よくある話で恐縮ですが

Q.➽

文字の大きさ
上 下
26 / 37

26 俺、蓮巳と宝探しに行く

しおりを挟む
                         



前夜言ってた通りに蓮巳は10時には連絡をくれて、昼前には迎えに来てくれた。
玄関ドアを開けた時、ネイビーのチェスターコートが長身に映えてて、少し見蕩れた。


「食事の後さ、樹生が使うものとか揃えに行こうよ。引越す前にある程度整えとく方が良いでしょ?」

車に乗り込みシートベルトを締めていると蓮巳にそう提案され、それもそうだなと考える。
日用品とか、雑貨とか。
蓮巳の家で一晩過ごした限りでは、そこ迄不便は感じなかったけれど、これからずっと生活するとなれば別だろう。
どうせなら主要なもの以外は買い替えてしまっても良いかもしれない。
特にこだわりはないから、輸入家具・雑貨の店で良いな…安いし楽しいし。
そう考えて、とある大手の輸入家具の最寄り店舗の名を挙げると、蓮巳は目を丸くして言った。

「え、そこで良いの?」

「蓮巳、行った事あるの?」

「未だ無いけど…。でも、そんなに質の良い製品じゃないんじゃない?」

渋る蓮巳。

「楽しいよ。蓮巳と行ったらもっと楽しいかと思って。
食事も出来るよ。」

「早速行こっか。」

俺の言葉に、一転してカーナビを操作して最寄り店舗を検索する蓮巳の現金さに笑った。


「……思ってたより広いんだなあ。」

「宝探しみたいだよね。」


カートを押しながら広い売り場をゆっくり進む俺達。

普段蓮巳が行く高級家具店とは違うんだろうな。それでもどうやらお気に召したらしいのは、その表情を見ればわかった。楽しそうだ。
勿論、この店にだってラグジュアリーなコーナーもあるのだが、大半は庶民的で手頃な価格帯の商品だ。しかもその種類が豊富だから、好みの物を選ぶ楽しみはきっとこっちの方が上の筈。

蓮巳は様々な雰囲気のディスプレイに目を奪われて、猫のリアルプリントの入った大きなクッションのコーナーに引き寄せられている。
まさかそれ買う気じゃないだろうな…。
あのスタイリッシュ空間に、それを置く気なんじゃないだろうな…。

危ぶみながら見ていたら、まんまとそれを2つ抱えてニコニコしながらカートに入れる蓮巳。

「とっても素敵なものがこんなに安いなんてびっくりだね。」

「……そうだな。」

楽しそうな蓮巳に意見して購入を止めるような残酷な真似は、俺には出来なかった。




「……このアイスの損益率ってどうなってるんだろうね。」

昼食の精算をした時と同じ顔をしながら、手にしたアイスを眺める蓮巳は面白いが、確かに俺も最初に来た時同じ事を考えたなと思い出す。
だよな。考える事は結構皆似たり寄ったりだよな。

「きっと企業努力なんだよ。ありがたいよな…。まあその分、ミニマムかなとも思うけど…値段からしたら十分だよな。
だから早くお食べ。溶けない内に…。」

「はっ、そうだね!」

蓮巳はその庶民的な味のアイスをそれなりに美味しそうに舐めている。
そしてその舌の動きに、やらしい事を思い出して気恥しくなってしまうのも、あるあるだと思う。
だって色男の舌使いって無駄にエロく見えるだろ…。

「ファミレス以上に安いお店があったなんてね。
僕は本当に世間知らずだよ。」

首を振りながら顔を曇らせて言う蓮巳。普段の生活ステージが違うんだからそれは仕方ないと思うんだが。

「……俺も似たようなもんだよ。」

歳上で社会人の蓮巳が世間知らずだと言うなら、俺の方がずっと世間知らずだ。

未だ学生だから、家と学校とバイト先しか行き来は無いし。

「そっか!じゃあ、世間知らず同士、支えあって良い人生にしようね。」

蓮巳が俺に微笑みながらそう言って、俺の口元をティッシュで拭ってくれる。

「そうだな。」

周りを行き交う、カップルや友人同士、家族連れ。それらを見ながら、俺達はどう見えているのだろうと思った。

数年後には、家族連れになってるのかな。
こんなΩらしくない俺でも、蓮巳の子供を宿せるのだろうか。
ちゃんと産めるのだろうか。

未だ想像がつかない。
つかないけれど、もし、蓮巳との子供が出来たら…。

どんな子供でも、どっちに似ていても、似ていなくても、1人でも、何人でも。
絶対に皆、愛情かけて育てよう。
決して俺と兄貴みたいには、ならないように。



どうせなら揃いのカトラリーや皿が欲しいと言う蓮巳の希望でそれらを選んだり、食品コーナーで珍しくて食べてみたい冷食を買ったりしている内に夕方になった。
買ったものを運ぶ為に一旦蓮巳のマンションに帰って一休みがてら冷食を調理してみたり食べてみたりして、自宅に送ってもらったのは夜の9時を過ぎていた。

家の前迄送ってくれた蓮巳が、『ご両親に。』と、家具店で買った菓子の入った紙袋を手土産に渡してくれた。

翌日は授業があるだろうから、今夜はこれで、という事だろう。


「家に着いたら連絡するね。」

そう言いながら手を振って車に戻って行く蓮巳の姿が門扉の中から見送って、俺は玄関に入った。

 
「お帰り。晩御飯は?」

「蓮巳んちで食べてきたよ。これ蓮巳が。」

「そう。あら、クッキー。ありがとう、氷室君にお礼言っておいてね。」

出迎えてくれた母に紙袋を渡しついでにリビングを覗くと、父はソファに掛けてテレビを観ていたようで、微笑みながら お帰りと言われた。

長年の関係が一度や二度の話し合いくらいで劇的に変わる事も無く、俺達親子の間は微妙にギクシャクしたままだ。だが明らかにこれ迄とは両親の態度も、掛けられる言葉も違う。
だから俺も、表面上はそれに合わせて対応する。

今になって何を知らされても謝罪されても、親の事情で振り回され続けた幼少期は変わらないし、それに起因して起きてしまった様々な事も、もう変わらない。
でも別に、俺は悲劇の主人公って程でもない。家族以外には、それなりに助けられて生きてきた。
俺より悲惨な家族関係は他にいくらでもあるだろうし、下を見ればキリが無いと言えば、その通りだ。
けれどそれと、俺が傷つけられながら生きてきた日々を許せるかは別問題だ。

でもそのうち、ずっと恨み続けるのにも、自分を憐れみ続けるのにも、疲れる日が来るかもしれない。



そうしたらいつか、許せる日が、来るのだろうか。


今は未だ、わからない。






蓮巳の帰宅LIMEが来るのを待って、返信してから風呂に降りた。
さっと入浴を済ませて髪を拭きながら部屋に戻る。

明日の講義は二限からだから、少しゆっくり起きても良い筈。
でも明日は夕方からはバイトだなあと思いながら、アラームを確認しようとスマホを繰ると、LIMEに尋常じゃない数字の通知を見てうんざりする。

その殆どが雨宮だった。

風呂に行ってたほんの数十分の間にどんだけ連投して来てるんだ。開くのも面倒で放置しようとして、そういえば雨宮と兄貴は解除がどうので揉めてると聞いたんだった、と思い出した。
しかも兄貴の恨みは俺に向かっている模様。

蓮巳はそれを気にして、昨日も今日も俺を門扉の内側に入れてから帰っているのだ。
まるで女子のような扱われ方だな、と思うけれど、蓮巳の対処は多分正解なんだろう。

万が一の時、被害に遭う事に男女の別は無いのだ。

特に兄貴の性格は、儚げで綺麗な外見からは想像出来ない程に、気が強く粘着質で逆上しやすい。
それでも幼い頃は未だ優しいところもあったのだが、成長と共にマウントを覚え、それすらなくなっていった。

追い詰められた兄貴が、何をするかわからない。
多分、蓮巳も俺と同じように考えているのだ。
一旦は俺と蓮巳が付き合っているという現実に打ちのめされたように見えても、執念深いが故に気を取り直したら何をしてくるかわからない。


けれど、俺にとっては兄貴以上に雨宮がどう動くかの方が気になる。


このバッジ数。

もし雨宮が、兄貴伝てに蓮巳の存在を知ったのだとしたら…。







 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

俺は勇者のお友だち

むぎごはん
BL
俺は王都の隅にある宿屋でバイトをして暮らしている。たまに訪ねてきてくれる騎士のイゼルさんに会えることが、唯一の心の支えとなっている。 2年前、突然この世界に転移してきてしまった主人公が、頑張って生きていくお話。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...