よくある話で恐縮ですが

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6 勘違いとは便利な言葉で

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車で家の近所迄俺を送り、氷室は颯爽と帰って行った。

俺は告白の返事を保留にしたが、揺れているのが自分でもわかる。


自室に戻って荷物を置き、着替えてベッドに寝転がった。
風呂に入りたいけれど、色々考え過ぎて疲れている。
早々に寝てしまおうかと思ったのに、さっき迄会っていた美麗な顔が頭を過ぎった。


氷室は良い男だ。
ほんの2時間、一緒に過ごしただけでもそれはわかる。

多分、俺とあの男は"合う"だろう。相性だけで言えば。

匂いひとつ取っても、雨宮より断然好きな匂いだ。ヒートが近い時期に会っていたら、即落ちしてたかも。
付き合ってみたい気はある。

でも、いざそうして俺がどハマりした時に、また裏切られたりしたら…。

いくら今現在の気持ちが強固なものでも、俺以上に惹かれるΩが現れたら?


俺は今度こそ間違いなく壊れると思う。
元々メンタルがそう強い訳じゃない俺が雨宮との別れを耐えられたのは、只々長年の兄貴の所業に対する復讐心に支えられたってのが大きかった。

ちょっとフェロモンと愛想を振り撒かれたら直ぐに落ちるような軽薄な奴、こっちから願い下げだと思う事ができた。元々、雨宮には少し調子の良い所もあったし、そんな奴の言う事を鵜呑みにした俺が子供過ぎたのだ。

そう自分に言い聞かせても、辛いのも悔しいのも変わりゃしなかったけれど。

でも、だからこそ、気兼ねなく奴らにやり返せると思ったのも、確かだ。


…でも、氷室は違う。

もし、あれだけ誠実そうな氷室に雨宮と同じ事をされたら、俺は…。


(ダメだ。これ以上考えたら。)

強制的に思考を遮断すると、間も無く眠気が来る。



『少しでも僕を信じてくれる気になったら、連絡先教えてください。』

車を下りる時、そう言って微笑んだ氷室の眼差しは、優しかった。







翌日、2限目が休講になっていたので大学近くのカフェでぼんやり時間を潰していると、雨宮が現れた。

「ぼんやりしてんな。」

「暇で。」

雨宮はまた少し窶れたように見える。それなのに目だけはギラギラしてて隈まで作って、順調に切羽詰まってるように見える。
きっと兄貴にヤらせて貰えてないんだろうなあ。ヤリたい盛りの若い男、特に精力絶倫のαに、ヒート期間のみしかセックスを許されないなんて拷問に違いない。
かと言って、番持ちの浮気相手になってくれるような奇特な人間は滅多にいない。
特に雨宮が番婚してるのは大学でも有名だし、相手がまたそれなりに有名な兄貴ってのも知られてるから、遊び相手すら見つからないのかも。
兄貴はプライドが高いから、自分が相手しないからと言って外での浮気を許したりはしないだろう。
自分の顔に泥を塗られるのが何よりも嫌いだからな、あの人。

俺に隠れて逢瀬を重ねていた間はきっと盛り上がっていたんだろうに、詐欺みたいなもんだよな。雨宮も哀れな奴だ。


コーヒーを手にしながら俺の向かいの席に座った雨宮は、初っ端から愁いを帯びた視線を向けて来た。
清々しい程に性欲が顔に出てるなと内心失笑だ。
リアルに吹き出さなかったのは我ながらファインプレーだ。

「雨宮こそ、最近ずっと浮かない顔だよなあ。
憂さ晴らしにカラオケでも行く?」

「…カラオケか…。いや、うん。」

「寝不足か?ひでぇ顔にしてるぞ。色男が台無し。」

俺はテーブルに乗り出して雨宮の目許を指先でさすった。
雨宮の体がびくりと震えたのがその指先から伝わってきて、笑いそうなのを堪えながら精一杯心配そうな表情を作ってやる。
まんまと略奪されやがったクソ野郎の体をここ迄気遣ってやるなんて、俺はどんだけ健気キャラとして雨宮の目に映っているんだろうか。

「兄貴と仲良いのはわかるけど、夜はちゃんと寝ろよ?」

敢えて勘違いしている言葉をかけてやると、雨宮は目許に伸ばした俺の手首を握り、喉を鳴らした。

「いや…樹生、あのさ…、俺、」

上ずった声は切迫している表れだ。
面白過ぎて腹筋が小刻みに震える。我慢だ、俺。

「こんな事言うの今更だってわかってるけど、俺、後悔してる。
美樹さんを選んだのは間違いだったんだって。
考えてみたら、元々美樹さんって俺のタイプじゃねえし…。」


とうとう言いやがった。

俺は腹の中で爆笑。

仕掛け時が来た、と。

だけど表向きは表情を曇らせて、俯きがちに言う。

「…なんでそんな事言うんだよ…。運命だって言ってたじゃん。」

それを聞いて雨宮は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「あれは…勘違いだった。美樹さんに乗せられたっつーか。」

「勘違い?」

「美樹さんが最初にそう言って声をかけて来たからさ、何か盛り上がっちゃったんだよな。
樹生に対する罪悪感とかを誤魔化すのにも丁度良かったと言うか…。」

「誤魔化す…。」

「あ、ごめん、ほんとに悪かったと思ってる。」


2年越しで出て来たまともな(?)謝罪がこれかい。
呆れる。
あの時"運命"って言葉を利用して大袈裟な話にしたのは俺だが、コイツらも相当都合良く使ってたんじゃねーの。

それにしても、わかってた事だけど兄貴ってマジで性根腐ってんだなあ、と再確認出来て逆に安心したわ。
やり返す事に全く罪悪感抱かずに済む。

「ひでえな、、、それでも、俺との約束を反故にして迄、選んだ相手だろ。
勘違いとかそんな言い方…。
仮にも俺の兄貴なんだぜ。」

俺が最高に悲しげに眉を寄せてそう言うと、雨宮は慌てたようにまたごめんと謝罪してきた。

「お前を傷つけといてこんな事言うなんてって思うよな。悪い。」

「ホントだよ。
俺がどんな思いでお前を諦めたと…。
運命の番なら仕方ない、祝福しなきゃと思ったから、俺は…。」

これは前半部分はマジだ。
こんな下衆でも、未だ気持ちが残ってた。

俯いた俺に、雨宮は言う。

「だから、我慢しようと思ったんだ。でも、もう辛いんだよ。
美樹さんからは全然愛情を感じねえし。」

お前が辛いのはセックス出来ない事じゃねえか。
聞こえの良い言葉選んでんじゃねえわ、と俯きながらシラケる俺。
でもその言葉に乗ってやろうじゃねえか、と俺は顔を上げた。

「そんな事、ねえよ…。
兄貴はきっと雨宮を好きだよ…。」

「いや、完全に無い。
俺を思ってくれるのは、やっぱり樹生だけだって気づいたんだ。」

雨宮は図々しくも俺の手を両手で包んで熱っぽい視線をくれてきた。
…今俺、めっちゃ引いてる。

そういう奴だってわかってたけど、こんな堂々と不倫のアプローチしてくるとか…とことん甘く見てんだよなあ、俺の事を。内心の苦笑いが止まらない。

俺は雨宮の手に包まれていた手を、吐きそうになりながらソッと引き抜いた。
真昼間のカフェだ。
好奇に満ちた視線は背中にいくつも刺さってくる。
けれど、己の欲望に必死になってる雨宮には、そんな事は見えてやしないんだろう。
やれやれ、と思いながら俺は悲劇のヒロイン的な演技を続行しなければならない。


「もう遅ぇよ、雨宮。
俺達はあの時に終わったんだ。」

「樹生…っ!」

「お前には兄貴っつー立派な番がいるじゃねえか。」

「…それは…」

「番がいる以上、もうあの頃みたいには…戻れねえんだよ、俺達は…。」



  "番がいる以上はーー"



その言葉は、まともな人間ならば、不貞を踏み止まる言葉になるんだろう。

でも、そうじゃない、モラルが欠如した人間なら?



俺は雨宮に、気が無いとは言わない。気があるとも、言わない。

俺は兄貴とは違うから、自発的に奪うような真似はしねえよ。

雨宮に好きとも嫌いとも言わねえし、手を握られたって拒否してやってる。だから…、



勝手に踊るなら、踊れよ。

















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