~い』と口走りながら去っていったユマさんの後ろ姿を見送って、(尊いって何?)と思いつつ、僕は口を開いた。
「さて、と。」
それに怯えたように僕を見る荒川君。あ、もしかしてユマさんが居なくなったから別れ話再開されると思ってる?流石に今しがた保留と決めた事をまた覆えしたりはしないんだけど?
でも、荒川君本人とはもう少し話す必要があるから…。
「とりま、ホテル行こっか」
僕はニコッと笑って、そう言った。
金曜夜の繁華街近くのラブホなんて空き室は少ないかなと思ってたけど、タイミングが良かったのか入ってみたホテルには空室が2部屋出ていた。金額は同じなので適当に決めてフロントに行くと、すぐにルームキーが出てきた。同性カップルだとフロントで断られる事もあるって元カレに聞いてたから、スッと差し出された事にホッとする。このホテルはOKらしい。何時もは元カレに任せっきりだったから僕主導で部屋に入るのは初めてだったけど、意外とスムーズにいったなと思いながら荒川君と一緒にエレベーターに向かい、3階に上がった。
ドアを開けるとパッと灯りが点く。靴を脱いで、置いてある個包装の使い捨てスリッパを袋から出して履き、またすぐ目の前のドアを開けると、白い壁に囲まれた広い部屋の奥っかわに白とグリーンのシーツでメイキングされた大きなダブルベッド。
こういう場所に来るの、久しぶり。セックスするだけの部屋って感じがあまり好きになれないんだけど、前々彼が社会人だったから幾つか連れていかれた。まあ、今日のココは…部屋は広いしお風呂も広いし、ケバケバしくないし…清掃がしっかり行き届いてるみたいだし、悪くはないかな。品の良い白壁にウッド調の家具、落ち着いたグリーンの寝具。ライトや間接照明もやや暗めに調光されていて、雰囲気があって良い…けど、ベッドサイドの調節パネルを弄り、更に暗くした。
「…あの、早霧?」
後ろから戸惑ったように僕を呼ぶ荒川君の声。
「史弥」
僕は振り向かないままで彼に呼びかけた。
「は、はい」
返事をする声が上ずっていて、僕は思わず吹き出した。
そして、吹き出しついでに質問した。
「さっきさ。俺が好きなら許してくれるんじゃないの、なんて…すごく萎えたよ」
「…ごめんなさい」
「なんであんな事言ったの?」
本当に不思議だ。日頃はそんな傲慢な事言わないのに、いきなりあんな言葉が出てきたのは何故なのか。
荒川君は僕の問いに、バツが悪そうに俯きながら答える。
「…最近、高校時代の友達とバッタリ会って一緒に飲んだんだけど…その時、ソイツが別れた元カノと復縁したって聞いて。ソイツの女癖が悪くてフラれたって聞いてたのに、何でまた元カノさんは付き合う事にしたんだろうって思って…迎えに来た元カノさんに聞いてみたんだ」
「うん、それで?」
「そしたら、別れたけど結局嫌いになれなかったからって。浮気されても好きなんだって、そう言われて」
「……へえ」
「だから…もし浮気だって誤解されたままで、許すって言ってもらえたら…早霧も俺を好きになってくれたって思えるかもって、思った…」
「……何なの、ソレ」
はぁ…と大きな溜息が出てしまった。人の交友関係にとやかく言いたくはないけれど、どうやら荒川君には正反対の似つかわしくない友達がいるらしい。早速悪い影響受けて来てるじゃないか。
「だって…俺から告白したし、俺は付き合って早霧を知る毎に好きな気持ちが大きくなるのに、早霧はいつも余裕があるし、慣れてるし…」
突っ立ったままボソボソとそんな事を言う荒川君に気が抜けて、僕はベッドに座った。
「なにそれ…」
「俺、ずっと自信が無かった。早霧は優しいから、お情けで付き合ってくれてるだけなんじゃないかって。
…俺が急に都合が悪くなったってデートをドタキャンしても、気にしてなかったし」
「そんな筈ないだろ、幾ら僕でも相手は選ぶ。好きになれそうもない相手とは付き合わないよ」
そう答えながら、最近2回あったドタキャンの事を思い出す。じゃあアレって、もしかして試し行為ってやつなのかな。
僕は力無く苦笑いをしながら言った。
「ドタキャンで怒らなかったのは史弥を信用していたからだし、僕はちゃんと史弥を好きだよ」
「じゃあ、何で…」
薄暗いブルーの照明の下、荒川君が俯いていた顔を上げて僕を見た。目が青い光に反射して濡れたようを放っている。また涙でも溜めているのだろうかと思うと、少し胸が痛む。
「何で、あんなにあっさり…」
そう言った彼の声は震えていた。
「僕は君が好きだよ。でも、ごめん。僕は臆病なんだ」
そう答えたら、荒川君は首を傾げた。だから僕は、ゆっくりと答える。
「一度許すと、人は次も許されると思うよね。そうして許した末に二度目が起きた時、許した方はまた前以上の辛い思いをする。もし二度目が無かったとしても、許した方はずっと二度目に怯えて苦しむんだよ」
「……」
「だから正直、軽々しく好きなら浮気を許せって言った君に…幻滅した」
瞬間、駆け寄って来て足元に座り込み、片足に縋りながら涙をいっぱい溜めた目で僕を見上げてくる荒川君。
「ごめんなさい!!俺、自分の不安でいっぱいいっぱいで、あんな事言われた早霧の気持ちを考える余裕が無かった!」
何時ものお別れパターンなら、浮気をしておきながら僕の歩行を困難にしてくる相手には容赦無く足蹴りをお見舞いしてた。けど、今回は違うもんなあ…。
まだ4ヶ月に満たない付き合いだけど、荒川君が平気で嘘をつけない性格なのはわかるんだ。だからこそ、浮気されたと思った時に過去一番にショックだった訳で。
僕は何時の間にか、それほどに荒川君に絆されて、彼を信じ切っていたって事だ。二度もデートをドタキャンされれば今までなら怪しんでた筈なのに、さっきユマさんとのツーショットを目にするまで疑いもしなかったんだから。
「俺ばっかりが好きな気がして不安で、試すような事…。ごめんなさい、ごめん。でも、さっき捨てられそうになってわかった。
俺、早霧が俺を好きじゃなくても良い。傍にいさせてもらえるだけで幸せなんだって。
だから、お願い。俺を捨てないで。」
切れ長の目から溢れる涙が色っぽいのは、良い男の証だ。いつもは凛々しい荒川君の泣き顔はとても可愛い。
僕は彼の頬に唇を寄せて、流れ落ちる涙を吸った。驚いたように目を見開く荒川君。それもまた、良い表情。頬、目尻、瞼。それから降りて、唇。
「……さぎ…」
「ねえ、史弥」
ほんの数秒で離した唇から漏れた声を遮って、僕は彼の目を見つめた。
「僕の為にお勉強、してきたんだよね?」
「うん…」
「どんな事を習ったの?」
「…男の体のどの部分をどう触れば反応が良いとか、実際に鼠径部のマッサージを受けたり…あと、男のアナルの中の何処に触れたら感じる事が多いか、とか、前立腺マッサージとか…触り方とか、解し方とか、刺激の仕方とか…」
思った以上に真面目な返答が返ってきて、内心驚いた。
「へえ…じゃあ、その成果を披露してもらってから、決めようかな」
「……早霧…」
誘うように彼のうなじと背中に指を這わせると、僕の体は彼によって容易くベッドに押し倒された。
「本当に、抱いたのは僕だけ?」
「誓って、早霧だけだ。俺は早霧しか知らない。今までも、これからも早霧しか要らない」
胸の中に火が点る。嬉しさ?優越感?
違う、これは愛しさだ。僕の愛を欲しくて欲しくて堪らないのに、僕を失うくらいなら一番欲しい筈のその愛すらも諦める事を厭わないという、彼の一途さへの。
僕の心はとっくに彼に向いているというのに…。
降りてくる彼の唇を、今度は時間をかけて受け入れる。柔らかく弾力のある、厚めの感触はあたたかい。僕の唇を割り、遠慮がちに侵入して来る舌の熱さに目眩がする。
口付けながら薄目を開けると、視線が合った。舌を絡ませた快感に目元を蕩けさせると、激しく吸われた。まさかキスのレクチャーは受けてないだろうな、と一瞬頭を過ぎったが、肉体的接触をあれだけ否定していたのだから有り得ないだろうと打ち消した。
僕しか知らない彼。この先も、僕しか要らないという彼。
それが真実なのか、これからじっくり証明してもらおう。
僕を本気にさせたんだから、途中放棄は許さない。
唇を離すと、互いの唾液に濡れた粘膜が赤く充血して絖った。そんな荒川君の表情は色っぽい。僕に見えているのなら、彼にも僕がそう見えているんだろうと思う。
「ねえ、史弥。多分君が思ってる百倍は、僕は君の事が好きだよ」
そう言って微笑むと、荒川君の顔がくしゃりと歪んで、それから笑顔になった。
「なら俺はその100万倍好きだから追っつかないな」
僕はそう言った彼の首に腕を回して強く引き寄せて耳元に囁いた。
「ならそれを、早く信じさせて」
ごくり、と彼が唾を飲む音がはっきりと聞こえた。
僕を好きだと言った男はたくさん居たけど、実際に僕の為に努力しようとしてくれた人は彼だけだ。
だから、信じてみる事にする。いや、信じさせて欲しい。
僕の待っていたのは、きっと君なんだと。
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