よくある話で恐縮ですが

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27 雨宮 聡 1

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翌日、必修科目である2講目に合わせて大学に来た俺は、大講義室に向かっていた。
中に入ると何時も座る席付近には雨宮の姿が見えて、少しばかり気が重い。

幸い最後列の席も空いているので座ってしまおうかと考えた。けれど、避けるのも逆効果な気がして、悩む。

昨日迄の数日間、色々あって蓮巳以外との連絡は見ていなかったし、他の友人達や雨宮のLIMEは未読スルーしてしまっていた状態だ。
正式に付き合いだした蓮巳との時間を優先したかったし、雨宮の執拗い誘いに煩わされたくなかったからだ。勿論、今日からはぼちぼち順に返信していく予定だ。

しかしまさかその3日ばかりの間に、雨宮と兄貴の間があんな事になるとは。
確かに意識的に種は蒔いたし、煽っていた自覚はあるが、よりによって今かよって感じだ。
俺が雨宮の誘いを断るのに余計な事を言ったからだろうか。…十中八九、そうだろうな。
そんな事を考えながら、結局入り口からそう遠くない空き席に座った。



講義中、バレないかとチラチラと見ていたが、雨宮が振り向く事は無くてホッとする。
このまま静かに他の生徒に紛れて出てしまおうと席を立って歩き出した瞬間、後ろから肩を叩かれた。


「……雨、宮…。」

「今日は遅かったんだな。
一緒に昼飯行こうや。」

いや、前から3列目くらいの席からものの数秒で、斜め最後列の俺の席にって。
なにその機動。
後ろを見てないと思っていたがしっかり俺の位置を把握していたらしい。怖っ…。


「いや…うん…でも俺さ…、」

「聞きたい事もあるんだわ。」

相変わらず目の下には濃い隈。そこに、有無を言わさぬ、深い笑みを張り付けて、雨宮は俺の首筋に鼻を寄せて、嗅いだ。

「……なるほど。マジみたいだな。痺れるわ。」

「……。」

蓮巳の匂いに反応したのか。

‪α‬がΩにつけるマーキング臭は、Ωが嗅いだ時と‪α‬が嗅いだ時とでは、感じ取り方が違うと言われている。
Ωには心地良い安心感を与えるが、他の‪α‬にとっては威嚇を含んだ強烈な、人によっては脳髄を刺されるようにも感じる事があるとか。
それは上位の‪α‬になる程に強い効力を持つというが、雨宮にとっての蓮巳の匂いはどの程度のものなんだろうか。
痺れる、の程度は雨宮にしかわからない。

それでも雨宮は、指先を震わせながら俺の肩を抱こうとする。

「…………なんだよマジで…。
樹生、お前…どんな化け物にマーキングされてんだ。」

雨宮の笑顔は悔しそうに歪んでいた。

(心配無さそう、かな。)

思っていたより危険度は低そうだと判断して、俺は少しホッとした。
‪α‬にとっても自分より上位ランクの‪α‬の痕跡を上書きするのは命懸けだ。
それに此処は人目も多い学内だ。
雨宮も下手な真似は出来ないだろう。

「…ずっとアプローチされてたんだよ。で、好きになったから付き合う事にしただけ。」

俺はトートバッグを肩に掛け直しながらそう告げた。

「…好きに、なった?」

「そうだよ。じゃなきゃ付き合わないし。」

俺が講義室を出て歩き出すと、雨宮も着いてきた。
やはり昼食には付き合わされそうだ。

「…学食で良い?」

仕方なく俺が雨宮に聞くと、

「いや、少しプライベートな話をしたい。どっかで昼飯買って、近くの公園迄行かないか。」

と言い出した。

「……公園か。」

大学近くにある公園なら、まあ良いだろう。昼日中だし、人目もある。
それに雨宮の言う通り、番の離別に関する事が話題に上がるとなると、不特定多数の生徒に聞かれる恐れのある場所はあまり適さない。

「いいよ、行こうか。」

俺は雨宮に頷いた。






大学から徒歩10分程歩いた小高い場所にあるその公園には、今日に限って人が少ない。何時もなら母子連れや散歩のお年寄りがそれなりに居るのだが…。もう秋も深まりつつあるから、園内の樹木も紅葉が始まっていたりして雰囲気は良いし、今日は天気も良くて風もないから、暖かくて、一緒にいるのが雨宮でなければピクニックにでも来た気分になれそうだ。

来る途中のファストフードでバーガーのセットを買って来たので、ベンチに腰掛けて紙袋を開けて取り出したドリンクにストローを挿した。
雨宮も同じように袋の中からホットコーヒーの容器を出して蓋を開け、ポーションのミルクを入れている。

俺達の間にファストフードの袋があるから、僅かだけれど距離も取れている。

ストローを咥えて一口吸ったところで、雨宮が口を開いた。


「……聞いたか?」

何を、返すのも愚問だろう。
兄貴との事だよな。

「……まあ。親から。」

「そうか…。」

雨宮はずず、とコーヒーを啜り、足を組んだ。
沈黙が気不味い。

俺は紙袋からポテトの箱を出して食べ始める。
だってポテトって冷めると途端にボソボソになるから時間との勝負だろ。
雨宮がそれを横目に見ているが、別に食べながらだって話はできるじゃないか…。
俺は腹が減ってるんだ。遅起きで朝飯食ってないから。

雨宮は、はぁ…と息を吐いた。

「美樹さんに番を解除してくれって頼んだんだ。」

「……そ。」

「お前と番になろうと思って。」

「うん、聞いた。びっくりしたわ。俺、それで兄貴にめちゃくちゃ恨まれてるらしいんだけどさ。
……お前とは付き合えねえって、断ったよな?」

俺は卑怯だから、狡い言い方でお前を煽りはしたかもしれないが、言葉の上ではしっかり断ってる。
兄貴と別れて欲しいとか、一言も言ってない。
何も気のある素振りひとつ見せてなかった俺の態度を、雨宮がどんな風に歪曲したかなんて勝手にしろだし、その先に何をどう考えてどんな決断をするかなんて、雨宮の勝手だ。

「……うん。まあ、断られたよな。
でも、素直に言えないだけで、本当はお前は俺の事を待ってるんだと思ってた。」

そうだな。匂わせはしたもんな。
でも、決定的な事なんか言ってない。
俺が自分に未練があると思ったのは、そうあって欲しかった雨宮自身の只の願望だ。

お前と兄貴のお陰で、歪んで狡賢くなってしまった俺は、どれだけでも逃げを打てる。


「俺とお前はあの時終わったし、指輪も捨てた。
あの瞬間から、お前と番になりたいなんて思った事は一度もねえよ。」

そう言って俺は空気も読まずバーガーを取り出し、包みを捲って頬張る。
遠くに車のエンジンの音や、時折犬の鳴き声が聴こえる。
俺の咀嚼音と、カサカサ紙の擦れる音。
雨宮からの視線をずっと感じながら、俺はバーガーを食べ終えた。
くしゃり、と包装紙を小さく握り潰して袋に入れた時に目のあった雨宮は、コーヒー以外には未だ手を付けていなかった。さっさと食わねえと三限間に合わねーぞ。


「……お前、そのマーキングの奴と番になんの?」

ボソリと雨宮に問われ、頷く。

「近々。」

俺の答えに雨宮が下を向いて、はは、と渇いた笑いを洩らした。

「……俺が、美樹さんと揉めてる間、お前はソイツといたんだな。」

は?
カチンと来た。

「そんな言われ方される筋合いねーよ。

自分が俺にした事、棚上げすんじゃねえ。」

冷静でいようと思っていたのに、まるで俺に何かしらの責があるかのような言葉に少し苛立つ。

「お前が兄貴との関係を今更どうしようと、俺には関係ねえだろ。巻き込むんじゃねえよ。」

俯いていた雨宮の顔が俺に向けられて、その目は驚きに見開かれていた。
そうだろうな。俺が雨宮にここ迄強い口調を使うのは初めてだ。

「……悪い。でも俺はお前が…、」

「そもそもだけど。
俺を裏切って、今度は兄貴を切って、また俺にってさ。そんなの俺が受け入れると思ったのか?本気で?」

「……。」

「俺と兄貴、兄弟なんだぞ?

お前、気持ち悪いよ。」


それを聞いた瞬間、雨宮の瞳が暗く濁った。


























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