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4 俺、初めての食事に行く
しおりを挟む氷室 蓮巳。
兄貴の大学時代の同期で、兄貴がどうしても彼の番になりたくて、結構長い事執着していたというαだ。
こうして本人を目の当たりにすると、その理由が痛い程わかる。
あの上昇志向の塊みたいな兄貴にとっては、承認欲求を満たす為にうってつけの相手だったに違いない。
容姿、スタイル、頭脳、家柄、経済力、その全てを併せ持つ男。α中のαだ、どこから見ても。
絶対に逃したくない物件だったんだろう。
なのに、長年の俺に対する悪癖で、可能性の全てを失った兄貴。
相手にされてなかったらしいから、元々望み薄だったのかもしれないが、この人じゃなくても雨宮以上のαなら他にもいる。
俺のモノを取り上げて俺の反応を見て愉しむ悪趣味さえ無ければ、もう少しくらいは高望み出来ただろうに…。
バイトが終わって店を出て、店前の舗道に出ると直ぐに手を振りながら歩み寄って来た氷室。
「お疲れ様でした。」
「お待たせしました。」
業務連絡っぽい遣り取りになってしまった。
「近くのカフェは閉まってしまいましたね。牛丼店と創作料理店ならありましたが。」
「ああ…そっか、そうですよね。時間が時間だもんなあ。」
スマホの時刻表示は22時10分である。
流石に牛丼屋では込み入った話は出来ないだろう。
そう考えて少し考えるように腕を組むと、氷室がその様子を見て遠慮がちに口を開いた。
「お腹空いてませんか?
良ければここから車で少しの場所に知り合いの店があるんですが。」
「…車ですか。」
「あ、いえ、嫌なら…」
「いえ、乗せていただけるなら。」
相手がαな以上、用心は必要だけど、あの兄貴さえ袖にするような男だ。見境なくΩを襲うって事も無いだろう。
その辺は信用して良いんじゃないかと思う。
それに、必要以上の警戒は逆効果だと聞くし…。
俺が車に乗る事に同意すると、氷室は嬉しそうに 直ぐ近くのパーキングに停めた車に俺を案内した。
俺がオーナーなら怖くてこんな吹きっさらしのパーキングには停められないなって思うような高級外車だったので、思わず無表情になってしまう。
絶望的に価値観が合いそうにねえな、と。
当然のように助手席のドアを開けられて、ゆったりした革張りのシートに背を預ける俺。まさか初の外車が兄貴の元想い人の車とは。
「5分くらいで着きますよ。」
「あ、はい。」
俺に微笑みながらハンドルを握る氷室を見ながらシートベルトを装着する俺。
それから10分後、俺達は氷室の知り合いの店だという店の奥の個室で向かい合わせに座っていた。
暖かみを感じるオレンジ色の照明の下で見る氷室は、更に穏やかで優しげに見える。
こんな男が俺に惚れてる?
有り得ないだろ。
食事は氷室に任せてちょっとした肉メインのコースにして、俺はぼちぼち話を聞く事にした。
「何時から俺を知っていたんですか?」
氷室はその言葉にすんなり答えた。
「2ヶ月程前からです。
あのコンビニの近くの本屋で、貴方を見かけて。」
「本屋…?ああ、行ったなぁ。」
確かにそれくらいの時期に、大学近くから数件の本屋をハシゴした。
ショッピングモールに入ってる大きめな書店で探してる本が売り切れてて、もしかしたら、小さい街の本屋にこそあったりして、なんて思ったりして。
結局無くてネットで注文したんだよな、とその時の事を思い出していた。
「一目見て、貴方だと思ったんです。生まれて初めて胸が高鳴りました。
声をかけたかったんですが、お急ぎだったのか直ぐに見失ってしまって。」
「あー、ちょっと急いではいましたね。」
うん、確かに急いで早足で移動していた。
でも、こんなにも恵まれて生まれちゃうと、どっかにバグでも出ちゃうんだろうか。こう…美的感覚とかに?
だって、俺相手に胸がドキドキしたって事だよな?
そんな物好き、雨宮くらいかと思ってた。
「…あの、氷室さん。」
「はい。」
「俺、自分で言うのもアレなんですけど、Ωっぽくないじゃないですか?」
「え、そう…でしょうか?」
「そうなんです。
見た目もそうですけど、兄のように綺麗でもないし。」
「何を仰るんですか。
こんな言い方をしては美樹くんに失礼でしょうが、樹生さんの方が遥かに美しく愛らしいです。」
「…氷室さん、視力は?」
「?両眼2.0ですが。」
視力に問題があるのかと思ったが、違ったらしい。
俺は困惑した。
やっぱ美的感覚に問題が?
首を捻る俺に、氷室は苦笑しながら言った。
「僕、元々自分の性指向が男性に向いてる事は、自覚していたんです。
だけど、番をと思っても、Ωの男性ってどうしても中性的だったり、全体的に女性に近い柔らかい曲線であったりするでしょう?
申し訳ないんですけど、僕、ああいう感じがどうしても駄目で。
匂いにも惹かれる事がありませんでした。」
「そうなんですか。」
急に性指向の話が始まってしまったぞ。
話の流れ的に必要なんだろうか。
「心惹かれるΩが現れず、一生番を持てず一人かと、半ば諦めていたんです。
だけど、貴方が現れた。」
「…普通に本屋巡りしてただけなんですけどね?」
「初めは、何処からか漂ってくる清涼感のある香りに鼻を惹かれました。」
「すいません、抑制剤飲んでるんですけどね。ヒートでもないんだけど、そんなに漏れてました?」
少し心配になって聞く。
そんな事、言われた事無いんだけどなあ。
「僕にはとても良い香りでしたから。
他の方が気づいていた様子はありませんでしたが。」
「そうですか、よかった…。」
胸を撫で下ろす。
じゃあ、単に匂いの相性の問題か。
「今迄Ωの人達の匂いを、良い匂いだと感じた事が無かった僕には衝撃でした。
それで、匂いの主を探したら、貴方でした。
こんなに素敵なΩがいるのかと目を疑いました。」
「素敵…?」
「整った可愛い顔なのにしっかり身長があって、爽やかな色香があって。
貴方は僕の理想そのままでした。
僕の心はその瞬間、樹生さんの虜に…。」
「あ、もう、もう良いです!」
は、恥ずかしい。
自分に対する賛辞が並べられるのって、死ぬ程恥ずかしい。
それホントに俺の事??
「…とまあ、その時一目惚れしたにも関わらず見失ってしまったのは僕の落ち度です。
どれだけ落胆した事か。」
氷室は大袈裟な溜息を吐いた。
いちいちオーバーアクションな奴だな…育ちの良い連中ってこんな感じなのだろうか。
「ですが、天は僕を見放してはいませんでした。」
「…?」
氷室はテーブルの上で手を組んで、ニコリと俺を見て笑った。
「つい1週間前、あのコンビニに入って行く樹生さんを見たんです。
僕は急いで車を引き返し、近くのパーキングに車を停めて見張りました。」
「店の前の駐車場に停めてくれて良かったんですよ?」
「停めてお店に入ったら、樹生さんに見つかっちゃうじゃないですか。
それはまだ恥ずかしくて。」
「…ソーデスカ…。」
大胆なのかシャイなのか全くわからない男だ、と思いながら、俺は運ばれてきた前菜のサラダをむしゃむしゃ食ってやった。
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