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7 身勝手な性格は早々変わらない (雨宮side)
しおりを挟む『番がいる以上は…』
そう、哀しげに言った樹生の表情が、目に焼き付いて離れない。
やっぱり樹生は未だ自分を好きなんだと、雨宮はそう確信した。
雨宮は生来楽観的な男だった。
αにありがちな、自己肯定感が強過ぎるタイプ。
またそれに大体 実も伴っているものだから、とにかく世界は自分の為に存在していると思っているふしがある。
自分本位で他人の痛みに鈍感という所では、番である美樹とは同じ人種と言えた。
だが、同種の人間が必ずしも上手くやっていけるとは限らない。
実際、運命を言い訳にして、樹生を傷つけてまで結ばれた美樹とは、番を結んだにも関わらず当初から殆ど破綻していたように思う。
熱が冷めて冷静に思い返してみると、美樹が自分に熱心だったのは 樹生に関係が発覚した、あの日迄の、2週間足らずだった。
樹生の兄である美樹が雨宮に近づいて来たのは、雨宮が樹生にプロポーズした翌日だった。
それ迄、二度程顔を合わせた時に挨拶くらいはした事があったが、その時の印象は、(樹生の兄ちゃん小柄だな~。)、程度のものだった。
綺麗な人だとは思ったが、雨宮は別に歳上趣味ではないし、何より中性的な、女性的な感じは好きではなかった。
雨宮の好みは、抱いてもしっかりと手応えの感じられる、安心感のある体、綺麗よりは可愛い感じの顔立ち。
だから付き合ってきたのはβばかりだった。
樹生とは高校に上がってから、友人の友人という事で親しくなった。
けれど一年の頃は、未だ只の友人の1人。
それが、成長期で身長が伸びていった樹生を見ている内に、その気持ちが恋情に変化していくのがわかった。
廊下で会って、擦れ違いざまに挨拶をする時の、微かな爽やかな匂いに胸がときめいた。
2年に上がる頃にはすっかり自分好みになってしまった樹生から、実はΩなんだと知らされて、やはりと思った。
自分の鼻は正確だった。
きちんとΩの匂いを嗅ぎわけていた。
体躯や顔つきから、βだろうとばかり思っていた樹生がΩ。
最高の巡り合わせだ、と雨宮は思った。
それから少しづつ距離を詰め、頃合いを見て告白した。
それなりに整って、可愛い顔立ちをしているというのに、樹生には恋人がいた事がないという。
雨宮は内心でガッツポーズをして喜んだ。
タイプのΩが現れなければ、妥協して適当なΩと番にならねばならないだろうと、半ば諦めていたからだ。
その辺は、雨宮や氷室は同じ悩みを抱えていたと言える。
そんな所に、奇跡的に好みド真ん中のΩに出会えたのだから、雨宮はそれで満足しておくべきだった。
しかし、雨宮は樹生の兄である美樹の誘惑に乗った。
『君には何故か惹かれるんだ。運命なのかも。』
そう言って熱っぽい目と、ヒートが近いかのような甘ったるい匂いを漂わせる美樹に、くらりときた。
兄弟だけあって、顔立ちは樹生と少し似ている。声質も似ていた。
只、樹生よりはだいぶ線が細く、ΩらしいΩという顔と体躯だ。
少し樹生と似ているという以外は、正直、好みではない。
だが、恋人の実の兄と関係を持つ背徳感がスリリングだった。それで途中からは異常な迄に燃えた。
美樹のヒートが本格的に来たという事もあり、骨抜きにされた。
間で樹生を抱いた時にはやはり樹生が良いなと我に返って反省したが、数日後に美樹に呼び出されると、またのこのこと抱きに行った。
雨宮は愚かで、そして欲望に忠実過ぎた。
そしてその日、美樹を抱いている最中に樹生に見つかった。
雨宮の更に愚かな所は、謝罪し倒せば未だ良かったものを、浮気相手の美樹を庇った所だ。
もっと言えば、そもそも弟の恋人と知りながら自分に近づいてきた美樹の異常性に気づかないのが迂闊なのだが、雨宮はそれにすら気づけないボンクラだった。
発覚してからは、何故か"運命"という言葉に乗せに乗せられて、勢いで美樹と番になった。
樹生に未練が無かった訳では無いが、自分と美樹が運命の番ならば、番を結んでしまえば樹生に対する気持ちは消えると思ったのだ。
だが、おかしな事に、運命の相手である筈の美樹は、結ばれた当初からよそよそしく、ヒートの時くらいしか近づいては来ない。
普段は少し触れただけでも冷たい目で一瞥されるか、手を叩かれて避けられるか。
只でさえ精力絶倫なαの中でも、若く遊び好きな雨宮は、新婚当初から欲求不満に陥る事になった。
セックスしまくる事が許されるヒートの期間など、2、3ヶ月に1度、精々3日程度。それが終わってしまえば、また3ヶ月はオアズケだ。
しかもヒート時以外の美樹の日頃の態度は、冷たい。
もう既に雨宮には興味が失せたとばかりに。
妊娠するのも、当分は美樹にその意思は無さそうだ。
番のいない頃なら未だ遊び相手も見つかるだろうに、今はそうもいかない。
有り余る性欲を持て余して、雨宮は切羽詰まっていた。
しかも、大学には、裏切って傷つけて別れた元カレである樹生がいて、会えば声をかけてくれるし、浮かない顔をしていれば気遣ってくれる。
あんな酷い仕打ちをした自分に笑顔を向けてくれる樹生の優しさが眩しかった。
きっと、友人として、義弟として接してくれようと努力してくれているのだと思って、その健気さが愛しく感じた。
雨宮は、樹生が 雨宮と兄である美樹の幸せを思って、文句も言わず身を引いたのだと信じていた。
何処迄も脳天気な男である。
自分が樹生に未練タラタラなように、樹生の中にも雨宮への想いが残っている筈だと、そう思い込んでいる。
ある意味幸せでおめでたい人間だった。
だからこそ雨宮は、樹生なら、番に不遇な扱いを受けている自分に同情してくれるに違いない、と都合の良い事も考えているのだ。
聞いたって樹生は、只々馬鹿らしい、と感じただけだったのだが。
『番がいる以上、もうあの頃には戻れない。』
そう、樹生は言った。
雨宮が知る限り、自分と別れてからの2年、樹生が誰かと付き合うという事は無かった。
だが、樹生がモテないという訳では無い。
それなりに誘いがかかっているのも知っている。
根が真面目な樹生は、遊びで誰かと付き合える人間ではない筈だ。
誰かの告白を樹生が断ったと人伝てに聞く度に、安堵する自分の身勝手さに、雨宮も気づいてはいる。
いるが、筋違いだとわかっていても、樹生に対する独占欲が止められなかった。
もし、樹生の気を惹く人間が現れたら…。
樹生が、誰かのものになってしまったら。
気持ちは悪戯に焦るばかりだ。
(奪られる前に、何とかしないと…。)
身勝手な男は、似合わぬ神経質さで親指の爪を噛んだ。
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