よくある話で恐縮ですが

Q.➽

文字の大きさ
上 下
22 / 37

22 挨拶

しおりを挟む


父がリビングのドアを開け、蓮巳と俺にソファへ座るよう勧める。
ふと視線のかち合った父の表情は穏やかに微笑んでいて、それにも妙な気持ちになる。
そんな表情は兄貴だけのものだった筈だ。

けれど、何故だか家の中の、というか…父と母の雰囲気が違う。
てっきり2人のお好みの高位‪α‬である蓮巳を連れて来たからかと思っていたのだが…。

蓮巳の帰った後、俺は直前迄にそこで何があったのかを知らされる事になる。




「え、氷室さんのご実家は、あの財閥の…、」

リビングで差し向かいに座り、改めて挨拶をした蓮巳が差し出した名刺を見て話をしていた父は、その流れで気づいたようだった。

蓮巳が今現在勤務している会社は、氷室コーポレーションの関連会社のひとつで、蓮巳の叔父が代表取締役なのだという。
氷室コーポレーションの手掛ける業務は多岐に渡るので父の勤務する会社でも取り引きはあるらしく、父と母はあんぐりと口を開けて俺と蓮巳を見ていた。

Ωとしては誰よりも平凡な俺が、まさか蓮巳のような大物を釣り上げてくるとは想像もしていなかったんだろうが、まんまと釣り上げられたのはどちらかと言えば俺の方だ…。
不釣り合いだとか言われそうだな、と思っていたが、父と母の反応も、俺の想像とは全く違っていた。

「そうですか…そんな方が、樹生を…。」

「はい。樹生さんには番になる事もご了承いただいてます。」

それを聞いて何故か目を潤ませる父。
お茶を出し終えて父の傍に並んで座った母も目頭を押さえているし、どうにも様子が違う。
2人は俺には無関心で、義務的に挨拶を受けて、蓮巳のスペックに喜びはしても、俺の事で目を潤ませるなんて事は有り得ない筈だ。

けれど、そんな俺の考えを覆すような言葉が父の口から語られ出した。


「お恥ずかしい話ですが、この子には…幼い頃から殆ど構ってやれず…この子は一人でここ迄育ったようなものなんです。
私達はこの子が辛い時に、寄り添う事すらしてやれませんでした。」

やや俯いて、何かを悔やむような表情で話す父と、物言いだけだけれど何も言わず、やはり目を潤ませて俺を見つめている母。

一体2人に何があったというんだ…。

「私達がその事に気付いた時には、もうこの子は一人で立てるようになっていて…。
全てがもう遅いのなら、これからはせめて、この子が自分で築いていく人生の邪魔にだけはならないようにと、余計に距離を取ってしまって。」

そこ迄言うと、父はとうとう手で目を覆って、少し溢れた涙を拭った。
俺は心底混乱した。
おかしい。ウチの両親は、こんな普通の親みたいな事は言わない。まるで俺に対して気遣う気持ちがあったみたいな、そんな…。
蓮巳の前だからだ。
蓮巳がいるからだ、きっと。


「身内の恥を晒すようでお恥ずかしいのですが…、先程の…アレがこの子の兄でして。」

アレ。父が兄貴の事を、アレ呼ばわりした。その事にも俺は驚いた。

「存じ上げております。
美樹くんとは大学の同期でしたから。」

蓮巳がそう言うと、父と母はまた少し驚いたようだったが、そうでしたか、と答えて頷いた。

「でしたら、多少はご存知でしょうか。
私共が至らなかったせいで、美樹は我儘で利己的な人間に育ってしまいました。」

あ、やっと気づいたんだ。
俺はあまりに遅過ぎる両親の気づきに呆れたが、あのまま一生いくものと思っていたから、それを免れただけ良かったかと思い直した。

「そのせいもあり、私共と美樹は樹生に、ずっと悲しい思いをさせてきました。
それは百も承知で、今更この子に許してもらおうとも思ってはおりません。

けれど、私共は樹生にも幸せになって欲しいんです。」

そう言うと父と母は、並んで蓮巳に頭を下げた。


「この子を…樹生を、よろしくお願いします。」


父と母は、俺に幸せになって欲しいと思ってくれてるのか。
へえ、そうか…。

でも、今更そんな事言われても…。

長年の諦めの蓄積が災いしてか、両親の言葉を素直に受け取れない。
こんな俺は性根が悪いんだろうか。

ちらりと蓮巳を見ると、蓮巳も俺を見て微笑んだ。
それから俺の手に自分の手を重ねて、父に言った。

「お任せ下さい。
樹生さんには、一生を捧げて幸せになっていただきますので。」 

両親は蓮巳の真摯な表情と言葉を受けて、また深く頭を下げて、涙声で

「末永く、樹生の事をよろしくお願いします。」

と 言った。




「僕達は早目に番を結びたいと思っています。出来れば、僕の家から大学に通って貰いたいと。
番の場合、学生結婚も珍しくはないですし…。」

蓮巳がそう両親に告げると、2人は顔を見合わせて少し考えていたようだった。

「…樹生は、それで良いのか?」

父にそう問われて、俺は頷いた。

「うん、そうしたいと思ってる。
蓮巳んちのマンションは大学にも距離が近いし。」

実はそうなのだ。
車で出先からマンションに帰った時に、何となくそうかなと思っていたのだが、さっき車でマンションから家に帰って来る時に通ったルートで確信した。
蓮巳のマンションから大学迄は、おそらく徒歩圏内だ。
勿論、それだけが理由ではなく蓮巳と離れたくないのが一番の理由だが、それは両親にも…特に父には、理解出来る部分だと思う。
‪α‬である父には、母と結婚する以前に死別した番がいたと伯母から聞いた事があったからだ。その時父は後を追って死のうとしたらしい。
それを説得して思い留まらせたのが、その番の従姉妹だった母だったという事も。

つまり父は、番や、番に準じる関係がどれだけのものであるのかを身をもって知っているという事だ。

思えば父の態度が微妙に変化したのは、俺が兄貴に雨宮を奪われた後からだ。
父に問われ、実は雨宮とは番の約束をしていたのだと、答えた時。
痛々しいものを見るようなその時の父の表情は、当時の俺には不可解なものだった。
でも、父が今の俺のような感覚を知っていたとしたら、俺に同情したんだなと理解できる。
確かに初めての恋人だったし、番の約束をしていた雨宮の事は辛かった。でも、今の蓮巳との離れがたさとは比べ物にならないのだ。
寧ろ、雨宮との離別があったからこそ、蓮巳との出会いがあったのだと思うと、あの日寝盗ってくれた兄貴に感謝しようとすら思える程だ。

と言っても、俺が蓮巳と幸せになる事は、兄貴にとってはこの上無い程の復讐になるのだろうから、感謝も糞もないだろうけれど。



「そうか…。
樹生は自己管理もしっかりしているから、何処にいてもしっかりやるだろう。
好きにしなさい。」

父は穏やかにそう言って、俺に微笑んだ。
父や母にこんな風にされるのは、やはり妙な感じだ。
両親は兄貴にしかこんな顔は向けないと思っていた。


さっき、すっかり暗くなった道の真ん中でへたり込んでいた兄貴の姿が脳裏に蘇った。


兄貴、ありがとう。
アンタが俺から奪い続けてくれたお陰で、俺はアンタが恋焦がれていた蓮巳と幸せになれるらしい。



そして、心の中で兄貴に向かってそう言った俺も、大概性格が悪いんだろうなと自嘲した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

俺は勇者のお友だち

むぎごはん
BL
俺は王都の隅にある宿屋でバイトをして暮らしている。たまに訪ねてきてくれる騎士のイゼルさんに会えることが、唯一の心の支えとなっている。 2年前、突然この世界に転移してきてしまった主人公が、頑張って生きていくお話。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...