従兄弟の婚約者を寝取ったら、とあるルートに突入したのだが

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1 どこだ、ここは

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目が覚めたのは薄暗い部屋の中。それはここ最近ではいつもの事だったから、目覚めても暫くはぼうっとしていた。
だけど、違った。
薄暗いのは同じでも、違ったんだ、視界に入るものが。

「…っ?!」

それに気づいた瞬間、ガバリと跳ね起きた。

「…何処だ?」

寝かされていた寝台のそばにあるテーブルの上に置かれた燭台、そこに立つ短い蝋燭の小さな灯りに照らされた室内。それは、ここ数日過ごし、見慣れてきた寒々しい室内とは違うものだった。
そう広くはないが、あの古びたテーブルや椅子ではない。見える床は冷たい石造りではなく木の板のようで、その上には毛足の長い絨毯までが敷かれている。
一瞬、牢に突っ込まれたのは夢で、遊び相手の娘達の誰かの部屋にでも来ていただろうか、なんて思う。

だが、そうでない事はすぐにわかった。

突如、ぐらりと揺れた視界。起き上がり座っていた寝台に、また倒れる。

「…何だよ、今のは?!」

未だかつて感じた事のない揺れに身も心もパニックになり、思わずヒステリックな声が出てしまう。

「誰か!誰か居ないのか!!?」

布団の上に蹲り声の限りに叫ぶと、部屋の扉が開く音がした。

「どうした」

低い声と共に入って来たのは、長い黒髪を後ろの高い位置で束ねた背の高い男だった。服装も、見慣れない異国の黒っぽい衣類。人を呼びはしたが見た事も無い男の登場に呆気に取られ、私は言葉を失う。
しかし私の様子を気にも留めず、男は寝台に向かって歩いて来て、私を見下ろした。

(何だ、この者は…)

男の持つ独特の威圧感に気圧される。誰かに似ている、と思った。だがそれが誰なのか思い出せない。頭が重く、記憶に霞でもかかったようだ。
痛みの走ったこめかみを手で押さえながら俯くと、男が口を開く気配がした。

「具合いが悪いか」

「…」

口の利き方に腹が立ち、返事を返さない。この男、私が誰か知らないのか?
知らないからこの不敬な態度と口振りなのか?
きっと睨み上げると、男はまた言った。

「具合いはどうだと聞いている」

それを聞いて、私の短い堪忍袋の緒が切れた。

「何だその口の利き方は!私は第4王子シュラバーツなるぞ」

そう、口から放った瞬間、男が哄笑。

「はははははっ」

突然笑われた私は、訳がわからないまま肩をビクつかせる。何だ、一体。

そして無言になってしまった私の前で一頻り笑い終えたらしい男は、奇妙な事を口にした。

「西の王国アンリストリア王家の第4王子シュラバーツは死んだ」

「…は?」

何を言い出すのだろうか、この男は。
私は再び呆気に取られた。
よりによって私本人を前にして、とんでもない冗談を言えたものだ。冗談にしても王族の死を口にするなど、いよいよもって不敬極まりない。
私は額に青筋が立つのを感じながら立ち上がり、男に相対した。やはり男の体躯は大きく、僅かに過ぎる恐怖心。しかし私は王子だ。誰も私に手出しなど出来ない。王である父上以外は。兄上達だって、私が仕出かした事に腹を立てられる事があっても手を上げたりなどされなかったのだから。

だから私は、常日頃の傲慢な態度で男に言い放った。

「どこの馬の骨かは知らんが、変な冗談を言うんじゃない。私の顔を知らないのか?」

すると男は、今度はふっと鼻で笑った。
蝋燭の光を背にして影になっていたその顔。しかしこれだけ近くなれば、暗闇でもないから認識できてしまう。
整った顔立ちの中の、酷薄そうな切れ長の目には黒真珠のような瞳が嵌っている。異国の男は、恐ろしいほどの美貌の持ち主だった。それこそ、私のいけ好かない従兄弟殿と張り合うような。いや、甲乙つけ難いが、属性は真逆だ。
従兄弟が眩い光とするならば、この男は黒く深い闇の色…。

思わず見蕩れてしまってから我に返った。私とした事が、こんな得体の知れない人間に気を抜くなんて。

男はそんな私の顔をずっと見ていたようで、笑いを含む声で言った。

「知っているとも。何せ、一目惚れの相手なのだからな」

「は…」

知っている?知っている上でくだらない戯言をほざいているというのか?

言葉に詰まった私に、男は告げる。

「ここは船の中だ」

「…船?」

それはまた予想外の答えだ。私は驚いたが、言われてみれば先ほど感じたのとは別に、ずっと細かく揺れている事に気がついた。

「…何故、船になんか」

そんなものに乗り込んだ記憶などない。無い、筈だ。

「思い出せないか?あの塔の中の牢から救い出してやっただろう」

「救い出した…?」

やはり私は北の塔に居たのだ。そこから…救い出された?どういう事だ?

ずきずきと痛むこめかみを押さえ、混濁した記憶を手繰る。一体、何が…。

「…あ…」

そうだ。私はあの北の塔の、窓から空ばかりが見えるだけの寂しく寒い部屋のベッドで横になっていた。
従兄弟への憎しみと、私を見捨てた者達、こんな場所へ私を放り込んだ父上への恨みに歯軋りをしながら。
部屋の天井の隅の暗闇にかかる蜘蛛の巣を見詰めながら、私は悪くないと自分に言い聞かせている内に、何時の間にか意識が落ちて…。

意識が浮上したのは、気配がざわめいたような気がしたからだ。何時もは耳が痛くなるほどに静かな塔の夜には珍しい事だった。
何かあったのかとふと目を開けると、ベッドの傍にほ黒づくめの衣装に覆面姿の人間が3人立っていた。心臓が止まりそうに驚いた。

何時の間に。
突然音も無くそこに現れた侵入者に、叫び声を上げそうになった。だがそれは、口を布で塞がれた事によりかなわなかった。

朧気になっていく意識の中で、3人の内の1人の肩に担がれたのがわかった。再び目が閉じてしまう前に目にしたのは、塔の中の長い螺旋階段と、倒されている守衛達の姿だった…。


「少しは思い出したか?」

薄暗い部屋の中、男の声が響く。だが、どう返しで良いのかわからない。
思い出しはした、だが状況が把握出来ない。
つまり、私は攫われたという事なのか?

何故だ?何の為に?金か?王族を人質にして身代金をゆするつもりなのか?
しかし、なら何故私は今船なんかに乗せられているんだ?

意味がわからない。
金が欲しいのなら厳重な警備に護られた塔の中に居る私を狙う必要は無い。
この男の…いや、コイツらの目的は何なのか。
私はこれからどうなるのか。

急に背筋が寒くなり、体中に震えが走った私に男は残酷に告げた。


「王子は死んだのだ。お前はこれから、タダの奴隷だ」

震えが強くなる。

こめかみの奥が、更に強く痛み始めた。








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