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2 未だ機は熟さない
しおりを挟むSNS経由で友人知人や親戚達に。
仕事から帰ってきた両親に。
退屈している連中には、格好の餌食…いや、話題だったようで、兄貴と雨宮が"運命の番"だって話はあっという間に広がった。
ぶっちゃけ都市伝説に近い運命の番かどうかなんて本人達にしかわからない。
何百万組に1組だぞ?実在すんの?って感じだもんな。
でも、いない訳でもないらしいから、本人達がそう言うならそうなんだろ。
ほんとにそうなのかって調べる詳しい遺伝子検査はあるのかもしれないけど、どうでも良い。
あの後雨宮に、更に詳しく話を掘り下げて聞いた所、兄貴が雨宮に接触してきたのは二週間前の俺の誕生日の翌日。
前日の夜、雨宮は俺の部屋に来ていたし、会話を聞かれていた可能性もある。
だから面白半分で奪ったろ、と思ったんじゃねえかな。
兄貴は子供の頃から、俺が大事にしてるもの程欲しがった。
タダの恋人より、番になる事を誓った、つまり婚約者に等しいαを奪った方が、俺にダメージを与えられると思ったんだろう。
噂は兄貴の友人知人に迄広まり、兄貴は本命にフラれたようだった。ざまぁwww
そりゃ、日頃は楚々として大人しげ~にしてるΩが、まさか 『祝!!俺の恋人と兄貴が運命の番でした!!』ってタイトルのついたツイとかで弟の恋人寝盗ってたとわかる内容が回って来たら、そりゃ普通は引く。
いくら運命の番が、立場や環境や諸々を凌駕して惹かれ合うものだとか言われてたって、身内の恋人や婚約者や、旦那を奪う形で結ばれるなんて、祝福されるばかりじゃない。ややもすれば、批判の方が多いかもしれない。
つーか、まともな感性の人間なら批判的にならざるを得ないんじゃね?
だって、運命を言い訳にして浮気や略奪を肯定しろなんて言われても、って感じだろうし。
ともあれ、話を戻すと本命にフラれた兄貴は、雨宮と番を結んだ。
何かもう成り行きというか、外堀埋まってたし仕方ねぇよなっつーか。
ウチの親は少し微妙だったが、雨宮の親御さん達はめちゃくちゃ喜んでた。
地域で評判の美形Ωが嫁なんてラッキーと思われたのかもな。明らかに俺より兄貴の方がΩとしては格上だし、その反応はご尤もだわ。
因みにウチの親が雨宮んちに微妙だったのは、雨宮はαではあるんだけど、家自体はせいぜい街の不動産屋…つまり零細企業どまり。
両親としては、手塩にかけた愛息子を是非とも上流階級の富裕層に引き上げてくれるαと番って欲しかった訳だから、やっぱりその反応も、ご尤も。
余談だが、兄貴の本命だったαは、日本有数の大企業の御曹司だった。ざまぁwww(2回目)
で、浮かれてる雨宮と、あまり顔色の優れない兄貴とは番になり、雨宮と兄貴は雨宮の親が所有するマンションの一室で一緒に暮らし始めた。
お気楽なものだと苦笑した。
俺が、あの後自分の部屋に戻ってどれだけ声を殺して泣いたか。雨宮の裏切りへの悔し涙と、未だ残る気持ちを、幾夜かけて憎悪に変え切ったと思う?
俺は、雨宮を本当に好きだった。初恋なんだ。当たり前だろ。
番になれるなんて夢みたいだと、最高の誕生日になったと嬉しくて。そのたった二週間後に、俺の実の兄との手酷い裏切りだ。
あんな場面を見たからって、直ぐに割り切れた訳が無い。
ほんとはあっさりだった訳じゃない。でも、雨宮はもう俺の元に戻りやしないだろうと思ったから…。
許せなくて当然だと思わないか。
俺のこの煮え滾る復讐心は、間違っているか。
それは、略奪するより間違っているか。
誰に何を言われても、一度捻れた心は戻らない。
優しい声を、瞳を。差し出された手を 真っ直ぐに只信じていた頃には、もう戻れない。
「雨宮、新婚生活、どう?」
朝。
前を歩いていた雨宮の後ろ姿を見つけて、小走りに駆け寄り肩を叩いた。
「あ…樹生。おはよう。」
「ん?元気無くね?どしたん。」
俺は少し心配げな表情を作って雨宮の顔を覗き込むようにして至近距離で見上げる。
雨宮がドキッとしたのが手に取るようにわかった。笑えるな、雨宮。
雨宮が俺に未練があるのは知ってる。
それが、兄貴と番になってからどんどん強くなっているのも。
あの裏切りの日から2年。俺達は大学生になっていた。
あの後俺は、復讐心をバネに勉強に集中し、当初予定していた大学より数ランク上の、雨宮と同じ大学に合格。
これには両親もびっくりしてたな。
かといって今更手の平返して今度は俺によっかかられても困るので、親との距離は適度に取っている。
兄貴は大学を卒業して、今は雨宮の親父さんの会社で働いている。
本当は希望していた職種や会社があったのに、雨宮のご両親に自社に入社しろと強く言われて拒否出来なかったらしい。
あーあ。順調に人生の選択肢が狭まってますなあ~。
で、雨宮は。
俺が同じ大学に来た事で、妙に期待してる感が隠せていないこのアホは、俺が声をかけると嬉しそうに尻尾を振ってくるようになった。
なんつー駄犬だ。
兄貴も、いくら希望と違う番だからって、もう少しは大事にしてやんねえと困るのは自分だゾ☆ ってくらい、2人の関係は微妙なようだ。
兄貴の脳内では、雨宮は俺を捨てて兄貴に走ったくらい、自分にベタ惚れ。多少邪険にしたって、自分程のΩが嫌われる事も、裏切られる筈も無いって考えている筈だ。
一方、雨宮は。
多分、俺と別れて迄付き合いだした運命の相手の筈が、何だかしっくり来ない、違和感がある。そんな感じじゃないだろうか。
しかも、何だか愛しの兄貴はずっとイライラしてる。
ヒートの時は番だからゴロニャンと誘われて求め合えるだろうが、それが済んだら元通り冷めた兄貴に逆戻り。
兄貴は避妊薬を処方してもらってるらしいし、当分子供を作る気も無いんだろう。
番とはいえ、お互いに気持ちがなければそれは只の肉体が求め合うだけの関係にしかなれない。無条件に魂迄結びつくような関係になれる訳じゃない。
元々恋愛感情が無いなら、尚更。
そこに来て、大学には元カレの俺がいる。
兄貴みたいな塩対応じゃなくて、優しく親しげに接してくれる、今は義弟になった俺が。
元々俺は雨宮のタイプの筈なんだから、揺れてるだろう。
兄貴の美貌とヒートの匂いに誘惑されて惑わされていたのも、もう解ける頃だよな。
そろそろ雨宮は後悔している筈だ。
俺を裏切って兄貴を選んでしまった事を。
「何だよ、しょぼくれた顔するなって。」
俺は雨宮の目を見て、ニコッと笑ってやる。
「樹生…。」
雨宮が喉を鳴らすのがわかった。
きっとコイツの脳内には、俺と付き合っていた頃の記憶が走馬灯のように流れているんだろう。何なら不本意だけど、セックスしてる時の俺の表情とか反応とかも思い出してんだろうな。
俺は可愛かっただろ?
純粋で、お前に夢中で。
男慣れしてる兄貴より、お前しか知らない初心な体で、きっと締まりも良かったよな。
抱きたいんだろうな、俺を。
2度とヤらせねえけどな。
何かを言いかける雨宮。その時俺のスマホが鳴った。
「あ、ゴメンな。ちょっと電話。」
「あ、うん…。」
「おー。…うん、うん。7時な、うん。」
俺が誰と何を話してるか、雨宮は気になって仕方ない筈だ。だから敢えて相手の名も呼ばない。言わない。
案の定、通話を終了すると雨宮はおずおずと聞いてきた。
「……用事か?」
「あ、うん。夜な。」
「…そっか。」
「今日の昼飯、学食行く?」
わざわざ詳しく教える義理も無い。聞きたい核心から直ぐに話を逸らす。
「学食行くなら一緒に昼飯食う?先約あるなら別に良いけど。」
別にここで雨宮が断っても構わない。
俺には昼飯を一緒に食う友人くらいはそれなりにいるし、特別雨宮に拘る必要は無い。
雨宮だってそれは同じ筈だけど、今の所雨宮が俺の誘いを断った事は無い。
雨宮は俺と戻りたいんだろう。でも、番がいて俺と付き合うって事は、俺を愛人にするって事だ。
それでも、自分の為に身を引いてくれたような健気な俺となら、ワンチャンあるんじゃないかと思ってたんじゃないだろうか。いや、思ってると思う。現在進行形で。
だって雨宮、アホだからな。
ちょっと抜けてるんだ、αの割りに。
んで、基本的に雨宮と兄貴は俺を舐めてるから。
なのにチョロい筈の俺は、どれだけ一緒に過ごしてようが、肝心な所になると一線引いてて全然思うようにならない。そういう雰囲気にもならない。
イライラしてんだろうな。
しかも、俺も決してモテない訳じゃないからそれなりに色んな誘いがかかってるのも目の当たりにしてる。
気が気じゃないよな。
何時、誰かにカッ攫われるかって気を揉むよな。
その内、雨宮は痺れを切らして俺に復縁を求めてくるだろう。
兄貴とあれじゃ、他に目移りするのは仕方ないとしても、その相手が俺ってのが、此奴は全く学んでないし成長してないって思い知らされるぜ。
こんなのと付き合ってたとか、マジ黒歴史。
せめて2人が上手くいってりゃ、俺も復讐を断念したかもしれないのにな。
付け入る隙を盛大に作ったのはお前らだから、仕方ねえよな。
でもな、俺は兄貴とは違うから、お前が復縁迫ってきた時に返す言葉は、ちゃんと用意してあるんだ。
そしてそこからが、ホントのよーいドンだ。
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