よくある話で恐縮ですが

Q.➽

文字の大きさ
上 下
1 / 37

1 ウチの兄貴について

しおりを挟む



 巷ではよくある話らしい。

 兄弟や姉妹の恋人や旦那を寝盗ったりって事は。

 実際、SNSでも漫画や小説でもよく見る。

 でも俺にはフィクションじゃなかった。


 確かに何でも欲しがる弟妹ってムカつくだろうな。でもウチは、何でも自分のモノって兄だった。

 顔も体も頭も、性格以外は全部に恵まれて生まれた癖に、4歳下の秀でた所は何も持たない弟の俺のモノまで欲しがる貪欲さ。
 見た目からは想像も出来ないだろう。実際俺だって、被害に遭ってるってのに、ある時迄わからなかった。
 親にも周りにも兄貴の味方しかいねえから、取り返そうとする俺が何時も悪者にされる。
 芸能人顔負けの綺麗な顔をした か弱げなΩの兄貴と、見た目からしてそこそこって容姿で、多分βだろうなって俺では、両親の期待値からして違った。

 そりゃ親の気持ちもわからなくはない。
 見た目だけじゃなく、頭もそれなりに優秀なΩなら、例え実家が平凡なリーマン家庭だろうが何だろうが、富裕層の良家のαに見初められる可能性大だからだ。つまり玉の輿だ。
 そんな期待の星である息子が可愛くない訳がない。

 それに引き換え、俺ときたら。俗に言う、みそっかすってヤツなのかな、親からしたら。

 腐ってもそんな兄貴の弟なんで見た目はそこそこなんだけど、その他はそんなに優れた所も無く。
 ずっとβだろうと思われていたけれど、15の時の検査でやっとΩだという事が判明し、判明したらしたで、Ωにしては微妙、という目で見られ…。
 いや、好きでなってねえわこんなん。
 俺だってβでいたかったわ。βなら、こんな俺でも、普通~にそれなり~に生きられた筈だ。  

 俺はΩというには、中性感が皆無だった。

 通説としてΩって人種は、男性でもすらりとして華奢で儚げで中性的な事が多く良い匂いがして魅惑的。
 皆が皆、そうではないと思うし個人差はあるだろうが、おおまかにはそういう感じを求められてるって事だと思う。
 世間的にも、α達にも。

 でも俺は、細身ではあるけれど筋肉質で、なよやかな曲線は持たないし柔らかい雰囲気も儚げな風情も持たない。
 顔はまずまずだと思うけど、中性的って事はない。

 いわゆる、The・男子。

 ……これ、Ωとして需要あるか?
と不安になっちゃうような…。
 いやでも、相手は必ずしも男とは限らない。
 ヒートの事を考えればやはりパートナーはαの方が良いけど、女性αって事も有り得るし…。
 そう、自分で自分に言い聞かせた。
 両親は、何か…お前は自由に生きなさいって感じでノータッチだったな。
 元々、期待値の低い、放置気味で育った子供だったし、今更Ωと言われても…って事だったのかも。


 でも、誤解して欲しくないのは、俺はそんな両親の事も、何でも取り上げていく兄貴の事も、決して嫌いじゃなかった。
 寧ろ兄貴に対しては、自慢の兄貴だった所もある。
 それに兄貴は、何と言うか…上手かった。
 取り上げた後、兄貴は俺にとても優しかった。何なら兄貴の使い古しをくれたりして、俺はそれをとても大切にした。

 あんなに可愛くて綺麗で優しい兄貴の使ったものなんだから、きっととっても良いものになってる。
 兄貴の弟だって事が誇らしい。
そう思ってたガキの頃の俺に言ってやりたい。

 馬鹿かと。




 俺の目が覚めたのは、17の秋。
 Ωになって初めて出来た恋人を兄貴に取られたからだ。
 αの同級生で、元は友人の一人だった男だ。
 名を雨宮という。

 雨宮はαだけあってかなりイケメンだったので、告白されて付き合いだした俺はどんどん惹かれた。
 友達だった時とは全然違う優しさを与えられて、愛情に飢えていた俺は浮かれた。
 初めてのキスもセックスも、雨宮に捧げた。勿論、恋心も。

「卒業したら、お前と番になりたい。結婚、してくれるか?」

 そいつは俺の17の誕生日の夜のセックスの後にそう言って指輪付きでプロポーズしてきて、それから僅か2週間後に俺の兄貴と寝ていた。

 俺が熱っぽくてバイトを早退して帰った日に。
 家に帰って2階の自室に戻る為に階段を上がって、隣の兄貴の部屋から漏れてきた匂いと、音と、声。

 鼻を疑ったわ。
 まさか今まさにセックス真っ最中、って丸わかりの兄貴の部屋から、自分の彼氏の匂いがするとか。

「愛してる、美樹さん、愛してる。」

 紛う事無き彼氏の声でそれを聞いた時、俺の何かがぷつりと切れた。

「あっ、あん、僕も…僕もぉ!
だからもっと奥にぃ…!」

 天使のようだという形容詞を欲しいままにしてる兄貴の言葉とは到底思えんわ。

「樹生よりずっとずっと綺麗だ。愛してる。」

 雨宮。お前って奴はぬけぬけと…。
 いくら盛り上がってるからってそれはないだろ。

 浮気の被害者である俺が終わるのを待ってやる義理は無いので、俺は躊躇無くドアを開けた。

 2人は俺を見て一瞬固まって、雨宮はテンパり出し、兄貴はその背に隠れて薄く笑った後、泣いた。

 ごめん、樹生、ごめんって。

 彼氏はそれを見て、美樹さんを責めないでくれ、俺が悪いんだって言ったよ。

 なんて陳腐。安っぽいドラマみたいだと思わずにはいられなかった。

 その間、俺未だ一言も発してないんだけど、とにかく何時もの如く兄貴は手際良く、許さない俺を悪者にしようとした。

 その時、やっとわかったんだ。
兄貴は俺を舐めてるんだな、って。
 俺、馬鹿だから たったそれだけの事に気づくのに17年もかかったんだよな。

 だから、許した。フリをした。


「うん、良いよ。俺は平気。」


 笑って兄貴に譲った。

 俺が何時ものように泣いたりぐずったりしないもんだから、兄貴は目を見開いていたし、あっさり譲られた彼氏は困惑してた。
 そりゃま、普通恋人を奪われたら取り乱すのを期待するもんなんだろうな。
 だからこそ、意地でも泣くかよって思ったんだけど。

 心の中は2人への憎悪でドロドロ。兄貴も勿論、恋人の雨宮には殺意すら抱いた。
 普通な、彼氏の身内に手ぇ出すか?

 でも俺はそれを押し隠した。そして2人に、一応、そうなった経緯くらいは聞かせて欲しいな、って言ったんだ。

 そしたら2人して、運命感じた、だってよ。笑

 だから心の中で爆笑したよ。

 んな訳ねえからなって。

 思えばこの時が、兄貴に対してはっきりと敵対心を抱いた時だったな。
 だけど、散々辛酸を舐めさせられてきた俺は、それを顔には出さなかった。

「運命かあ。凄いね。ほんとにいるんだ、運命の番って。
それなら仕方ないよな。
運命にはかなわねえもん。

じゃあ、兄ちゃんは雨宮と番になるんだね。」

 俺はにこにこ笑ってそう言ってやったよ。
 おめでとう、って。その後内心では、くたばりやがれ、アバズレって思ったけどな。

 彼氏の雨宮は満更でもなさそうだったけど、兄貴はまさか俺がそこ迄言うとは思ってなかったんだろうな。
 少し焦ってるようにも見えた。

「運命の番にかあ。めっちゃ憧れる。
そうだ、父さんと母さんにも!」

 俺は素早くスマホを打った。
引くに引けない状況にしてやる。
 外堀を埋めてやったよ。
 兄貴が何時も俺にするみたいに。
 外面の良い良い子ちゃんの兄貴と、カッコつけしいな所のある雨宮には、有効かなって思った。

 俺、知ってたんだ。
 兄貴には他に本命がいるって事。

 万が一にも他のαとの関係が露見したら、そっちとの関係は切れるだろうって事。

 時代遅れな話だけど、Ωにはやたらと貞操観念が求められがちだから、格式高いお堅い良家のαである程に、そこが重視されるのも知ってた。

 兄貴は俺が高校生だからって、そこ迄の認識は無いだろうと踏んでたんだよな?


 ざけんじゃねえよ。




 兄貴への肉親としての情も、思慕も、雨宮への恋も愛も踏みにじられて、執着も全て憎悪に変わった。

 
「ありがとう、樹生。
お前には酷い事をしたのに、
それなのに俺達を許してくれるなんて。」

「…ありがと、樹生。」

「ううん、良いよ。」

 兄貴はこんな時でさえ、綺麗なんだな。
 顔面蒼白で、不味い事になったって焦ってるんだろうに、雨宮の前で天使な自分を壊したくなくて礼まで口にして。
 ほんとに見栄っ張りなんだよなぁ。

「俺、美樹さんを愛してるんだ。」

「運命だもんね。羨ましいな。」


 俺を泣かせて憂さ晴らししたいだけだった兄貴は、きっと俺を泣き寝入りさせて内々に済ませて、暫くしたら雨宮を切るつもりだったんだろう。でも俺の反応は違ってた。
 そして、明日にはそこら中にこの件が広まる。


「俺の事は気にしないで幸せになれよ。」



 兄貴、知ってた?
 地球ってな、兄貴の為だけに回ってる訳じゃ無いらしいよ。

 雨宮。
 わざとらしいΩは苦手だって言いながら告って来たお前が、樹生よりずっと綺麗だから愛してる、って兄貴に言ってたの、一生忘れねえからな。


 あのセリフを聞いた瞬間、俺の心は決まったんだから。




 ゆっくりと復讐、してやるからな。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

溺愛

papiko
BL
長い間、地下に名目上の幽閉、実際は監禁されていたルートベルト。今年で20年目になる檻の中での生活。――――――――ついに動き出す。 ※やってないです。 ※オメガバースではないです。 【リクエストがあれば執筆します。】

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

当たって砕けていたら彼氏ができました

ちとせあき
BL
毎月24日は覚悟の日だ。 学校で少し浮いてる三倉莉緒は王子様のような同級生、寺田紘に恋をしている。 教室で意図せず公開告白をしてしまって以来、欠かさずしている月に1度の告白だが、19回目の告白でやっと心が砕けた。 諦めようとする莉緒に突っかかってくるのはあれ程告白を拒否してきた紘で…。 寺田絋 自分と同じくらいモテる莉緒がムカついたのでちょっかいをかけたら好かれた残念男子 × 三倉莉緒 クールイケメン男子と思われているただの陰キャ そういうシーンはありませんが一応R15にしておきました。 お気に入り登録ありがとうございます。なんだか嬉しいので載せるか迷った紘視点を追加で投稿します。ただ紘は残念な子過ぎるので莉緒視点と印象が変わると思います。ご注意ください。 お気に入り登録100ありがとうございます。お付き合いに浮かれている二人の小話投稿しました。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

愛し合う条件

キサラギムツキ
BL
異世界転移をして10年以上たった青年の話

処理中です...