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[完] 召喚癖ってどう思う?
しおりを挟む行かなければ。
俺は何かに突き動かされたように次の駅で降りて、逆方向への電車のホームに走っていた。各駅に乗り換え、ビルが見えた時にちょうど通過した駅迄戻る。
専門学校のあのビルはその駅から直ぐだ。手掛かりがわかるのではと思ったのだ。
アスラン本人はあの世界に行っていて此処には居なくても、彼奴が存在した足跡が見つかるんじゃないかと、そう思った。
誰か、彼奴の事を知ってる人間が居るに違いない。あれだけ目立つ奴なんだ、関係者の1人や2人、あの専門学校の生徒に聞けば、きっと…。
けれど、期待は裏切られた。
その学校から出てきた生徒を数人捕まえて聞いてみても、アスランなんて生徒を知っている生徒は居なかった。そんな名前は聞いた事が無い、在籍していないのではないかと迄言われてしまった。
まさか、召喚された人間がこの世界から消えると、その人間に纏わる記憶が人々の中から消える…? それとも、アスランの元の世界は此処では無く他の似た平行世界なのでは?
俺は消沈して、道の真ん中で俯いた。もうすっかり夕方だ。
俺は急に、自分がこの世界にたったひとりぼっちなのだと感じた。どうにもできない孤独感だ。
腹を撫でていたのは無意識だった。
俺が狂ってしまっているのでなければ、昨日迄は確かに俺の中には彼奴の子供が宿っていた筈だった。
ずっと一人で平気だった俺を、執拗く口説いて付き纏って、この心と尻の中に図々しく入り込んできた男は幻だったのか。
いや、そんな筈あるか。
第一、俺には男に口説かれたい願望なんか無かったのだ。そんな俺が、好き好んであんなリアルな処女喪失夢なんか見てたまるか。
「俺が、覚えてりゃ良いさ」
アスランは確かに居たんだと。
「…輝?」
聞き覚えのある声で呼ばれた俺は振り向いた。
「え…?」
見覚えのある金の髪、長身、すらりと長い脚。
俺を呼んで、そこに立っていたのは確かにアスランだった。只、昨日迄見ていたアスランとは何かが違う。
その違和感を感じていたのに、俺は反射的に走っていた。
「アスラン?!お前、何で…?!」
何故、この世界に。何というご都合主義。
咄嗟に駆け寄った俺の質問に答えてはくれないままのアスランに、強く抱き締められる。仄かに漂うフレグランスに混ざって、最近鼻に馴染んできていた体臭がする。
「輝、輝だよな?やっぱり輝だ」
「ああ、俺だ」
答えながら俺も思った。
(ああ、アスランだ…)
やっぱり、アスランだ。
でも、何だか…。
暫く抱き締められて苦しくなった俺は、アスランの腕を軽く叩いて力を弱めるように言った。
そして間近で見たアスランに、違和感の正体を知った。
「…アスラン、ちょっと老けたか?」
「輝は若く感じるな。…いや、そうか、変わらないのか」
「ん?」
「…あー…そうか、ちょっとややこしいか」
「?」
そして、少しばかり移動した近所の公園で、俺はアスランに全てを聞いたのだ。
そもそもが、アスランが異世界召喚されたのは、今から5年も前だったのだという。5年前に召喚されたアスランと俺が、あの世界では同じ時間の流れの中に居たのは異世界ならではというか何というか。
「目を覚ましたら輝が居なくて、俺は荒れた…」
「そうか。済まなかったな。俺の所為ではないけどな」
俺だって驚いたし混乱したが、俺に消えられたアスランの荒ぶりようは、それは壮絶なものだったらしい。(本人申告)
せっかく孕ませた俺が居なくなり、アスランは魔道士や聖女♂︎達に俺の行方を探らせたが、気配は全く辿れず。数日経過した頃、申し訳無さげな顔をした聖女♂︎に、どうやら世界から存在自体が消えているようだと告げられたアスランは荒れに荒れた。どれくらいの荒れっぷりだったかと言うと、自棄になり暴走してソロで魔王を討伐しに行って魔界を焦土にしてしまったくらいの荒れっぷりだったらしい。(本人談)
敵に回したくないキ○だな。
どうやらアスラン的には魔王討伐をクリアすれば、異世界に留め置かれる理由が無くなってワンチャン帰れるかも、と思ったらしい。現に俺が消えてるし、異世界自体から気配が無くなっているという事は、元の世界に戻った可能性もあると考えたのは当然だろうな。
そして、事態はアスランの目論見通りになる。魔王に八つ当たりして必要以上にみじん切りにした時、奇跡が起きた。
勇者であるアスランの神力が強大な魔力を持つ魔王を刻んだ為に起きた力の放出により、勇者の最も望んだ物が具現化したのだ。
何がって、勿論帰還の為の魔法陣である。力技過ぎるし刻まれ死する魔王とか聞いた事が無くて哀れを誘うな。
そして、召喚された元の日時に戻されたアスランは、それから俺を探しながら五年間を過ごしていた。
(何でもっと詳しく住所聞いとかなかったんだろう…)
と、深く後悔しながら…。
さっき俺が考えたように、違う世界の人間だったのかもと思った事もあったらしい。でも、希望を捨て切れなかった。
もしかしたら何時か、自分の話した実家や学校の情報を元に、俺がひょっこり訪ねて来るのではないかと、そう思っていた。その為に、とっくに卒業した専門学校の前を通る事を日課にしたりしていたと言うから流石の執念深さだ。
「輝は何時かきっと、俺の前に現れると思ってた」
昨日見たより大人びた、でも同じ笑顔でアスランが笑う。
そうか、5年か。という事は、今俺達は同じ歳か、アスランの方が一つ上になるのか。
もう、デカい癖に放っとけない歳下のアスランじゃないんだな。
俺は目を細めてアスランに笑い返した。
素直に会えて嬉しいと感じているって事は、俺はとっくに此奴に絆されていたんだろうな…。
背中に回されたアスランの腕は、何時もよりがっしりとしているようだった。俺は少しの間抱き締め返してから、アスランの顔を見つめた。
澄んだ緑色の瞳と視線が絡んで、俺達は自然に唇を重ねた…。
が。
アスランとキスを交わした途端、空から光る魔法陣のようなものが降りてきて、巻き上がる風が俺達を囲み浮かせる。
突然の展開に俺とアスランは目を慌てて顔を見合わせた。
え?何だ、まさかこれは…。
何処からか声が響いた。
『勇者様方、どうか我々の世界をお救い下さい。
貴方がたの力が必要なのです。
御二方と、そして最も力強い、これから生を受ける新しき勇者様の…。』
そんな声が聞こえてきて、俺とアスランは抱き締めあって空に浮かぶ召喚陣を見上げた。
これから生を、って…まさか俺の腹の子、未だ有効なのか?
驚愕を隠せない俺に、アスランは更なる驚愕材料を告げてくる。
「あれ、前と違うな。…多分、別の世界からの召喚だ」
強風に金髪を躍らせたアスランが陣を見上げながら俺に言う。何故唇の端が少し上がっているのか。まさかwktkしているんじゃないだろうな。貴様はドMか。
しかし真っ当な常識人の俺は気が気じゃなかった。
嘘だろ、そんな。せっかく元の世界に戻れて、再会出来て、ハッピーエンドになるんじゃないのか、普通。
そんな俺の心を他所に、巻き上がる風は威力を増していく。
「嘘だ…嘘だろ…?」
諦め悪く呆然と呟く俺を、強く抱き締めてアスランが笑う。
「大丈夫。今度は3人だ。パーッと片付けてさっさと帰って来ようぜ」
それに答える前に、俺とアスランは光の輪に飲まれたのだった。行き先なんか、想像もできないまま。
二度目の異世界に、今度は君と。
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