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10 (壱与side)

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――俺のアルファは随分可愛いんだな。――


初対面の印象は、そんな感じ。



壱与 瑞希、15歳、獣種、熊。グリズリーで、熊の中でも大型種。父親は純人間のアルファで母親が獣人のオメガの為、母親からの遺伝がそのまま出た。純人間と獣人の掛け合わせだと、獣人の方が強く出るのはよくある事だ。
歳の離れた兄貴と姉貴がいて、やっぱ2人とも獣人で、アルファ。そりゃアルファとオメガの番なら、生まれる子供は9割がたアルファなんだし当然といえば当然。

だから俺も、成長具合や特徴から、そうだろうと思われてた。
蓋を開ければ、違ったんだけどな。


今にして思えば、中2の夏休み辺りから兆候は出ていた。原因不明の頭痛や腹痛、訳もなく気分が落ち込んだり。
すれ違った人間の匂いがそれまでよりも強く匂ったり、それが心地良い事もあればとてつもなく不快だったり。匂い酔いして吐いた事も、何度も。
その時から何となく、違うなと思ってた。

俺は、違うなって。

でもそれを認めるのは怖かった。そりゃそうだろ。認めてしまえばこの先の人生、選択肢がどれだけ消える事か。それより怖かったのは、男ではなくなるかもしれないって事。

そして中学を卒業した春休みに義務付けられたバース検査。案の定、判定欄に記された俺の検査結果は、Ω。
アルファ無しに生きていくのは困難と言われる、悲運の性だった。

俺は妙に納得した。やっぱりな、と。1年半で、気構えが出来ていたのかもしれない。
家族は俺がショックを受けていると思ったのか、腫れ物に触るように接してきた。俺が何も言わないのにかなり慰められたよ。家族仲が悪い訳じゃないから、兄貴にはありがたく小遣いをせびったし姉貴には服と靴を買ってもらった。
後から聞いたら、番(つがい)持ちの兄貴や、同じく番夫婦である両親は、匂いは感知できないまでも何となく勘づいてはいたらしい。姉貴は時折ふとそれらしい匂いがすると思った事もあったけど、まさかと思っていたと。
つまり、何となく家族全員がわかってた。勘違いなら良いけどと思いながら。

でも、なってしまったものは仕方ない。俺がオメガでも家族は変わらなかったし、俺も変に悲観するのはやめた。オメガになったからって、いきなり俺の環境が変わる訳でも、持ってるものを取り上げられる訳でもない。
一般的にはオメガはベータよりも劣るような事を言われているが、そうではない事も俺は母さんを見て知ってる。
オメガになったからと学習能力や身体能力が急に低下する訳じゃない。オメガの進学率や就職率が低い大きな要因は、本人の意志に関係無く訪れるようになるヒート(発情期)だ。その為に学校に通うのが困難になり休みが多くなったり、授業をまともに受けられなかったりするから進学率が落ちるだけ。就職もままならないだけ。
しかも、なり立ての時期はホルモンバランスが安定するまで体調を崩しがち。安定する迄の期間は個人差らしい。アルファも成り立ての時期はホルモンバランスが安定しないらしいが、オメガのようにひどい体調不良に悩む事は無いと聞く。ベータなんか何一つ変わらず安定したままなんだから不公平な話だ。

でも、マイナス要因しか無いように見えるオメガでも、対策はある。
ホルモンバランスが安定してオメガの性が定着した後に訪れるヒートを鎮めてくれるパートナー…つまり番を得れば話は変わってくるんだ。
アルファのパートナーを得てセックスをする事で、一人だと1週間を引きこもって耐えなければならないヒートが3日程度で終わる。番契約を結ぶ事で、互いのフェロモンしか認識できなくなるから、いちいち他のアルファ達の雑多なフェロモンで悪酔いをしなくて済むようになる。オメガ本人も、フェロモンに引き寄せられて我を忘れたアルファから襲われる危険が無くなる。ヒート期間以外はオメガ性に煩わされずに過ごせるようになる。
それは、不自由を強いられながら生きるオメガにとってはとても魅力的な話だ。

だから俺も、さっさとオメガ性である事を受け入れて自分を納得させて、番を探す方が建設的だと思った。
まあ、そう簡単にはいかなかったけど。

思い起こせば俺は、両親のお陰で見た目は良かったから中学まではそれなりに女子にモテた。

だけど、うっかり父さんの母校の男子校に進学してからは様子が変わった。
オメガは隠していないし、外見に対する反応は悪くないように見えるのに、本能で萎縮するらしい。チラチラと気にしてはいるようだが、目が合ったアルファは慌てて目を伏せた。フェロモンも獣人臭もわからない筈のベータですら寄ってこない。どうやら女より男の方が相手のランクに敏感って事らしい。

……ま、オメガとはいえ、見た目は体格も良いし、獣性はグリズリーだからな。抑制剤でオメガフェロモンを抑えてたら、鼻の利く獣人のアルファ達にとっては熊臭いだけだろう。
ライオンやエゾヒグマの獣人アルファも見たけど、どうやら俺の方が強いし、シャチもいたけど残念ながらベータ。
バース性が安定してて嗅覚が発達してる奴らほど、俺を敬遠するようだった。ベータ連中は単に獣種で恐れてるだけっぽいが、最初からベータに用は無いからどうでも良かった。
そんな訳で入学してまだ間もないというのに、俺は早くもこの学校に見切りをつけ始めていた。
ホルモンバランスも安定せず、抑制剤を服用しても効きが悪かったりして、俺自身も保健室の住人と化していた事で弱気にもなっていた。

あの日も、登校したは良いが、3時間目の途中で具合いが悪くなった俺は保健室に行った。保健師は俺の状況を知っているから、いつ行っても咎められない。毎年、特に新入生の中には同じような症状になるオメガがいるんだそうだ。

抑制剤を飲んでベッドに横になると、保健師は1時間くらいはデスクに向かって仕事をしていたようだったが、昼休みが始まると、『お昼に出てくるね。』と言って保健室を出て行った。俺は胸焼けに似た感じがして昼飯どころじゃないので何も食わずにそのまま寝てた。


うつらうつらした意識の中で、扉が開くのが聞こえた気がした。同時に、胸がスッとするような、爽やかな甘さが鼻を擽って、俺は急に意識が覚醒した。


――――逃すな―――。


そんな本能の叫びが聞こえた。


















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