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2 いや、嘘…

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「…奴隷?」

王子の私が、奴隷?

「何を言っているんだ…?」

頭痛に耐えながら声を絞り出して問いかけた。
私が死んだ?では、ここでこうして肉体の痛みに耐えている私は何なのだ?

「言ったままだ。シュラバーツ王子の遺体は近日中に発見される予定だ」

男の言葉に、ビクッと全身を震わせる。

「私を殺すつもりなのか?」

問いかける声が震えてしまうのは仕方ない。だが、男はこう答えた。

「死者を二度殺す事は出来ないだろう。
今のお前は名も無き奴隷だ。私専属のな。末永く可愛がってやろう」

どうやら男に、私を殺す気は無いようだ。しかし、その目には獰猛な光が見えた。ゾッ、と背中に悪寒が走る。

「色々やり過ぎて嫌われ者になった、愚かで哀れな男。私だけはそんなお前を愛してやれる」 

揶揄を含んだ男の声に、カッと頭に血が上った。

「気色悪い事を言うな!私が嫌われ者だと?そんな訳が無いだろう!そんな…」

震える声で言い返しながら、果たしてそうだろうか?と、私はあの日から今日までの事を思い返していた。



確かに父上は、もう一度何かを仕出かせば身分を剥奪して放逐すると仰った。しかしあれは、単なる脅しだ。父上は情け深いお方、本心の筈がない。皆の手前、そう仰るしかなかっただけ。アクシアン公爵家の怒りや、公爵家の肩を持つ貴族達の批難が私に集中したから、それから私を逃がす為に北の塔に謹慎を命じられただけだ。劣悪な環境で謹慎させると言えば、皆が納得するだろうとお考えになって。
だからこそ私も、一年間はそれに甘んじようと思った。
一年。一年の辛抱だと。

しかし塔での生活が始まってみると、そこは聞きしに勝る最悪さだった。石造りで、とにかくひんやりと冷える。何処からともなく隙間風も入ってくる。とりあえず暖炉はあるが、薪の使用量は厳しく管理されていた。守衛に文句を言い上げても、『これでも王族専用の塔ゆえに、特別な仕様になっているのですよ。普通はこういう場所には暖炉すらないものでございます』などと聞き流され、憤慨した。
だがいっこうに相手にされないので、しかたなく昼間は火を焚くのは我慢して、寝る前に部屋を暖めるだけにするしかなかった。
あの守衛達、私がここから出たら覚えていろよと心の中で毒づきながら。
そんな日々を過ごす内、父上に対しても不信感が生まれて来た。
もしかして温情で此処に入れたのではなく、苦しめる為に押し込めたのでは、と。

『きちんと自分のしてきた事と向き合え』

私に背を向けたままで仰った言葉。まさか、あれは本心でいらしたのか。

一回分の薪を使い切り火が消えてしまうと、粗末な薄い布団を3枚重ねていても保温は保たれずまた手足の先から冷えていく。
眠り損なった私は、頬まで上げた布団から目だけを出して、真っ暗な空間を見つめて考えた。
何故こんな事になったのか。そんなに私が悪かったのか。私はただ、幼い頃から私の前を歩き続ける従兄弟…サイラスに思い知らせてやりたかっただけだ。
臣下の癖に。私より下の身分の癖に。私より優れているなど、生意気なのだ。
同じ事をしても、いつだって賞賛を浴びるのはサイラスの方だった。

だから私はヤツが嫌いだった。そもそも存在が目障りだったのだ。
正当で高貴な血筋のハイブリッドである公爵令息であるサイラスと、王の種であっても半分平民の血の入った王子の私。

ああ、認めるとも。私はサイラスに対するコンプレックスを拗らせていたさ。羨望もあった。
私が好きになる人間はみな、サイラスに好意を寄せていた。父上でさえ、息子である私よりサイラスに目をかけていたのだ。
サイラスは私が望むもの全てを、最初から手にしていた。

そんなの、憎まずにいられるだろうか。

だからほんの少しの意趣返しのつもりで、アイツの婚約者に手を出したのだ。
王都一の花の呼び声高い、エリスに。
とびきりの美女とはいえ、抱いてしまえば娼館にいる女達と変わらなかったエリス。結婚前から男に慣れに慣れたあんな女と生涯を共にしなければならないなんて、サイラスも可哀想に。そんな風に愉快に思ったものだ。私はこんな女、遊び相手で十分だ、なんて苦笑いしながら。
だが、私の心とは裏腹に、エリスは私に本気になったようだった。それで思いついたんだ、それを利用して皆の前でサイラスに赤っ恥をかかせてやる方法を。

それが、まさかあんなに大事になるなんて。恥をかかされその場から逃げ出すだろうと思っていたサイラスが、エリスに婚約破棄を突きつけるなど考えもしていなかった―――。


(くそ、サイラスめ…)

最初のダンスを奪ったのが何だと言うのだ。私が舐めてきた屈辱の数々に比べたら、あの程度の事くらい、唇でも噛んで耐えていれば良かったものを。私のこの状況は、全て立場を弁えなかったサイラスの所為だ。

鉄格子の中、サイラスへの恨みを募らせていた。此処で一年耐えて表に出たら、その時はサイラスと……あの、何と言ったか…ヤツがエリスに婚約破棄を言い渡した直後に婚約を申し入れていた男…。
あまりに地味で顔も名前も思い出せない。まさかサイラスが男色の上、あんなよくわからない趣味だったとは。見る度に一緒にいると思っていたが、そういう事だったのかと愕然としたものだが…。

…無理だな。一年経っても、男は守備範囲外の私にあの地味男は寝盗れない。ぼんやりした顔立ちでも女なら何とでもなるのだが、男ではな。
しかしサイラス本人を叩くよりもあの男をどうにかする方が効果を期待できるのなら、誰か人を雇って…。

そんな風に復讐の方法を考えている内に意識が落ちていったのは、つい数時間前の筈だ。それから後は、先ほどの通り。
今は、攫われて船に乗せられているのだと知ったばかりだ。

私は悪くない、私が悪いのではないと反省のひとつもせず復讐など目論んでいたのが神の怒りを買ったのだろうか?
死んだなどと訳の分からない事を言われ、奴隷になるのだなどと言われ…これは神罰なのか?何かの冗談ではなく?
だが、冗談で知らない間に船に乗せられている訳がない。
目の前の男は、私を自分の奴隷にすると言った。仮にも一国の王子を牢から攫い、船に乗せられる力を持つ者。

「そなた、何者なのだ…?」

私は男に初めてそう問うた。男の言葉が冗談ではない事を、じわじわと肌で感じてきたからだ。
私の予想が正しければ、黒髪黒目のこの男は……。

数秒の後、男の低い声が私の予想を裏付ける答えを告げた。

「ようやく私に興味が向いたか。
私は東の大国・ホーンの王子…いや、じきに王位を継ぐ予定の者だ。
名を、シュウという」

聞いて、どっ、と体中の力が抜けた。
東の大国・ホーン。
ほんの十数年前まで鎖国をしていて、今もって謎に包まれている魔術大国。
その国の王族は、外国人には素顔すらも見せないと言われている。

そんな国の王位継承者が、何故私を…。


言葉が出て来なかった。











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