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24 反省なんて知らない (美樹side)
しおりを挟む氷室が、樹生の恋人…?
駅前のビジネスホテルの狭い一室で、美樹はベッドに転がり虚ろに壁を眺めていた。
数時間前に久々に見た氷室は、やはり輝いていた。
その辺のαなんか比較にならない、頂点の輝きだ。
それなのにその輝きは、以前と同じように美樹を撥ね付けた。
「…なんで…樹生なんだよ…。」
自分があれだけ欲しても、とうとう得られなかった氷室の隣に、みそっかすの弟が収まっているのが納得出来ないし、許せなかった。
年齢も生活テリトリーも違う2人が、何故、何処で出会ったのか。美樹には不思議でならなかった。
樹生が何か汚い手を使ったんだと親指を噛む。
しかし、自分がどんな手段を使っても歯牙にもかけなかった氷室を思い出すと、樹生如きに何が出来るのだという気もする。
何処にいても引く手数多の氷室が選んだ誰かが、よりによって全く優れた所が無い樹生。
美樹との番を解除して、雨宮が番になりたいと切望する相手も樹生。
美樹は頭がおかしくなりそうだった。
何故、みんなあんな出来損ないを選ぶのか。
両親も、何故か美樹の味方になってくれるどころか、樹生の肩を持った。
酷く叱りつけられ、頬迄張られた。反省する気が無いなら勘当か絶縁とでもいうように、出ていけと迄言われた。
昨日迄、美樹は自分に絶対的な自信を持っていた。
幼い頃から満たされ続けた承認欲求と肯定感の結果だ。
それ自体は特に悪い訳ではないが、美樹の場合は成長と共にそれが歪んでいった。
4歳下に弟が産まれた時、未だ幼い美樹は母の手と意識がそこに向けられるのが許せなかった。弟の事を自分のモノを奪う存在だと認識し、ならば先に奪ってしまえば良いのだと考えて、悪癖がついた。
諌めて指導すべき両親がそれを見て見ぬふりをしたのも、それを助長した。
容姿が愛らしかったので、両親だけでなく周囲も美樹を甘やかし持て囃したのが更に美樹を増長させた。
樹生の物を奪っても誰も自分を強く注意しないし、もし叱られたとしても、少し泣いてみせれば被害者の筈の樹生の立場と加害者である美樹の立場は忽ち逆転した。
歳を重ねるにつれ、美樹は自分の振る舞いひとつで他人の心や置かれた状況が変わる事を覚えてしまった。それは当然、美樹が美しくて優れているからだ。
だから自分は何をしても許されて、愛されるのだと思い込んでいた。
進学した大学で、氷室に会う迄は。
世の中、上には上がいる。
氷室は間違いなくその最上級だ。
より優れたαの遺伝子を欲するΩの本能が震えた。
最上のαには最上のΩが相応しい。だから氷室も自分を選ぶだろうと、期待に胸を弾ませて氷室に近寄った。
氷室は、他の人間達と同じ笑顔と挨拶だけを美樹に向けた。何ら特別なリアクションも無く、その他大勢の1人として扱われた。
美樹はショックを受けた。
今迄そんな扱われ方をされた事なんかなかったからだ。
ちゃんと認識出来なかったのか、それとも皆の前で照れ臭かったのかと、何度も接近を試みたが、結果は何時も同じ。
氷室は少しも美樹に興味を示さなかった。
ヒートが近く、わざと抑制剤を飲まずに近づいた時でさえ、眉を寄せて鼻をハンカチで塞がれて、迷惑そうにされて。
他の者にされたなら屈辱的な事だが、氷室は例外だ。
どんな屈辱を感じてでも、美樹の素晴らしさを知ってもらえさえすれば、きっと振り向いてもらえる。
振り向いてさえくれたら、番になれると思った。
勉強は出来たが、情緒が幼いままで自我だけは強い美樹は、他人の感情というものに鈍感で慮れない。
氷室に嫌われて迷惑に思われていたなんて思わなかった。
だが、雨宮との醜聞を知られた時の、美樹を一瞥した氷室の目。
初めて、心にぐさりと刺さった氷室の言葉。
直接的に非難された訳では無いが、美樹を軽蔑しての言葉である事は明らかだった。
だから氷室の事は諦めたのだ。
それに 生まれて初めて向けられた、責めるような周囲の白い目を払拭するには、気は進まないが雨宮との番を契約するしかなかった。
「…こんな筈じゃ…こんな筈じゃなかったのに…。僕は…僕の人生は、もっと…。」
悔やんでも悔やみ切れない。
雨宮なんかに興味を持つんじゃなかった。
只、樹生の悔しがる顔か、泣く顔を見てやろうと思っただけなのに、自分だけが貧乏くじを引かされた。
美樹は悔しさに枕を叩いた。
一頻り八つ当たりして気が済むと、今度は何故、氷室が樹生と共に家に来たのだろうと考えた。
何時から付き合っていたのかは知らないが、わざわざ親に挨拶に来たという事は…。
美樹はドキリとした。
まさか、氷室と樹生は番になる事を考えているんだろうか。只の恋人だって、親に紹介したり挨拶くらいはするだろうが、氷室という人を見てきた限り、大学在学中も誰とも付き合ってはいなかったし、遊びで誰かと付き合うような性格だとも思えない。
樹生と真剣に付き合っているのだろうか。
樹生の腰に腕を回していた氷室の表情は、見た事もない程に優しかった。
蕩けるような瞳で樹生を見ていた。
そんなαがΩと付き合って、番契約を考えないとは思えない。
樹生が自分よりも条件の良い相手と番になるかもしれない。その推測は、更に美樹の自尊心を揺るがせた。
(…樹生が、奪っていく…。僕の欲しかったものを奪っていくつもりなんだ。)
氷室は美樹と付き合った過去すら無いのだし、奪うも何もないのだが。
「……そうだ…。」
美樹はニヤリと笑い起き上がった。
ベッドから僅か2、3歩の壁のフックに掛かったハンガーに通した上着のポケットからスマホを取り出す。
そして、雨宮にLIMEを打った。
明日、話したい事があるので一旦帰る、と。
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