よくある話で恐縮ですが

Q.➽

文字の大きさ
上 下
37 / 37

番外編 氷室 蓮巳、17歳。

しおりを挟む





「あの…どうしても、駄目?」

目の前で髪を耳に掛けて顔を赤くしている女子。
確か隣のクラスの子だった筈だ。デザインの洒落たネックガード。少し漏れてくる匂い。長い栗色の髪、華奢なピアス、少し気崩した制服に包まれた細い体に似合わぬ豊満そうな胸。

魅力的なΩだと思う。

外見は。


今がどういう状況かと言うと、此処は通っている高校の屋上で今は放課後。
昼休みにはあれだけ昼食を摂りに来ている生徒達で賑わっているのに、放課後ともなると僕達以外誰もいない。
僕は日頃からこの場所に呼び出される事が多いけれど、あまり来たい場所ではなかった。
何故なら、呼び出される理由は告白されるからで、その後断るという憂鬱な作業迄もがワンセットだからだ。

自慢じゃないけど、僕は小学校から高校生になる今迄、一度たりとも告白にOKした事が無くて一部では鉄壁という変な渾名で呼ばれているらしいのに、この手の呼び出しが絶えないのは何故なんだ。

それどころか、高校に上がってからは頻度が上がった気がする。
しかも中学迄とは違って、フェロモンで誘って既成事実を作ろうとしてか、目の前で首輪やネックガードを外された事も数回あって、僕はその度に用心深くなった。
そんな経験から、そういう肉食系Ωや女性が死ぬ程苦手だ。
しかし呼び出しを無視する訳にもいかない。
考えてもみて欲しい。

告白する為に僕を呼び出しているのだから、そこは屋上でなくとも人気の無い場所である筈だ。
そんな寂しい場所に、一人で待ちぼうけさせて、タチの悪い輩にでも目をつけられたら。
僕がしかとして、万が一、事件事故なんかに巻き込まれたとなったら寝覚めが悪い。

だから仕方なく、毎回いちいち断りに出向かねばならない。時間も労力も浪費するばかりだし、本当に無駄だなとは思うが…。

それに…番目的の人ばかりではなく、純粋な気持ちで想ってくれている子もいたりするので、それも何となく無碍に出来ない理由だ。
きちんと告げてくれる想いには、きちんとごめんなさいと言いたい。

そんな訳で今日も屋上に来て告白を受けて断ったのだが、今日の彼女は僕の苦手なタイプの人のようだった。


「私、そんなに悪くないと思うんだけど、どの辺が駄目?」

Ωは‪α‬とは対極の美貌を持つ者が多い。儚げで、華奢で、独占欲や庇護欲を誘うような。
目の前の女生徒も容姿端麗で、男性や‪α‬達には人気があるんだろう。かなり自分に自信があるタイプのΩだと見受けた。
けれど、そんな事を言われても困る。


「どの辺が駄目とか、そういう事じゃないんだ。」

僕は極力穏やかに答えた。

今日は結構風がある。未だ夕方というには早いけれど、少し寒いし僕は早く此処から去りたかった。

「僕は今は誰とも付き合う気は無いんだ。」

「なら何時なら付き合う気になるの?」

「それは…」

「ねえ、何時なら?その時迄待てば付き合ってくれるって事?
私、ずっと氷室君の事好きだったんだよ?そんなに簡単に振るとかひどくない?」

彼女は僕が最も苦手なタイプのようだ。
僕はきちんと礼を尽くして断った筈なのに、何故食い下がってくるんだろう。

「その時が来る迄は誰とも付き合わないって事よね?
私を振るって事はそういう事でしょ?
なら私、付き合いたくなる迄待っても良いけど。」

思わず溜息が出た。
それに眉を寄せる彼女。

「別に、直ぐに番にって言ってる訳じゃないんだし、付き合うくらい良くない?」

苛立ったように尖った声を出す彼女からは、最初のしおらしさは消え去っていた。

「…もうそれくらいにしておいてくれないかな。」

僕は彼女に警告した。
けれど、彼女には僕の気遣いは通用しなかったようだ。

「どうしてよ。だって、」

「何故僕が、選択肢を君一択にしなきゃいけないんだ?」

僕はにこりと笑った。

「え…」

「何故、君一択って話になるんだ?」

「…だって、私が氷室君を好きだから…。」

「申し訳無いがそれは君の個人的な気持ちであって、僕の将来的な選択肢を狭める理由にはならないよね。」

警告を無視された僕は、歯に衣着せぬ事に決めた。
このタイプはたまにいる。
僕は平素穏やかだから、イニシアチブが取れるのではないかと勘違いするのだろうか。
確かに僕は人に優しく振る舞うようにしているが、自分を犠牲にする趣味は無い。


「きちんと言わなきゃ理解してもらえないようだからハッキリ言うよ。

僕が今、誰とも付き合う気になれないのは、単に心惹かれる人が現れていないからだ。」

僕の言葉に、彼女が少しムッとしたのがわかる。
自分を前にしてそう言われたのは自尊心が傷ついたのだろうか。だから言いたくなかったのに。

「私、これでも結構モテるんだけど。」

プライドが高いのは別に良いけど、それを僕に向けられても困るなと苦笑した。

「未だ理解してくれないのかな。
君がどれだけモテるのかは、僕には全く興味も関係も無い事なんだ。」

その言葉に彼女はカッとなったように顔を歪めた。
そんな顔をされても困る。
優しく言っている内に引き下がらずに、これだけの言葉を引き出したのは自分だ。

「君の魅力は、君に興味を持っている人達に対して発揮したら良いんじゃないかな。

…たくさん、いるみたいだしね。君、すごく色々臭うから。」

「……!!」

それだけ言えば流石の彼女にも意味がわかったようだった。
ぱっ、と踵を返して駆け出し、屋内へのドアに消えて行く。
少しは羞恥というものを知っていたようだ。良かった良かった。


「ずっと好きだった、ねえ…。」

それにしては、色んな‪α‬と交流があるようだった。
複数の‪α‬をキープして、一番条件の良い相手と番になろうとする狡さが垣間見えた。
別にそれを否定する気はない。それもΩがより良い人生を選択する為の処世術なんだろうし、他人の僕がとやかく言う事でもない。
僕を巻き込みさえしなければ。


僕はフェンスに歩み寄って眼下の景色を眺めた。
夕方4時。未だ明るい空の下には僕が生まれ育った街並みが広がり、更に遠くに見えるビル群。

この青い空の下の何処かに、未だ見ぬ僕だけの誰かが、きっと……。




「…僕は、運命を信じているから…。」



ひとつも心動かされない君達とは、付き合えないんだ。






これは2人が出会うずっと前の、とある1日の話。


しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

溺愛

papiko
BL
長い間、地下に名目上の幽閉、実際は監禁されていたルートベルト。今年で20年目になる檻の中での生活。――――――――ついに動き出す。 ※やってないです。 ※オメガバースではないです。 【リクエストがあれば執筆します。】

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

当たって砕けていたら彼氏ができました

ちとせあき
BL
毎月24日は覚悟の日だ。 学校で少し浮いてる三倉莉緒は王子様のような同級生、寺田紘に恋をしている。 教室で意図せず公開告白をしてしまって以来、欠かさずしている月に1度の告白だが、19回目の告白でやっと心が砕けた。 諦めようとする莉緒に突っかかってくるのはあれ程告白を拒否してきた紘で…。 寺田絋 自分と同じくらいモテる莉緒がムカついたのでちょっかいをかけたら好かれた残念男子 × 三倉莉緒 クールイケメン男子と思われているただの陰キャ そういうシーンはありませんが一応R15にしておきました。 お気に入り登録ありがとうございます。なんだか嬉しいので載せるか迷った紘視点を追加で投稿します。ただ紘は残念な子過ぎるので莉緒視点と印象が変わると思います。ご注意ください。 お気に入り登録100ありがとうございます。お付き合いに浮かれている二人の小話投稿しました。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

愛し合う条件

キサラギムツキ
BL
異世界転移をして10年以上たった青年の話

処理中です...