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番外編 氷室 蓮巳、17歳。
しおりを挟む「あの…どうしても、駄目?」
目の前で髪を耳に掛けて顔を赤くしている女子。
確か隣のクラスの子だった筈だ。デザインの洒落たネックガード。少し漏れてくる匂い。長い栗色の髪、華奢なピアス、少し気崩した制服に包まれた細い体に似合わぬ豊満そうな胸。
魅力的なΩだと思う。
外見は。
今がどういう状況かと言うと、此処は通っている高校の屋上で今は放課後。
昼休みにはあれだけ昼食を摂りに来ている生徒達で賑わっているのに、放課後ともなると僕達以外誰もいない。
僕は日頃からこの場所に呼び出される事が多いけれど、あまり来たい場所ではなかった。
何故なら、呼び出される理由は告白されるからで、その後断るという憂鬱な作業迄もがワンセットだからだ。
自慢じゃないけど、僕は小学校から高校生になる今迄、一度たりとも告白にOKした事が無くて一部では鉄壁という変な渾名で呼ばれているらしいのに、この手の呼び出しが絶えないのは何故なんだ。
それどころか、高校に上がってからは頻度が上がった気がする。
しかも中学迄とは違って、フェロモンで誘って既成事実を作ろうとしてか、目の前で首輪やネックガードを外された事も数回あって、僕はその度に用心深くなった。
そんな経験から、そういう肉食系Ωや女性が死ぬ程苦手だ。
しかし呼び出しを無視する訳にもいかない。
考えてもみて欲しい。
告白する為に僕を呼び出しているのだから、そこは屋上でなくとも人気の無い場所である筈だ。
そんな寂しい場所に、一人で待ちぼうけさせて、タチの悪い輩にでも目をつけられたら。
僕がしかとして、万が一、事件事故なんかに巻き込まれたとなったら寝覚めが悪い。
だから仕方なく、毎回いちいち断りに出向かねばならない。時間も労力も浪費するばかりだし、本当に無駄だなとは思うが…。
それに…番目的の人ばかりではなく、純粋な気持ちで想ってくれている子もいたりするので、それも何となく無碍に出来ない理由だ。
きちんと告げてくれる想いには、きちんとごめんなさいと言いたい。
そんな訳で今日も屋上に来て告白を受けて断ったのだが、今日の彼女は僕の苦手なタイプの人のようだった。
「私、そんなに悪くないと思うんだけど、どの辺が駄目?」
Ωはαとは対極の美貌を持つ者が多い。儚げで、華奢で、独占欲や庇護欲を誘うような。
目の前の女生徒も容姿端麗で、男性やα達には人気があるんだろう。かなり自分に自信があるタイプのΩだと見受けた。
けれど、そんな事を言われても困る。
「どの辺が駄目とか、そういう事じゃないんだ。」
僕は極力穏やかに答えた。
今日は結構風がある。未だ夕方というには早いけれど、少し寒いし僕は早く此処から去りたかった。
「僕は今は誰とも付き合う気は無いんだ。」
「なら何時なら付き合う気になるの?」
「それは…」
「ねえ、何時なら?その時迄待てば付き合ってくれるって事?
私、ずっと氷室君の事好きだったんだよ?そんなに簡単に振るとかひどくない?」
彼女は僕が最も苦手なタイプのようだ。
僕はきちんと礼を尽くして断った筈なのに、何故食い下がってくるんだろう。
「その時が来る迄は誰とも付き合わないって事よね?
私を振るって事はそういう事でしょ?
なら私、付き合いたくなる迄待っても良いけど。」
思わず溜息が出た。
それに眉を寄せる彼女。
「別に、直ぐに番にって言ってる訳じゃないんだし、付き合うくらい良くない?」
苛立ったように尖った声を出す彼女からは、最初のしおらしさは消え去っていた。
「…もうそれくらいにしておいてくれないかな。」
僕は彼女に警告した。
けれど、彼女には僕の気遣いは通用しなかったようだ。
「どうしてよ。だって、」
「何故僕が、選択肢を君一択にしなきゃいけないんだ?」
僕はにこりと笑った。
「え…」
「何故、君一択って話になるんだ?」
「…だって、私が氷室君を好きだから…。」
「申し訳無いがそれは君の個人的な気持ちであって、僕の将来的な選択肢を狭める理由にはならないよね。」
警告を無視された僕は、歯に衣着せぬ事に決めた。
このタイプはたまにいる。
僕は平素穏やかだから、イニシアチブが取れるのではないかと勘違いするのだろうか。
確かに僕は人に優しく振る舞うようにしているが、自分を犠牲にする趣味は無い。
「きちんと言わなきゃ理解してもらえないようだからハッキリ言うよ。
僕が今、誰とも付き合う気になれないのは、単に心惹かれる人が現れていないからだ。」
僕の言葉に、彼女が少しムッとしたのがわかる。
自分を前にしてそう言われたのは自尊心が傷ついたのだろうか。だから言いたくなかったのに。
「私、これでも結構モテるんだけど。」
プライドが高いのは別に良いけど、それを僕に向けられても困るなと苦笑した。
「未だ理解してくれないのかな。
君がどれだけモテるのかは、僕には全く興味も関係も無い事なんだ。」
その言葉に彼女はカッとなったように顔を歪めた。
そんな顔をされても困る。
優しく言っている内に引き下がらずに、これだけの言葉を引き出したのは自分だ。
「君の魅力は、君に興味を持っている人達に対して発揮したら良いんじゃないかな。
…たくさん、いるみたいだしね。君、すごく色々臭うから。」
「……!!」
それだけ言えば流石の彼女にも意味がわかったようだった。
ぱっ、と踵を返して駆け出し、屋内へのドアに消えて行く。
少しは羞恥というものを知っていたようだ。良かった良かった。
「ずっと好きだった、ねえ…。」
それにしては、色んなαと交流があるようだった。
複数のαをキープして、一番条件の良い相手と番になろうとする狡さが垣間見えた。
別にそれを否定する気はない。それもΩがより良い人生を選択する為の処世術なんだろうし、他人の僕がとやかく言う事でもない。
僕を巻き込みさえしなければ。
僕はフェンスに歩み寄って眼下の景色を眺めた。
夕方4時。未だ明るい空の下には僕が生まれ育った街並みが広がり、更に遠くに見えるビル群。
この青い空の下の何処かに、未だ見ぬ僕だけの誰かが、きっと……。
「…僕は、運命を信じているから…。」
ひとつも心動かされない君達とは、付き合えないんだ。
これは2人が出会うずっと前の、とある1日の話。
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