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しおりを挟む「先輩に会いたくて、追っかけてきちゃいました~。」
妙に鼻にかかった甘ったるい声でそう言った各務君は、僕と繋いでるみずき君の右手を見ると、チッと舌打ちをした。…うん、そういうとこだよ。普通、好きな人の前でそんな顔や仕草を見せるものかなあ。君、ホントにみずき君の事、好きなの?って疑わしくなっちゃうな。
そう思って隣のみずき君を見上げたら、やっぱりみずき君もうわぁって顔してドン引きしてた…。そりゃそうだよね~。
「ちょっと!何でアンタがいるの!」
「おい、ランにふざけた口をきくな」
「何でって…僕も2年でみずき君と同じクラスだからだよ」
鬼みたいな形相で僕に怒鳴った各務君と、そんな各務君を睨みつけて僕を庇うみずき君。そしてみずき君の右脇の下から各務君に返事を返す僕。だってそれ以外に答えようがないし。
「何でアンタなんかが先輩とっ、」
…と各務君が言った辺りで、彼の後ろからキチッとした執事服みたいな服装の優しそうなおじさんがゼェゼェ言いながら走って来た。
「ぼ、坊っちゃま、お一人で歩かれては…」
「うるさいっ」
(((((誰?)))))
各務君とのやり取りを見てると、大体の関係性はわかった気もするけど、要するに関係者なんだよね。
初めて見る大人でもあるし、僕達は少し警戒モードになった。するとそのおじさんは僕らの視線に気づいたのか、深々とお辞儀をしてきた。
「お初にお目にかかります。私、有栖坊っちゃまの幼少の頃からのお世話係を申し使っております磐田と申します」
「「「「「お世話係…」」」」」
なるほど。各務君のお家ってお金持ちなんだね。お世話係がいるなんて、2次元とかでしか見た事ないから実物って初めて。僕は興味津々でおじさんを観察した。他の皆も、へえ…って顔してた。わかるよ。
「本日は、お坊ちゃまがどうしてもお慕いする番候補様にお会いしたいと仰られまして…はばかりながらこうして修学旅行先に押し掛けてしまいました次第でございます。」
おじさんは丁寧に話してくれてるけど、聞いてる僕らはその話の内容に引っかかった。
…ん?番候補様、って、なに?まさか…
「して、貴方様が有栖坊ちゃまの番候補様でおられますか。ほう、なるほどご立派なお方でいらっしゃる。」
おじさんは、各務君に片腕を掴まれているみずき君を見て、ニコニコし始めて、みずき君は慌てて各務君の手を振りほどいた。多分、もう我慢の限界だったんだと思う。
「あの!何の話ですか?」
冷たい声でそう言ったみずき君を、おじさんは驚いたような顔で見た。
「番候補って何ですか?俺には既に番を前提にした婚約者がいるんですけど」
みずき君は、背中側に居た僕をグイッと隣に抱き寄せながらおじさんに言う。
「でもまだ番じゃないじゃん!」
各務君はヒステリックに怒鳴って、周囲の注目を欲しいままにしていく。各務君、ホントに君のメンタルは太いなあ…。
そう思いながら僕は、肝心な疑問をおじさんにぶつける事にした。
「あの~、さっきから聞いてると、各務君の番候補がどうとかって言ってますけど…各務君って、アルファなんですか?」
本人のキャラクターがあまりに強烈過ぎて全然考えた事が無かったよ。でも、みずき君を単なる恋人とかじゃなく番候補にロックオンしたって事は、そういう事なのかな?
ところがおじさんの答えは僕が思ったのとは違っていた。
「有栖坊っちゃまはオメガでいらっしゃいますが…」
「えっ」
((((えっ?!))))
湯川君達も同じ事を考えてたみたいで、声こそ出さなかったけど、表情はびっくりしてる。
オメガ?各務君、オメガなの?なら何でみずき君と番になろうとか考えてんの?
各務君とおじさん以外が全員疑問符だらけなのに、各務君だけが笑ってた。
「家柄、財力、美貌が揃った僕みたいな最高のオメガには、最高のアルファが相応しいでしょ?その点、壱与先輩なら文句の付けようがないじゃない。壱与先輩だって、ちゃんと考えればそんなチンクシャより僕の方が優れてるってわかる筈だよ!」
フフンと鼻高々に言い放つ各務君を見ながら、僕達はみんな無言で顔を見合わせた。
各務君のものすごい勘違い…訂正するのめんどくさいな~…。
でも黙ってても埒があかない。僕が口を開こうとした時、みずき君が各務君に向かって呆れたように言った。
「各務。お前、何でそんな勘違いしたのか知らないけど…俺はアルファじゃない。お前と同じオメガだぞ。ネックガード、見えないのか?」
淡々と言いながら、自分の首元を指差すみずき君に、各務君の目が一瞬丸くなった。けど、すぐに苦笑しながら言う。
「またまた~。そんな冗談。だって、壱与先輩、Sクラスじゃん」
「去年はCだったぞ。ランと出会って体調が安定したから授業に出られるようになって成績が上がっただけだ。
それに、ウチの学校は実力主義だからSクラスに居るのはアルファだけじゃないぞ」
「ラン?」
ぎぎぎっ、と各務君の首が僕の方を見た。こわっ…
「ラン。俺の運命の番のアルファ」
みずき君は肩を抱いてた僕の頬にチュッと唇を付ける。
「……アルファ?そのタヌキが、アルファ?」
「レッサーだ!!!」
ショックを受けたのか、震える声でブツブツ言ってる各務君。でもちょっと聞き逃せない語彙が出て来たから、僕はすかさず訂正する為に突っ込んだよ。獣種を何度も違えるのは名誉毀損だぞ!昔なら決闘ものだぞ!この時点で心の中では素振りを始めてた。
んで、みずき君の方はワナワナ震えてる各務君にダメ押し。
「ランは希少種レッサーパンダで、その中でも稀に現れるアルファだ。
お前、何でランがアルファなのわかんなかったの?」
「だ、だって…!先輩からはいつもグレープフルーツみたいないい匂いがしてたし…!」
その言葉で、みずき君にはなるほどとわかったみたい。
「それ、ランの匂いな」
「へっ?」
「俺とラン、四六時中マーキングし合ってるから。
それに、オメガのお前じゃ同じオメガの俺の匂いは感知できねーだろ」
「……じゃあ、これは…そのタヌキの匂い…?」
「レッサーだってばっ!!」
僕はもう、我慢出来ずにファイティングポーズを取った。その瞬間、周りの観光客ギャラリーがおおっとどよめいて、何故か拍手が上がった。
…?
僕が恥ずかしくなって両腕を下げると、何もしてないのに各務君がへなへなとへたりこんだ。
なんと。どうやら鋼かと思われていた各務君のメンタルは、やっと僕の渾身の威嚇に恐れをなしたもよう。
へたりこんだ各務君に、オロオロしながら寄り添うお世話係の磐田さん。各務君を支えながら立たせて、みずき君と僕に深々と頭を下げてくれた。
「ウチの坊っちゃまがお2人に大変失礼な事を致しました。申し訳ございません。後日、改めてお詫びに…」
磐田さんはそう言って、ブツブツ言っている各務君に肩を貸しながらペコペコ頭を下げながら去って行った。
人混みに消えていく2人の背中を呆然としながら見送る僕達。
…えーと。
台風は去ったって事で、良い?
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