よくある話で恐縮ですが

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5 バイト中限定ストーカー

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間を開けて料理が運ばれてくる以外は、静かなBGMだけが流れる店内。
もう少し時間が早ければ、もっと客が入っていたのかもしれない。
料理の盛り付けも綺麗でSNS映えしそうだし、何より美味い。少なくとも当日来てすんなり入れる店って訳では無さそうな洒落た店だ。
学生の俺なんか、入る機会なんかないような。

慣れない店での食事に最初こそ緊張したが、氷室がニコニコして、個室ですからラクに、と言ってくれたのでそれが解れた。

それで俺は食事を堪能しながら氷室の話を聞いている。

1週間、コンビニで働く俺をストーキングして、今日やっと話しかける勇気が持てた事。
仕事をしている俺が、如何にテキパキしていて冷静沈着で凛々しくて礼儀正しいか、
帰って行く歩行姿勢が素晴らしく、美しくて輝いてる。きっと体幹が優れているのだろうとか、ホントだろうなお前?というコメントしか出てこないような賛辞をつらつらと並べられ…。

地獄。

褒め殺されそうで怖い。
俺、過去一褒められてる。

でもな…せっかくの賛辞にお言葉を返すようですが。
仕事中に関しては、文字通り仕事中だからな?としか言えないし、歩行姿勢に関しては 知らんがなとしか言えない。
そんなの意識した事すらないわ。
つーか、まさかマジでコンビニ勤務時間だけ見てたって事?
それを問うと、真面目な顔で答える氷室。

「いえ、まあそれは…。僕にも仕事がありますので。」

「…まあそうですよね~…。」

…バイトの時間限定。…変なストーカー。

そしてその変なストーカー氷室は続けた。


「今日こそ、今日こそ、思いの丈をお伝えしようと思いながら、今迄来てしまいました。 
僕、本当にこういった事にはからっきしで。」

「はあ…えぇ?!」

本当だろうか。こんな派手な男がそんなに奥手だなんて。
そういう風に振舞って、俺で遊ぶつもりなんじゃ…?
いや疑い過ぎか。氷室は見た目のイメージより話し口調も雰囲気もおっとりとしていて、とてもそんな事を考えるようには思えない。
温室育ち、純粋培養に近いお坊ちゃま感がある。

それなのにこんなにも疑心暗鬼になってしまうのは、たった一度の過去の痛みのせいだ。
でも、人が信じられないのは目の前の氷室のせいじゃないんだから、これが嘘でも本当でも関係無く、ちゃんと考えて答えなきゃいけないんだろうな。

俺は持っていたフォークを皿に置いた。
それから、グラスの水を1口飲む。
きちんと話さなければ。


「氷室さんは、俺と、兄貴の番になった彼とが恋人同士だった事、ご存知ですよね。」

もう2年も前の事。でも、俺にとっては未だたった2年前の事。
俺が口にした言葉に、氷室は頷いた。

「勿論。酷い話だと思いました。」

「酷い…と、思ってくれるんですね。良かった。」

氷室は、ちょっと変だけどまともな常識人のようだ。

「そりゃ…。
運命の番とはいえ、そんな酷な事があるのかと思いましたよ。
僕ならそんな目に遭ったら、どの立場でも死を選んでしまうかもしれません。」

「…それはちょっと…」

「極端だと思いますか?

でも、運命だからと何の罪もない恋人を傷つけ捨てる側になるのも、運命だからと愛する人を譲らなければならないのも、結局は何方も傷つくでしょう。
愛する人にそんな事、僕は耐えられそうにありません。」

「…そう、ですね。
うん、普通は…そうなんでしょうね。」


それにしたって死ぬは大袈裟だと思うけど。
思った通り、氷室は良い人なんだな。良い人過ぎるくらい。
でも、アイツらは傷ついてなんかいなかった。
兄貴は自分の保身を考えてヤバいと慌てただけだし、雨宮は俺の気持ちなんか考えもしてくれず、只浮かれていた。

あの件で傷ついたのは、俺だけだ。

ふと、氷室が雨宮の立場だったら、あんな事は起こらなかったんだろうかと思った。
綺麗事でも何でも、どちらもの立場を考えられる、氷室みたいなαなら。


「未だ、彼に気持ちが?」

氷室にそう聞かれて、俺は首を振る。

「それはもう、全然。
只、それ以来、恋愛というのが怖くなったのは事実です。
番になりたいと言った彼の言葉を、信じていたので。」

言った段階では、雨宮も本気だったんだと思う。そう信じたい。
でも、僅か2週間で人は心変わりするのだ。もしかすると、俺が知らないだけで実際はもっと早かったのかもしれない。


俺は久々にあの日の事を思い出し、憂鬱な気分になった。

その3日前に俺を抱いた手で兄貴を抱いていた雨宮も、そのペニスを突っ込まれてよがっていた兄貴も。
気持ちが悪くてどうしようもなかった。
平気なのかコイツらは、と何度吐いたか知れない。

もう、残りの食事に手をつける気にもなれず、皿の上には半分は残った肉料理が冷めている。

「どれだけの熱量を注いで恋をしても、あっさり心変わりするでしょ、人間って。」

そう呟いて苦笑いしながら氷室を見ると、氷室は痛々しいものを見るように俺を見つめている。
そうだ。そんな目で見られるのが、嫌だったから俺は…。

何時の間にか店内のBGMは、何処か物悲しいクラシック曲になっていた。
店の雰囲気と相まって、嫌な記憶を鮮明に呼び起こす効果があったようだ。



「辛かったですね。
それでも貴方は、2人を許したんでしょう?」

「許した…。どうですかね、それは。」

俺はそんなに良い子ちゃんじゃない。でも対外的にはそうなっている。そう見えるように仕向けた。
でなければあまりに俺は惨めな寝盗られ男過ぎるからだ。
だけど胸ん中はずっとドロドロに復讐心が渦巻いてるって言ったら、氷室は引くだろうか。

「ごめんなさい。だから、氷室さんの気持ちは嬉しいですけど、信じられないんですよね。」

そう言うと氷室は少し俯き、唇を噛んだ。

「…そうですよね。
無神経でした。貴方の心の傷も考えずに。」

落ち込ませてしまった。
まずい、穏便に断ろうと思ったのに。

「いえ、そんな。これは俺の心の問題なんで…。」

慌ててフォローしようとした俺に、氷室が顔を上げる。
打って変わって、何かを決意したかのような強い眼差し。

えぇ…ほんの数秒の間に氷室の脳内で何があったんだよ。


「なら僕は、信じてもらえる迄、ずっと樹生さんに想いを告げ続けます。
今日も好きだと毎日言い続けます。
幸い、僕は粘り強い性格だと言われますから、大丈夫です。
僕はこの命ある限り、貴方を愛し続ける自信があります。」

「え、えぇ~…」

とても滑舌良く、ハッキリと。素敵な低音で俺にとんでもないストーキング予告をしてきた氷室。

悪い奴ではないんだろうが…な、何か地雷臭がしない?

「いえ、あの…お気持ちだけ…。」

「僕は絶対貴方を裏切らないし、泣かせたりしません。」


ドキリとした。

それは俺が一番欲しい言葉には違いない。でも…。

真っ正面から俺を見つめる端正な面立ち。真っ直ぐな瞳。
男らしい綺麗な顔だ。カッコ良い。

そうだな、こんな人に愛されたら、幸せなんだろうなと思わせる。

決して嫌いじゃない。少し変な人だとは思うけど、可愛い性格してるなとも思う。
でも、俺なんかには勿体無いよな…。




その時、ふと。


ーー兄貴が渇望しても得られなかったαが俺を愛していると知ったら、兄貴はどんな顔をするんだろうか。ーー




醜い感情が、胸の中で頭をもたげる気配がした。


こんな良い人、利用なんかしちゃいけないのに。



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