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12 氷室は恋人を飾りたい
しおりを挟むやっぱ違う服にしたら良かった、と俺は少し後悔していた。
だいぶ寒くなりかけている時期なのを考えれば、薄手のジャケットでは寒かった。
少しは氷室に合わせないとと思ったけれど、俺のワードローブときたら、チープなカジュアルラインが殆ど。
恋人でもいたらもう少しマシなデート着くらい買っといたんだろうが、生憎大学に入ってからは氷室が初めての恋人なのだ。
だから、本当に大学に行く程度の服しかない。
パーカーやTシャツ、カーディガンにパンツ。しかもシンプル過ぎて飾り気が無いので地味だ。
どうせ大学とバイト先くらいしか行き来しないし、最低限、小綺麗にしときゃ大丈夫だと思ってたから。
反省した。
これからは少しマシな服を買っとかないと、と隣を歩く氷室を横目に見ながら決意した。
氷室は、未だ大学生の自分にそこ迄は求めないだろうが、並んで見劣りし過ぎても氷室に恥をかかせてしまうような気がするから、俺が嫌だ。
まさかこんなに風が強いとは思わなくて、ついつい何年も来る機会が無かった海に行きたいと言ってしまった。
でも来て後悔した。
やっぱり海は夏が良いな、と。
海水浴客も居なくなった浜辺も海も綺麗だけれど、寒い。
海風、冷たい。
近くのパーキングに車を停めて、かれこれ15分くらいは砂浜を歩いてる。
もう景色は十分堪能したから、車に戻りたいと言おうとしたら、肩にふわりと温かい何かがかかった。
「風が強いね。戻って、昼食でも食べに行こうか。」
肩には氷室の着ていたジャケットが掛けられていた。
今の今迄着ていたのだから、そりゃ体温が残ってて温かい筈だ。それに凄く良い匂いがして、一瞬くらりとした。
「…うん。」
何で氷室には、俺の考えてる事がわかるんだろ。
「ありがとう。蓮巳、寒くない?」
そう聞くと、
「体は丈夫だからこれくらいは平気。」
と笑うから、俺もつられて笑った。
車に戻って、乗り込む前に靴に入り込んでいた砂を追い出した。
靴を履き直していると、氷室にくすくす笑われた。
乗り込んで、風が当たらなくなった事に安心する。
氷室が暖房をかけてくれたから更に人心地がついた。
冷えていた手足に温もりが戻ってきた。
「昼、何食べたい?」
「…あったかいうどん。」
寒かったからか全く色気の無い事を言ってしまった。
初デートでリクエストする店じゃないな。
なのに氷室は、
「…うどん…うどんか。」
と真面目な顔で考えている。
「…今はあったかいものが食べたいだけだけど、夜は、もっとガッツリしたもの食べたい。」
そう言うと、氷室はニコッと笑う。
「じゃあディナーは任せといて。昼はその辺のお店にしようか。」
「うん。」
返事をしてから、考えた。
氷室みたいなセレブって、普通のうどん屋とか蕎麦屋って…入った事、あるのか?
結論から言うと、全然問題無かった。
氷室は走っていた道沿いの、チェーンの和食系ファミレスに入り、一緒にメニューを見て、普通にオーダーした。
店員さんと他の席の客達にやたらチラ見された以外は、ごく普通に食事できた。
その意外性に、
「…蓮巳って、ファミレス来た事あるんだ?」
と言うと、目をパチクリしながら、
「そりゃあるよ。」
と返ってきた。
「てっきり、高級店しか知らないと思ってた。」
「僕を何だと…。
普通にどの店だって行くよ。大学の頃だって、学食にもよく行ったし。」
「なるほどね。そりゃそうか。」
納得した。
5分程でテーブルに運ばれて来たのは鍋焼きうどん2つと親子丼と鉄火丼。
俺が親子で氷室が鉄火。
セレブでもこういうとこの鮪は美味いと思うのだろうか。
食べ始めてから
「美味しい?」
と聞くと、
「この薄くスライスされた感じが割と好き。」
と答えたので、味より食感で選んでるのかあ、と ちょっと面白かった。
「僕も行きたいところができたなぁ。寄って良い?」
「勿論。」
車を走らせながら氷室が言った。
断る理由はない。
何せ、今日は急遽決まったノープランデートなのだ。
どちらかが行きたい場所に行き、やりたい事をしたら良い。
それでお互いの事も知れるし、と思ってたら、街中の百貨店に連れて行かれた。
「大学生くらいだと、この辺の店かなあ。」
と言いながらメンズ服のショップのある階に連れて上がられる。
「…え、何?」
「僕の行ってるとこよりこっちの方が大学生向きだよね。」
そう言って俺の手を引いてショップのひとつに入り、あれやこれやと数点の服と靴を買われた。
「いや、いいってこんなの…。」
そりゃ氷室の着ている服よりはお手頃価格なんだろうが、俺が普段買う服とは1桁、物によっては2桁違う。
氷室はカードを店員に渡して支払った額は見せてくれなかったが、大体はわかる。
これは付き合いたての恋人同士としてはフェアじゃないのでは、と困惑した俺に、氷室は笑いながら言った。
「今日は特別。初デート記念だからね。」
「でも、俺は何も…。」
初デート記念という事なら、俺も何かしなきゃならない。
そう言おうとした俺に、氷室は首を振った。
「あのね、樹生。
僕らは恋人同士だけど、僕は社会人で樹生は学生。
それだけ見ても、経済的に差があるのは当然でしょ?」
「まあ、そうだけど…。」
「僕のする事に同じ事を返そうとは思わないで欲しい。
その分、しっかり僕との時間を楽しんで。そして、僕が贈った物を見たら何時でも僕を思い出して。
樹生が僕と一緒で幸せだと思ってくれたら、それが僕にとっては何よりのお返しだから。」
「…俺だけが甘えてるじゃん。」
「じゃあその分、2人きりの時には僕を甘やかしてね。」
「…えぇ~…。そんな感じで良いのかなあ。」
何その男前理論。
何だか上手く丸め込まれたような。
「じゃあ、うん、わかった。」
でも確かに氷室の傍を歩くならこれくらいは必要なのかもな、新しいハーフコートを着た姿を鏡に写して見ながら思う。
自分の為じゃなくて、氷室とのデートの為に着る服だと思えばいっか。
学生バイトの身分じゃ未だ無理だけど、卒業して就職したら、自分でも買えるようになるだろうし、それ迄は甘えるか。
「ありがとう、蓮巳。」
礼を言って笑った俺に、氷室もにこりと微笑んだ。
「じゃ、次は1階にバッグを見に行こうか。」
「…未だ回るの?」
氷室はどうやら、多くのαがそうであるように、恋人を飾るのが好きなようだった。
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