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遭遇

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覚と会ってから、俺は少し物事をポジティブに捉えられるようになった…気がする。

俺が醜いのは変わらないが、全ての人が俺を見下す訳でも、目を背ける訳でもない。
憐憫の目を向けられるのは未だ辛いけれど、憐憫を向けてくる相手は少なくとも俺を攻撃したりはしない。
本当に危険なのは、粘着してくる人間。
そこにどんな意図や感情があっても、それは容易に俺を傷つける刃に変わる。



そんな事、身をもって知っていたのに、俺は……。









「ヒィ。」

「……春兄…。」


最初に会ってから1週間後、連れて行きたい場所があるから会いたいと覚に言われ、俺は夕方家を出た。
近く迄迎えに来ると言っていたから、飲み物だけでも買っといてあげたい。寒いし。

そう思い、近所の自販機に寄ろうと思って少しだけ早目に出たのだ。

そうしたら、別れてから全く顔すら見なかった幼馴染みの元彼に呼び止められたのだ。

懐かしい声に、少し心が揺れた。一瞬、以前に戻ったような錯覚。


「あ…久しぶり…。こっち、戻ってたんだ…?」

「ああ。冬休みだからな。」

「そっ、か。」

それきり、会話が途切れた。
少しの沈黙。

春兄は隣県への大学進学で、大学近くに部屋を借りて住んでいる。
だから顔を合わせずに済んでいたというのもある。

あ、そうだ。

「そういや、番になったんだよね。婚約もしたって聞いた。オメデト。」

「……知っていたのか。」

「うん、こういうのはさ、誰が言わなくても何処からか、ね。」

SNSだけど。

「そう…、か。
……すまない。」

「何で謝るの…?
仕方無い事じゃん。」


春兄にとって俺は、幼馴染みで、可愛がっていた弟みたいなもので、その延長で何となくずっと守ってやらなきゃ、みたいな…義務みたいな感じの相手だったんだろう。
俺だって、そうだった。
恋じゃなくて、親愛だった。
激しい恋愛感情なんか無かった。
 
だから、春兄が俺から離れて本当に好きな人を見つけたのは普通の事で、当然の権利だ。


俺達は番ではなかったんだから。



 なのに春兄は、俺の言葉にクシャッと顔を歪めた。
初めて見る表情だった。

記憶の中の春兄は、何時も穏やかで、少し困った顔をする事はあってもこんな風に大きく表情を歪める人ではなかった。

別れを告げた、あの時でさえ。



「違う…、俺は…、ヒィ、俺は……、」
 
「大丈夫だよ。俺、ちゃんとわかってる。恨んだりなんか、してないからさ。」

本当に。

マスクの中で精一杯笑顔を作った俺に、春兄は今度は泣きそうに目を赤くしている。

何で。

本格的に気不味くなり、自販機で自分のカフェオレと無糖のコーヒーをホットで買う。
覚にはこないだコンビニで買ったのと同じやつ。
ガコンと落ちてきた缶が熱くて、コートの両ポケットに突っ込む。熱ぅ…。


春兄は何も言わず、俺を見ている。
これ以上話すとあんまり良くなさそうだな…、と俺は思って、

「じゃあ、また、ね。」

と、春兄に別れを告げ、待ち合わせ場所の曲がり角に歩こうとした。

「ヒィ…。」

後ろから、抱きすくめられて俺はびっくりして一瞬息が止まった。

「え、なに、春……」

「俺は別れたくなんか無かった!ずっとお前を守りたかった!!だからお前の為に俺は、ーー」

「何言っ……」

本当に、何言ってるのかわからない。
支えられないって言って離れていったのは春兄の方だ。 


「あの男と会うのか。」


聞いた事の無い、くぐもった、暗い声。

あの男、って…。
覚の事だよな。それを、何故知ってるんだ。


「…何で知ってるの。」

問う声が震えるのは何故だろう。

「……先週、見たんだ。こっちに帰って来た夜に。」

そうか…見られてたのか。
全く顔すら見なかったのに、よりによってそんなタイミングで遭遇するのか。

「…そっか。」

「アイツ、ヒィの新しい男なのか。」

「……そうだよ。多分、番になる、予定。」

春兄が黙る。

いや、何で?
別れてさっさと番作った元彼に何でそんな事聞かれなきゃいけないんだ。
春兄も、何でそんな事気になるんだよ。

幸せなんだろ。
捨てた俺の事なんか、放っといて欲しい。


「…噛んでおけば良かった…。」

「?!」

肩越しに振り向いて見上げた春兄の目は、暗く澱んでいた。






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