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しおりを挟む少し慣れてきたところで仕事を辞めてしまった俺に、両親は呆れ顔だった。だけど続けてバイト探しを始めたのを見て、黙ってる事にしたようで何も言われなかった。一応やる気はあるみたいだって判断したらしくて、それを削ぐ真似はしたくなかったんだろうな。またパラサイトに逆戻りされたら堪んなかったのかも。
で、次に俺があたりをつけた仕事は内勤で出来る仕事だった。表に出る接客だと、また知った顔に会ってしまうかもしれないと思ってさ。
せっかく高校卒業した日にスマホを番号ごと変えたのに。しがらみ全部捨てようと思ったのに、今更過去に足を引っ張られるとか冗談じゃない。
信じられない事に、俺を抱いてた歴代トップ3人以外にも在学中から俺に色目を使ってきてた奴は何人もいた。あの時期のあそこは少し特殊な空気になってたから、卒業して進学なり就職なりして女が普通に居る環境になればまともに戻ってる奴もいるだろうけど、みんながそうとは限らない。女と付き合えてるかもわからないしな。
卒業してトップの庇護が無くなった俺なんか、そんな連中に見つかったら、手頃な無料ダッチワイフくらいに思われそうじゃん。
無理だし。
何のメリットも無いのに男に足開く意味ねえし。
しかも俺が相手してたトップ3人はあの中では奇跡的にイケメン揃いで優しかったからまだ耐えられたけど、ブサイクだったら俺、とっくにメンタル病んで自〇してたかんね。
…つーか、あの特殊な環境離れたらさ、不良のトップって言い方もヤバいくらいダサくね?
新たに仕事を探し始めて、一週間ちょっとで次が決まった。今度は4件面接予約を取ってたんだけど、最初に行ったとこで採用された。コンビニで基本的な挨拶とか接客を少し教わったから、それを踏まえて大きめの声ではっきり話すようにしたのが良かったのかも。
新しいバイト先は大手ファストフード店のキッチンスタッフ。まあ、裏方。チラッと見えても制服の帽子とマスクしてりゃ平気だろ、って感じ。今度は前のコンビニとは逆方向の何駅か先だから豊田先輩とも会わない筈だ。しかも勤務時間も朝から夕方。
ホストなんて夜の仕事とは、活動時間帯が真逆だ。
俺は意気揚々と働き始めたよ。小さい頃から馴染みがあって、学生の頃は放課後よく利用してたような店で、自分が食べてたメニューのレシピを覚えるのは結構楽しかった。
俺、どうやら働くのは嫌いじゃないみたいだぞって気がついた。興味が出てくると人間って覚え早いよね。
1ヶ月も経つと、一通り覚えて、店長やマネージャーにも褒められるようになった。
時間帯なのか同年代はいなかったけど、古参の主婦パートのおばちゃん達も優しかったし、商品も社割で安く買えたし、休憩の時にお菓子を貰えたりして、なかなか楽しい職場だった。
そこでは結構続いたよ。1年ちょっとかな?時給も上がったし居心地良かったからずっとやっても良いなって思ってた。小遣いせびられなくなったからか、親も喜んでたしな。平和だった。
でも終わりって、ある日突然来るもんなんだよな。
何時ものように退勤を打刻して着替えて、おつかれっしたーって挨拶して店舗から出てさ。駅に向かってほんの数メートル歩いた時に、何人かの男が進行方向に立ち塞がってるのが見えた。
ちょっとテレッとした素材の黒いシャツを着た奴と、派手な柄シャツの奴と、ストリート系のダボッとしたカッコをした奴。
夕方で日が暮れかけてるけど街灯が灯るにはまだ少し間があるって時で、そいつらの顔は見えなかったけど…何か、わかるじゃん?あんまり関わっちゃいけないなって雰囲気って。
だから俺もその直感に従って、道の端に移動しながらそいつらの横を抜けようとしたわけ。
「凛。」
通り過ぎたと思った瞬間、低い声で名前を呼ばれた。
咄嗟に走り出したよ。本能的にやべぇってわかった。だって、すっげぇ知ってる声だったんだもん。
でも、残念ながらすぐ捕まった。
追い込まれて、3人に囲まれて、近くで顔を見た。やっぱり豊田先輩。髪が黒くなってたからわかんなかったよ。あとの2人も見覚えのある顔だった。あの頃、トップになった久松先輩に次いでNo.2だった豊田先輩を慕って付いてた2人。
「随分探したんだぜ、姫。ひでえじゃねえか、約束ブッチとかさ。」
俺を捕まえた豊田先輩は、もう姫呼びに戻ってた。俺、嫌いなんだ、その呼ばれ方。嫌でもあの頃に引き戻される。男の尊厳を踏み躙られて、力づくでオンナにされてたあの頃に。
「どうして、ここ…。」
震える声でそう聞いた俺の髪をシルバーのごつい指輪の着いた指ですくって耳に掛けながら、黒髪にブランドらしい黒シャツの豊田先輩はふっと笑った。
「仲間と店の連中、その関係者全員にあの日撮った姫の画像を共有してな。
思ったより手こずったけど、何日か前にはやっと特定できた。」
撮ったって、あの再会した日に、って事?それに、今日見つかったんじゃなく既に何日も前から張られてたのかって、脱力した。
「隠れてりゃ大丈夫だって思った?」
答えられなかった。
「姫の家、何時の間にか引越してたんだな。把握してたと思ったのに、びっくりだわ。」
「……。」
うん。実は俺んち、俺が三年に上がってすぐに母方のじいちゃんが亡くなって、母親が相続したマンションに引っ越したんだ。それまでは賃貸だった。俺の送迎を任されてた先輩達は、そこを知ってた。でも、先輩達が卒業して相手が有沢になって送迎担当が下級生に変わってからは、大丈夫だからって学校の最寄り駅からは一人で帰ってたんだ。
だから今の俺の住所を知ってる奴は一人もいない筈だって、タカを括ってる所はあった。
だけど…そこももう、知られていると思った方が良さそうだ。
俺は豊田先輩から視線を逸らして、唇を噛んだ。
そんな俺の様子を見て、きっとこの人は嘲笑ってるんだと思った。
「……どうして今更、俺を探すんですか?」
もう何年も前の話じゃないか。過去だ。普通に戻って普通に生きていこうと思ってる俺を、何で放っといてくれない?
豊田先輩は少し黙って俺を見てた。肩越しに、俺達がいる路地の入口を見張ってる2人と、彼らの前に車が停まるのが見えた。
一瞬横目でそれを確認して、豊田先輩は俺に言ったよ。
「この間、ウチの殿が帰国されてな。
姫に会いたい会いたいってうるさいんだよ。」
深い穴に突き落とされるってこういう事なんだって、思った。
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