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弥一
しおりを挟む弥一という男がいる。
彼には似ても似つかない、3歳下の妹がいる。
彼が一族内で特別な存在となったのは、中学に上がって直ぐの頃。
度々αを迎え入れながらもなかなかそれが発現しない家系にあって、分家に生まれながらもバース性α、と判定を受けた弥一は本家の養子に迎え入れられた。
弥一は学業を始め、あらゆる面で直ぐに頭角を現し、高校に上がる頃には家業の一部を担うようになった。
そしてその成果を1つ積み上げる度、親族達は未だ歳若い弥一に追従した。
弥一の実父もそれに伴い、一族内で ある程度の力を得た。
問題はそこからだ。
弥一を本家に召し上げられた父と母は、残された妹を溺愛するようになった。
それが良くなかった。
弥一の妹は、皮肉にもΩだった。
せめて彼女がβだったなら、彼女が起こした数々の不祥事は、起こりえなかったのかもしれない。その点では彼女も、バース性というものの被害者と言えるかもしれない。
しかし、それが他者を踏みつけて生きて良い理由にはならない事を、甘やかされて育った彼女には最後迄理解出来る事は無かった。
その日、弥一が仕事先から一時帰国したのは、妹の内輪での婚約パーティーがある事を知っていたからだった。
本家と分家に分かたれたとは言え、血の繋がった妹である。
少々不出来で色々問題を起こしがちだからと言って、祝福しない訳にはいかない。
故に、弥一はサプライズで帰って来たのだ。
本家に帰ると、ちょうど妹が婚約者の男を連れて挨拶に来ていた所だった。
相手の男ににこやかに挨拶をすると、生気は無いが、礼儀正しい返礼と柔和な笑みが返ってきた。
見た瞬間から、良い男だと思った。
短く整えられた黒髪、切れ長だけれど優しい印象を与える不思議な眼差し、αらしく男らしい、整った顔立ちだ。
体格も良い。
特にあの腰は良い。程良く締まっている。
ああいうのは味が良いんだよな、と 同性喰いである弥一はスーツの男をまじまじと観察した。
(彼奴にしては、質の良い男(α)を捕まえられたもんだ。)
弥一は初めて妹を見直した。
だが…
とても、釣り合いが取れない相手だ。
実の兄である弥一が言うのも何だが、妹はΩとして以前に人間として欠陥がある。
こんな男が妹のような女に惚れるとは思えない。
何かあるのでは、と思って少し探らせたのは、単なる好奇心からだった。
「なんて事をしてくれたんだ、あの愚妹め。」
報告書を読んだ弥一は、呆れてしまい やっと出たのがそれだった。
本当に、あのバカ女もバカ父も、何を考えているんだ。
こんなクソみたいな事に金と人材を使い捨てやがって、と弥一の眉間には深い皺が刻まれた。
妹は、相手がいる男を脅迫して奪っていた。
しかも既に、男の相手だった少年には実害を与えている。
それを実行する為に勝手に動員された人間は、別の連中を使い消していた。
妹にせがまれてそれに加担したのは勿論、父だ。
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここ迄突き抜けた馬鹿だったとは。
あの愚妹と両親と血縁関係があると思うと気分が萎えた。
しかも、パーティーの時に不審に思った事。
番になんかなってないじゃないか。
愚妹の臭い匂いがただ漏れだ。
弥一の一族には弥一の他には老齢の祖父や叔父くらいしかαがいないから誤魔化し切れると踏んだのだろうか。
弥一が帰国するとは思わなかった妹は、きっとそう浅知恵を働かせたに違いなかった。
それにしても、久々に会っても 同じ血を分けた肉親とは思えない程に妹のΩ臭は臭かった、と弥一は思った。
我が妹ながら、Ωの中では最低ランクなのでは、と正直、思う。
せめて、性格が良ければやりようはあったと思うのだが。
まともなαがこの欠陥品を選ぶ訳が無かったな、と弥一は男の側の報告書を見ながら妹を嗤った。
報告書に添付された男の相手だった少年の画像は、妹とは比べ物にならない程 清廉で 無垢さが滲み出た顔で笑っていた。
こんな可愛らしいΩが傍にいるαが、正攻法で妹を選ぶ訳がないからの愚行だったのだろうが、それにしたってやり方が惨く、卑劣過ぎた。
弥一の一族の家業も決して綺麗なものではないが、妹達のやった事はそれとは全く種類の異なるものだ。
男を連れてきた経緯にも、現在進行形でやっている事にも、これ以上は目を瞑れない。
番契約詐称は立派な犯罪だ。
パーティーの日から、会う度に窶れて目つきが鋭く荒んでいく男の事を思い浮かべ、弥一は溜息を吐く。
( いっそ、奪って俺の傍に置くか…。)
男にとっても、アレに縛り付けられているよりはマシではなかろうか。
最近は男も、弥一を見つけるとホッとしたように微笑み、妹の傍を離れて歩み寄って来る。
妹としても、本家の惣領息子である弥一に顔を売って損は無いからと計算しているのか、何も言わないようだった。
弥一はαとしては、優美で線が細い印象を受ける顔立ち。
同性という事もあり、男にとっては妹よりも気を許せる相手になっているのかもしれない、と弥一は思う。
酷い目に遭わされた愚妹といるよりずっとマシだと考えているのだろう。
( 俺が飼ってやるか。)
自分を見る時にだけ、わずかに光の宿る男の暗い瞳を思い、弥一はニヤリと唇だけで笑った。
その笑みだけは、弥一は妹と似ている。
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