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しおりを挟む入学して2週間。
新しい環境にぼちぼち慣れてきたようで、まだまだ戸惑いが抜けきらない、そんな時期。
自分のクラスだけじゃなくて隣のクラスや他のクラスの目立つ生徒の顔も覚え始めた頃、それはやってきた。
「ったあ…!」
「どうしたランたん」
「どしたヨッシー」
僕の小声の叫びに反応したのは、たまたま近くにいた稲取君と佐久間君だ。それは良いけどなんでそんなに呼び方違うの?
「あ、大丈夫」
僕は右の人差し指を抑えて首を振る。
「ちょっと紙で切っただけ」
さっきまだお弁当を食べてたところに先生が来て、たまたま目が合った僕は『次の授業前に配っといてね』とプリント配布を申しつかってしまった。
仕方なく食事を早目に切り上げて、プリントを列の人数分ごとに分けとこうとしていた時に起きた不幸な事故だった…。
人差し指の第一関節の内側を見ると、ぴっと綺麗に入った一本線がじんわり赤くなっていく。ひゃー、血ッ。僕、孤高だけど血は苦手。
「あーあ、切れてるな」
僕の指を見て自分が痛そうな顔をする佐久間君。彼は柄は大きいけど結構繊細。
「誰かバンソーコー持ってる?」
稲取君が周りのクラスメイトに向かって聞いてくれたけど、生憎誰も持ってないらしい。
これくらい大丈夫だよ、と言おうとしたけど、意外と傷が深いのかじんじんしてきた。とりま血が止まらないのは困りますなー。
黒板上の時計を見ると、昼休みが終わるまでまだ10分くらいはある。急げばギリ間に合うかも。
「僕、ちょっと保健室行ってバンソーコーもらって来る。稲取君、プリントお願いして良い?」
「おう、行ってこい」
兄貴肌の稲取君がそう言ってくれて、佐久間君は
「ついて行こうか?」
と心配そうに声をかけてきてくれた。気持ちはありがたいけど、指先ぴっで付き添いは大袈裟だからお気持ちだけ受け取っとく。
「ありがと、でも大丈夫!一人の方が早いし!」
言うのと同時に僕は教室を飛び出した。保健室までは早足なら多分…3分くらい?
いけるいける。
廊下は走っちゃいけないからね。僕はそういうとこ遵守する獣人だから。
僕の教室は2階、保健室は1階だ。
到着すると扉の取っ手には
『不在です』
の札。文字の下にもう少し小さな字の、すぐにもどります、のところに丸が。
なるほど、保健師の先生はすぐにお戻りになられる…と思った僕は、ドアを開けて中に入った。
入った時、微かな甘い香りに鼻先をくすぐられた。キョロッと室内を見回すと、どうやらそれは、ベッドが2台並んでいるらしき場所から漂ってきているみたいだった。仕切り用の白い長いカーテンで隠されている右側のベッドに誰か寝てるんだな。
(それにしても、いいにおい)
それは本当に微かで、僕の大好きなリンゴみたいな甘くて爽やかな香りだった。…もしかしてベッドでリンゴ食べてる?
まだギリ昼食時間だから、気分悪くて寝てた人が起きて今ご飯にしてるのかも、って推測してみる。
ちょっと心臓がドキドキするのは大好物の匂いを嗅いだからかな、と僕は一人で納得して、保険師の先生のデスクと椅子の横にある丸い椅子に腰掛けた。デスクの上に置いてあるティッシュを1枚引き抜いて指を押さえとく。殆ど止まりかけてるけど、消毒してバイキン入らないように覆わないとなー。
戸棚を見ると救急箱が見えて、バンソーコー1枚だけど勝手に貰っちゃダメだろうかと考える。
壁掛けの時計を見ると、あと5分くらいで昼休みが終わってしまう。
どうしよう、と考える。でもすぐもどりますってあったし、もう少し待ってみるか…。
僕はソワソワ落ち着かない気持ちで扉を見つめていた。
すると……
「どうしたんだ?」
ゆっくりカーテンを引く音が聞こえてまたリンゴの香りがしたと思ったら、ベッドで休んでいた人が顔を覗かせてこっちを見ていた。
その顔を見て僕はとてもびっくりした。
(き、きれい…)
カーテンを開けながら声を掛けてきた男子生徒は、それはもうキラキラした綺麗な顔をしていた。綺麗と言っても、女の人とか中性的な感じではなくて…何ていうの?男性的な美形、っていうの?The・アルファって感じ。
高校に上がってからアルファらしい美形は同級生や上級生で見慣れてきたと思ってたけど、まだまだ上が居たらしい。
僕が見蕩れていると、その男子生徒は少し訝しげな顔をした後、眉を顰めながら少し鼻に手を当てる仕草をした。
「…ん?お前…」
「あ、あの、ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」
彼が何か言いかけたのに、焦って被せてしまった。
「僕、バンソーコー貰いにきて…」
「バンソーコー?」
男子生徒はベッドを軋ませながらゆっくり立ち上がった。
(……わ)
彼は僕が思ったより背が高くて大きかった。
焦げ茶色の髪を手で直してる彼の頭を見て、僕はあれ、と目を丸くした。
「……獣人?」
綺麗な彼には茶色い耳があった。僕と同じ獣人だ。けど…、
「グリズリーだ。お前は……アライグマ?タヌキか?」
「…レッサーパンダです」
「へえ、かっわいー…」
そう言いながら僕を映した彼の瞳がキラッと光った気がした。
綺麗な男子生徒は、熊だった。しかも、熊の中でも大型種のグリズリー。うっそ。
判明した瞬間に、ブワッと全身の毛が逆立ってしまったのは、これはもう生き物の本能だから仕方ない。生態系ヒエラルキーってあるじゃん。獣人の中には、まだそれが色濃く残ってる。
獣人が人間社会に溶け込んで暮らしてもうだいぶ経つ筈なのに。
野生下で生きていたご先祖さま達とは違って、獣人同士は種が違ったって食べられたりなんかしないのに、より強い生き物に条件反射で恐怖心を持ってしまうの嫌だな。
そう思いながらガチガチに固まった僕のもとに、彼はゆっくり歩いてきた。
濃厚なリンゴの香りがする。
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