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32 壱与家初訪問回
しおりを挟む……みずき君?
予想外だよみずき君?
何で前情報くれなかったの?
僕は今、壱与家の前に来ています。現在、午後13時。
お昼も食べにおいでよとのお誘いを、お父さんとお母さんに『ご馳走になるのはまだやめときなさい』と言われて、どうしてと聞いたら、『びっくりされちゃうからよ』と返されてお家で焼きそば5人前食べてきた僕が現場からお届けします。
壱与家、塀が長い。僕もね、最初は思ったんです。みずき君が
『アレがウチ』
って指さした時、冗談言って僕をからかおうとしてるのかなって。あ、きっとみずき君ちの近所のお寺さんか何かなんだろうなって。
でもね。あはは、またまた~って笑いながら近付いてったら、表札に『壱与』ってある。壱与ってね。ジョブズならそういうよ!
…で、そっか、これほんとにみずき君のウチなんだあ…って思って眺めてたんだよね、その平屋のすっごい日本家屋を。そしたらみずき君が、
『じゃ、入って?』
って木の格子の引き戸をね、横にガラッと開けてくれて、どうぞって言ってくれてね。
中に入ったら通路に大きめで白くて丸っこい綺麗な石が敷き詰められてて、玄関までがちょっと長くてさ…。
僕、後でウチに帰る時に電車の中で検索したよ。アレ数寄屋門って言うらしいね。知らなかった。みずき君ちの門があんなんじゃなきゃ、今後も一生知らなかったと思う。
で、玄関も広かった。僕んちの玄関の十倍近くあった。
つまりね。
みずき君はやっぱり、おぼっちゃまだったって事が確定したんだよ。しかも、かなりの。
どうしよう、身分違いも甚だしいわっ!とか言われたら…。
僕はこの時点でかなり不安になってたんだけど、真顔になりながら玄関で靴を脱いでた訳です。そしたら、廊下の奥からシャッシャッて音がして、黒っぽい和服姿の綺麗で背の高い耳付きの女の人が出てきた。みずき君にすごく似てる!って見てたら、その人ら僕を見てにっこり笑った。そして、言ったんだ。
「ようおこし」
って。……極妻?
びっくりして呆然としてたら、みずき君が耳打ちで教えてくれた。
「母さんだよ」
僕はそれで我に返って、挨拶をしたんだ。
「初めまして、吉田嵐太です!」
みずき君のお母さんはそれに頷いて、
「ゆっくりしていきよし」
と言ってくれた。
歓迎されてる、のかな?よくわからないけど、とりあえず手土産の袋を渡したよ!
「これ、お土産です!みなさんで召し上がってくださいって、お母さんが」
「あら、結構なものを。おおきに」
お母さん、喜んでくれたのかな。良かった、とホッとしたら、横にいたみずき君がお母さんにボソッと言った。
「母さん…どうしたの?変な関西弁使って…普通にしなよ」
「えっ」
どういう事?ってみずき君とお母さんを交互に見てたら…。
「もう、この子は。せっかく末っ子が恋人を連れてくるからって張り切ってお洒落したのに」
みずき君のお母さん、普通に喋った。関西弁じゃなくなった。極妻じゃなかった事にホッとしたような残念なような気分になった。
一瞬、ホントにみずき君ちがナントカ組とかなのかと思っちゃったよね。
で、そのまま奥の部屋に通されたんだけど、そこには大きな座卓の前の座椅子に和服姿の渋くてカッコ良い男の人が座ってた。お父さん…かな?でもこの人、耳が無い。
「お茶いれてくるわ」
とお母さんはそのまま廊下の奥に行っちゃって、僕はみずき君に連れられて部屋に入った。そしたらその男の人は、立ち上がってニコニコしながらいらっしゃいと言ってくれた。
「父さんだよ」
と、再び囁いてくるみずき君。やっぱりそうなのか、と思った僕だったんだけど、実はさっき断定出来なかったのは理由があるんだ。
「あの、お父さん、獣人じゃなかったの?」
おそるおそる聞くと、みずき君はえっ?という顔をしてから教えてくれた。
「言ってなかったっけ。ウチ、父さんだけ純人なんだよ」
「え、全員熊さんだと思ってた…」
だって"壱与んちはグリズリー一家"だって噂だって、湯川君が。校内では情報が錯綜しているのかな。みずき君に直接聞けば良かった。全員グリズリーだと思ってたからちょっぴりビビってたよ。
ずっとコソコソ話してる訳にもいかないから、僕は座卓の前に敷かれた座布団に、みずき君と並んで座った。
「初めまして、吉田嵐太です。獣種はレッサーパンダです。みずき君とおつきあいさせてもらってます」
イメトレ通りに挨拶と自己紹介をして、ぺこりと頭を下げたら、お父さんが
「よく来てくれたね」
と言ってくれたから安心した。みずき君とよく似た優しい声だったから親近感がわいて、お父さんと目が合ったからニコッとしちゃったら、ウッと手で胸を押さえ始めたから慌てた。びっくりして立ち上がって、
「大丈夫ですか??みずき君、救急車!!」
って大声で言ったら、みずき君は全然動じてなくて、むしろ冷静な様子で答えた。
「…大丈夫だよ。何時もの発作なんだ。すぐにおさまるから気にしないで」
「えっ、でも…」
「父さんはね、無類の可愛いもの好きなんだ」
「むる…かわ?」
「うん、まあつまり、大丈夫って事」
「そう?」
みずき君のお父さんは時代劇俳優みたいな顔を歪ませながらハアハア肩で息をしていて、僕はそれをハラハラしながら見てたんだけど、しばらくすると確かにみずき君が言ったように治まってきたようだった。
「あの…大丈夫ですか?救急車、要りませんか?」
僕がそう聞いてみたら、お父さんは僕を見て、何故かブワッと泣いた。
「尊ッ…!」
「とうと?」
「…気にしないで」
「うん?」
壱与家、謎に満ちてる。
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