番、募集中。

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匂い

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何だって言うんだ。
話が見えない、全く見えない。

今更そんな事言われても困る。
俺はやっと立ち直れて、自分の足で幸せを掴めそうな気になってるのに。
なんでそうなれそうな時に現れて、そんな事言うのかなあ。

自分は幸せなのに、俺が幸せになっちゃ駄目なの?

「春兄、離して…。」

「嫌だ…。ヒィの匂い、久しぶりだ…。」

「はっ、離せってば!」

うなじを嗅がれてゾッとした。
怖い、怖い、何?

物心ついた頃からαの春兄の匂い付きだった俺に首輪を付ける習慣は無い。
別れてからだって、俺なんかを噛む奴なんていないから、そんなもの無縁だったのだ。
つまり、俺のうなじは、丸腰。


「つ、番見つけたんだろっ、何しようとして…っ、」

俺は怖くなって春兄の腕から抜け出そうともがいたが、圧倒的な腕力差に全く無駄に終わる。
ずっと幼馴染みでいて、こんな乱暴な春兄は知らない。


でも、俺は気づいた。
そうだよ。噛まれたって番にはならない筈だ。だって春兄には番がいる。最悪の事態は免れる筈だ。

「アイツとは……」

「緋夜から離れろ。」

春兄が何か言いかけた時、俺の体が強い力で引っ張られた。
そのまま厚い胸板に顔がめり込みそうになる。

「覚…。」

「アンタ、何なんだ。緋夜に何しようとした。」

頭の痛くなるくらい、強いプレッシャー。

覚は怒っている。

まともに覚の圧を食らいながらも一歩も後退りひとつしなかった春兄は、思ってたより強いのかもしれない。


「近づくな、俺のΩに。」


覚は、今度はじんわりと言い聞かせるようなプレッシャーを滾らせた。まるで牙を剥いた野生動物のようだ。
流石にそれには春兄も分が悪いと思ったらしい。

悔しそうな顔をしながらも立ち去っていく。


それを見送りながら、俺の心臓は未だ恐怖で大きく鳴っていた。

何なんだ、何だった?
何をしようとした?

春兄の言動が理解できない。


「大丈夫?」

気遣うような声に見上げると、覚が心配そうな表情で眉を下げて俺を見ていた。
今にも春兄を噛み殺さんばかりだった、あれだけのプレッシャーも微塵も残らず消えている。

それで初めて、俺はホッとできた。

「ありがと…。よくわかったね、ここ。」

「遅いし、LIMEも返ってこなくなったから、おかしいなと思って車降りたんだ。
そしたら緋夜の匂いがしたから…。」

「え、匂い?俺、別にヒートじゃないけど…。」

そう言うと、覚はふふっと笑った。

「俺には、わかるんだ。
緋夜の匂いは一番強く感じるから。」

「……そう、なんだ…?」

俺の匂いは平均値の筈だ。
つまり普段は微量にしか出てない。
それに、事件以来、ヒートも止まってる。

それなのに、わかる?

怪訝な顔をしているのが自分でもわかる。
そんな俺に、覚は言った。

「俺はね。緋夜を運命だと思ってる。」

「は、え?運命?」


運命…運命?

それは、アレか。俗に言う、運命の番?とかの、運命って事?

いや、いやまさか。まさかな。


覚は呟く。


「遺伝子相性100%の相手…。」

うん、そうだな。
俺も、そう聞いてる。

一生会えずに死ぬ確率の方が高い、そんな幻のような存在だ、運命の番なんて。


「そうでも、そうでなくても良いんだ。
俺は緋夜に惹かれた。
好きになった。
この気持ちを遺伝子の相性だけで片付けられたくない。」

「うん。俺も、そう思う。」

「遺伝子はどうでも良いんだ。
俺自身が緋夜を運命だって思ってるんだから。」

俺を見る覚の目は優しい。

何でこんな何の取り柄も無い、つまんない醜い俺をそんな目で見れるの、覚。

目頭が熱くなる。

泣きそうなのを見られたくなくて、俯く。

覚はそんな俺の手をそっと握って、

「寒いね。車乗ろ。」

と言って、歩き出した。

俺の手を引いて、ゆっくり少し前を歩く覚の背中。

あたたかい。
覚は、あたたかい。

春兄は優しかった。
春兄もあたたかかった。

でも、もう違う。
何があったのかはわからないけど、もう違うと思った。
俺と春兄の歩く道は、もう同じになる事は無いんだ。




( 覚が、いいな……。)


俺はいきなり強くそう思った。


途端に、覚のαの匂いが強烈な迄に鼻をつく。先刻迄の比ではない程の、鼻をつき脳髄迄染み込むような、覚の匂い。

一体どうした事だろうか、これは。

俺は貧血を起こした時のように膝が崩れ、蹲った。

突然しゃがみ込んだ俺に覚が驚いて、前のめりに倒れそうになったのを支えてくれる。



ーーー何なんだ、これ。
     何だってんだ、いきなり…ーー

俺の体はどうなってるんだ。



「大丈夫?救急車…」

「大、丈夫…、急に、匂いが…強く、なって……」


途切れ途切れに告げた俺に、覚は驚いた顔をして、次にはにやりと笑った。



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