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潮時
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遊佐が帰り、1人きりになったホテルの部屋の窓辺に置かれたアームチェアに身を預け、冬弥は夜景を見下ろしていた。
本来なら今頃は、遊佐を抱いて好き放題に鳴かせている筈だった。
先程遊佐から告げられた時には、本当にあるんだ…と少し驚いた。その程度の気持ち。
遊佐と同じでリアリストである冬弥もまた、運命だのには興味は無い。
大体、Ωとしてはイレギュラー過ぎる事を自認しているからこそ、自分がΩ本来の役割を果たせるとは思えない。
何故自分がこんな風に生まれついたのかはわからないが、生物としてはα以上に優れていても、αを産み出す為の生殖を期待されているΩとしては欠陥品だと考えている。
だから、それを期待して近づいて来られても、困惑するだけだった。
冬弥の性癖は主に男性に向いている。
特にαの男性が好きだ。
そして、タチネコで言うならば、タチ専だ。
それだけでもう、Ωとしては有り得ない。
みっちりと重そうな筋肉のついた体を組み敷いて、開かせて、逞しく太い首筋を伝う汗を舐め取って、凛々しかったり雄々しかったりする綺麗な顔が苦悶と戸惑いと快楽に乱され、堕ちていく瞬間を見ているのが好きだ。
普段、傲慢な王のように取り澄ましている彼らが、セックスの最中には身も世もなく自分に縋りついてくるのが可愛くて堪らない。
かといって、恋人にするには重い。
彼らが冬弥に伴侶としてのΩ性を求める意図で近寄ってきているとしても、冬弥が彼らに求めるのは体だけだ。
遊び相手にしてきた中には、体の関係を重ねれば、その内逆転して自分に陥落するだろうと思っていたαもいたが、そうなる事は最後まで無く、結局αだけが本気になって冬弥に捨てられた。
冬弥が色事に本気になる事は、無かった。
そしてそれは、遊佐に対してだって同じ事だ。
他の連中よりは、少し気に入っている玩具。そんな認識だった。
どのαよりも美しくプライドの高い遊佐。
顔も体も声も気に入っている。
黒曜石のような瞳は、何時でもお前だけが特別なのだと輝きながら冬弥を映す。
冬弥は鈍感ではない。
遊佐が冬弥を愛している事を、知っている。
知っていてそれを流している。
軽い失望と、それでも捨て切れない期待とを、交互に浮かべた複雑な表情で自分を見る遊佐。
それを見るだけで、満たされた。
そんな可哀想で可愛い彼を、それでも何処かで解放してやらなければならないと、冬弥自身も迷っていた。
けれど…まさか。
「まさか、運命の番をみつけてきちゃうとはなあ…。」
ちょうど良かったじゃないか。
潮時だった。
遊佐のこの先を考えるなら、手放し時だ。
彼はαで、背負っているものは決して軽くはない。
遊びの関係なんかの為に未来を反故にさせるなんて言語道断。
答えだけなら簡単に弾き出せるのに、どこか割り切れないのは何故だろう。
今迄のセフレ達と、何が違う?
素面では初めて見た、遊佐の涙。
静かに帰っていった遊佐の姿が、ずっと脳裏に残っている。
俺は彼をどうしたいんだろう。
未だ恋を知らないΩは、その答えがわからない。
ーーーーーーーー
遊佐から連絡も無く、数日。
冬弥は学内のカフェテリアにいた。
暇を持て余して所在無くスマホを眺める。
1人でいると尚更目立つのか、チラチラと遠巻きに眺められたりしているが、話しかけられないだけマシだ。
と、思っていたのに…
「むーなっかたっ!!」
…出た。
「何その顔。傷つくんだけど…?」
佐古である。
相変わらず賑やかしい男だ。
登場から陽キャ過ぎて面倒くさい。
冬弥はうんざりと佐古を見上げた。
「…何だよ、何か用か。」
「用が無きゃ話しかけちゃダメなの?」
「……。」
「やっぱ機嫌悪ぃんだね。」
…やっぱりって、何だよ…。
「ダダ漏れじゃん。
だから誰も近寄れないんだろ。」
「…そんなつもりは無かったんだけど。」
「ウッソwww 無自覚うけるwww」
草を生やすな。
そしてクソ甘そうなパフェを目の前で食べ出す佐古。
何故俺の前で。
甘いもの苦手な俺への嫌がらせだろうか。
少しイラッとしながら生クリームを唇の端に付けた佐古を見ていると、気づいたのかこれみよがしに ペロッと舌で舐め取ってみせて、ニヤッと目を細める。
…何だ、挑発のつもりなのか、それは。
呆れたのが顔に出たのか、佐古はガッカリしたように言った。
「…ちぇー、何か今日はイケそうな気がしたのになー。」
「は?」
心外だ…。
だって今迄、佐古にその手の関心を示した事は無い。
ぶっちゃけタイプじゃないからだ。
それが何故イけると思われたのか、謎だ。
そんな気持ちも顔に出たんだろうか。
「宗像ってさ、ホントに俺の事、興味無いよな。
全然隠さないもんね。」
まあ良いけど。と、佐古は苦笑した。
「すまない。良い友人としてなら、やっていきたいとは思ってるけど。」
それ以上を望まれても、無理だ。
「わかってるって。冗談だよ。
親はともかく、俺はもうとっくに脈はないかなって諦めつつある。
特に、ここ最近の宗像見てるとさ。」
これでも宗像の事、すごく好きなんだよ、俺。
と、佐古が寂しそうに笑ったので、少し申し訳なく思わなくもない。
冬弥は再びスマホに目を落とす。
相変わらず期待している何かは来ない。
別に連絡を待っているつもりは無い。
何ならあの日、遊佐はこの関係に見切りをつけたのかもしれないとも思っている。
何時になくぼんやりしている冬弥の様子を、パフェを口に運びながら眺めていた佐古が口を開いた。
「そういや宗像、今ってヒートだよな?」
どくん、と心臓が鳴った。
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