上 下
72 / 86

72

しおりを挟む

「先輩に会いたくて、追っかけてきちゃいました~。」

妙に鼻にかかった甘ったるい声でそう言った各務君は、僕と繋いでるみずき君の右手を見ると、チッと舌打ちをした。…うん、そういうとこだよ。普通、好きな人の前でそんな顔や仕草を見せるものかなあ。君、ホントにみずき君の事、好きなの?って疑わしくなっちゃうな。
そう思って隣のみずき君を見上げたら、やっぱりみずき君もうわぁって顔してドン引きしてた…。そりゃそうだよね~。

「ちょっと!何でアンタがいるの!」

「おい、ランにふざけた口をきくな」

「何でって…僕も2年でみずき君と同じクラスだからだよ」

鬼みたいな形相で僕に怒鳴った各務君と、そんな各務君を睨みつけて僕を庇うみずき君。そしてみずき君の右脇の下から各務君に返事を返す僕。だってそれ以外に答えようがないし。

「何でアンタなんかが先輩とっ、」

…と各務君が言った辺りで、彼の後ろからキチッとした執事服みたいな服装の優しそうなおじさんがゼェゼェ言いながら走って来た。

「ぼ、坊っちゃま、お一人で歩かれては…」

「うるさいっ」

(((((誰?)))))

各務君とのやり取りを見てると、大体の関係性はわかった気もするけど、要するに関係者なんだよね。
初めて見る大人でもあるし、僕達は少し警戒モードになった。するとそのおじさんは僕らの視線に気づいたのか、深々とお辞儀をしてきた。

「お初にお目にかかります。私、有栖坊っちゃまの幼少の頃からのお世話係を申し使っております磐田と申します」

「「「「「お世話係…」」」」」

なるほど。各務君のお家ってお金持ちなんだね。お世話係がいるなんて、2次元とかでしか見た事ないから実物って初めて。僕は興味津々でおじさんを観察した。他の皆も、へえ…って顔してた。わかるよ。

「本日は、お坊ちゃまがどうしてもお慕いする番候補様にお会いしたいと仰られまして…はばかりながらこうして修学旅行先に押し掛けてしまいました次第でございます。」

おじさんは丁寧に話してくれてるけど、聞いてる僕らはその話の内容に引っかかった。

…ん?番候補様、って、なに?まさか…

「して、貴方様が有栖坊ちゃまの番候補様でおられますか。ほう、なるほどご立派なお方でいらっしゃる。」

おじさんは、各務君に片腕を掴まれているみずき君を見て、ニコニコし始めて、みずき君は慌てて各務君の手を振りほどいた。多分、もう我慢の限界だったんだと思う。

「あの!何の話ですか?」

冷たい声でそう言ったみずき君を、おじさんは驚いたような顔で見た。

「番候補って何ですか?俺には既に番を前提にした婚約者がいるんですけど」

みずき君は、背中側に居た僕をグイッと隣に抱き寄せながらおじさんに言う。

「でもまだ番じゃないじゃん!」

各務君はヒステリックに怒鳴って、周囲の注目を欲しいままにしていく。各務君、ホントに君のメンタルは太いなあ…。
そう思いながら僕は、肝心な疑問をおじさんにぶつける事にした。

「あの~、さっきから聞いてると、各務君の番候補がどうとかって言ってますけど…各務君って、アルファなんですか?」

本人のキャラクターがあまりに強烈過ぎて全然考えた事が無かったよ。でも、みずき君を単なる恋人とかじゃなく番候補にロックオンしたって事は、そういう事なのかな?

ところがおじさんの答えは僕が思ったのとは違っていた。

「有栖坊っちゃまはオメガでいらっしゃいますが…」

「えっ」

((((えっ?!))))

湯川君達も同じ事を考えてたみたいで、声こそ出さなかったけど、表情はびっくりしてる。
オメガ?各務君、オメガなの?なら何でみずき君と番になろうとか考えてんの?
各務君とおじさん以外が全員疑問符だらけなのに、各務君だけが笑ってた。

「家柄、財力、美貌が揃った僕みたいな最高のオメガには、最高のアルファが相応しいでしょ?その点、壱与先輩なら文句の付けようがないじゃない。壱与先輩だって、ちゃんと考えればそんなチンクシャより僕の方が優れてるってわかる筈だよ!」

フフンと鼻高々に言い放つ各務君を見ながら、僕達はみんな無言で顔を見合わせた。 

各務君のものすごい勘違い…訂正するのめんどくさいな~…。

でも黙ってても埒があかない。僕が口を開こうとした時、みずき君が各務君に向かって呆れたように言った。

「各務。お前、何でそんな勘違いしたのか知らないけど…俺はアルファじゃない。お前と同じオメガだぞ。ネックガード、見えないのか?」

淡々と言いながら、自分の首元を指差すみずき君に、各務君の目が一瞬丸くなった。けど、すぐに苦笑しながら言う。

「またまた~。そんな冗談。だって、壱与先輩、Sクラスじゃん」

「去年はCだったぞ。ランと出会って体調が安定したから授業に出られるようになって成績が上がっただけだ。
それに、ウチの学校は実力主義だからSクラスに居るのはアルファだけじゃないぞ」

「ラン?」

ぎぎぎっ、と各務君の首が僕の方を見た。こわっ…

「ラン。俺の運命の番のアルファ」

みずき君は肩を抱いてた僕の頬にチュッと唇を付ける。

「……アルファ?そのタヌキが、アルファ?」

「レッサーだ!!!」

ショックを受けたのか、震える声でブツブツ言ってる各務君。でもちょっと聞き逃せない語彙が出て来たから、僕はすかさず訂正する為に突っ込んだよ。獣種を何度も違えるのは名誉毀損だぞ!昔なら決闘ものだぞ!この時点で心の中では素振りを始めてた。
んで、みずき君の方はワナワナ震えてる各務君にダメ押し。

「ランは希少種レッサーパンダで、その中でも稀に現れるアルファだ。
お前、何でランがアルファなのわかんなかったの?」

「だ、だって…!先輩からはいつもグレープフルーツみたいないい匂いがしてたし…!」
 
その言葉で、みずき君にはなるほどとわかったみたい。

「それ、ランの匂いな」

「へっ?」

「俺とラン、四六時中マーキングし合ってるから。
それに、オメガのお前じゃ同じオメガの俺の匂いは感知できねーだろ」

「……じゃあ、これは…そのタヌキの匂い…?」

「レッサーだってばっ!!」

僕はもう、我慢出来ずにファイティングポーズを取った。その瞬間、周りの観光客ギャラリーがおおっとどよめいて、何故か拍手が上がった。

…?

僕が恥ずかしくなって両腕を下げると、何もしてないのに各務君がへなへなとへたりこんだ。
なんと。どうやら鋼かと思われていた各務君のメンタルは、やっと僕の渾身の威嚇に恐れをなしたもよう。
へたりこんだ各務君に、オロオロしながら寄り添うお世話係の磐田さん。各務君を支えながら立たせて、みずき君と僕に深々と頭を下げてくれた。

「ウチの坊っちゃまがお2人に大変失礼な事を致しました。申し訳ございません。後日、改めてお詫びに…」

磐田さんはそう言って、ブツブツ言っている各務君に肩を貸しながらペコペコ頭を下げながら去って行った。

人混みに消えていく2人の背中を呆然としながら見送る僕達。


…えーと。
台風は去ったって事で、良い?





しおりを挟む
感想 172

あなたにおすすめの小説

花婿候補は冴えないαでした

BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

処理中です...