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「あいたた…ちょっと座って良い?」

猫先輩は左足を痛そうにして、チラッと僕を見た。

「あっ、どうぞ!」

足、捻挫してたってみずき君が言ってたのを思い出して、僕は頷いた。怪我人は労らないとね。

「ありがと」

猫先輩はニッコリ笑って、何故かみずき君の隣に座った。
……???
何かモヤッとする。
何だかどこからか、僕の苦手な竹の匂いがした。野生のレッサーパンダは笹とか竹が好きな事が多いらしいけど、獣人になったレッサーはそれらを苦手に思ってる人もいるらしい。僕の竹嫌いもお父さん譲りなんだよね。 だって、緑臭いじゃん。
何でも美味しくいただく僕だけど、苦手なものもあるんです。

それはそうと、猫先輩とみずき君の距離が近過ぎるなぁ。僕はチキンを齧りながら2人をじっと見守った。初めて間近に見る猫先輩は、艶々の黒髪にやっぱり艶々の黒い耳と細長いしっぽを持った美人さんだった。
そんで首には鈴の付いた首輪。

そう言えば、2年に美人の猫獣人のオメガがいるって誰かが言ってたっけ…と思い出した。でも、オメガの人って服装にひびかないように幅広薄手のネックガードを着けてる人が多いのに、この先輩の首輪は覆える面積も小さそうな細い首輪だよ、珍しいよね。しかも鈴付けてる。猫だから?
ちなみにみずき君はネックガード派だよ。薄手のオシャレな黒いの着けてる。

「壱与君ってイケメンなのに力あるよね。腕も意外とがっしりしてて…」

猫先輩はジャージ姿のみずき君の上腕部に指先をツツーッと滑らせて、みずき君にスッと体を引かれてた。それでもめげない先輩、今度はみずき君のジャージの裾を掴んだ。

「壱与君、照れなくて良いのに。俺、全部わかってるよ?」

「……なんスか?」

明らかにみずき君が不機嫌な顔をしてるのに、全然めげない猫先輩すごい。というか、わかってるって何だろ?僕はモヤモヤしながらも成り行きを見守ってた。猫先輩が何をしたいのかわからなかったからだ。
すると、僕の視線に気づいた猫先輩は僕に顔を向けて、ちょっとムッとした顔をしながら言った。

「あのさ。君、ちょっと気を利かせるとか、ないの?」

気を利かせるって、どういう事だろ?と、僕は首を傾げた。気を利かせるも何も、僕とみずき君がご飯食べてるとこに後から来たのは猫先輩なんだけど…。
僕はちょっと困って、先輩とみずき君を見た。
そして、あっ、ヤバいと思った。みずき君の目から光が消えてる!!ブワッと体中の毛が逆立つ感じがした。先輩があぶなーい!!

「あの、先輩…」

危機に気づいてもらって迅速にお引き取りいただこうと思って話しかけたんだけど、先輩はフイッとみずき君に向き直ってまた話し始めてしまった。

「コレ、お題の紙落としてったでしょ?」

ジャージの上着のポケットから4つに畳まれた小さな紙を取り出して広げる先輩。そこには、

       "好きな人"

と、雑な字で書いてある。

「…すきな、ひと…?」

僕が呟くようにそのベタなお題を読み上げると、みずき君がその紙を先輩からひったくって凝視した。

「いや、これ…」

みずき君が何か言おうとしてるのにまた被せてく先輩、ほんとにメンタル強すぎる。

「良いんだよ、君の気持ちわかっちゃったし。あれでしょ?このチビは告白避けで付き合ってるだけなんでしょ?」

「……は?」
 
「だって明らかにモテるもんね。言ってくれたら全然OKだったのに。壱与君、熊なんだよね?俺、強い人好きなんだ」

すごいぞ。この先輩、全然人の話聞けないタイプの人だってドン引きしてたら、先輩は身を乗り出して、チュッとみずき君の…みずき君の、く、唇に…キスをした…。

ガーン…。

目の前が真っ暗になる僕。キレて先輩を突き飛ばすみずき君。立ち上がって、めちゃめちゃジャージの袖で唇ゴシゴシ拭ってる。

「足怪我してるっつーし先輩だからって気ィ使ってたらてめぇ…。何してくれてんだよ…」

怒りのこもった低い声と、先輩の小さい悲鳴が聞こえたけど、ショックでそれどころじゃない。みずき君の唇が…僕だけの唇が…!!

「だ、だってこのお題…!」

みずき君を見上げながら言う先輩に、みずき君は吐き捨てるように言った。

「俺のお題はこれじゃない」

「誤魔化さなくても…」

「俺のはこれ!」

しつこく食い下がる先輩に、みずき君はジャージのズボンのポケットから同じような紙片を出して、それをずいっと先輩の目の前に突き出した。

「……黒猫…無機物可?」

「無機物可…」

少しショックから立ち直った僕は、思わず先輩の後から覗き込んで、同じように呟いてしまった。無機物可って、一応の譲歩の跡は見られるけど、難しすぎない?別のお題にしてくれた方が親切だったんじゃないかなあ。みずき君はハァ、と息を吐きながら先輩に言う。

「ぬいぐるみとか、キーホルダーとかそういうのは周りに無さそうだったからアンタに頼んだだけだ。アンタ、黒猫だろ」

「……そんな…」

呆然としてる先輩に、みずき君はダメ押しに言った。

「知ってるよな?俺はオメガ。アンタと同じオメガ。このランは俺の運命のアルファ。
例え勘違いでもさ、普通、カップルの間に割り込もうとする?」

先輩は目をうるうるさせてる。

「そんな…こんなチビが君の運命とか、嘘でしょ…?」

「俺のアルファを馬鹿にしてんの?」

「ひっ」

みずき君が、とうとう本気で怒った。圧が違うよ…みずき君、そんなのオメガの出す圧じゃないよね。チートオメガってこんな感じなの?
並のアルファより断然怖い…。

熊圧を掛けられてるのは猫先輩なのに、僕もちょっとチビりそうになった。みずき君は先輩に凄んだまま、言った。

「確かにランは今はまだチビだけどな、デカくなる為に頑張ってんだよ。チビだからって馬鹿にするな。チビでもランは可愛くて最高なんだよ。〆んぞ」


うん、わかってる。僕を庇ってくれてのセリフなんだよね、みずき君。

でもね、僕、思った。


みずき君、1回のセリフの中で僕の事チビって何回言うんだろうなって。



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