昔抱いた後輩がヤ〇ザの愛人3号になっていた

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抱かれたい理由

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 抱く。 
 
 俺も大概遊んでいたから、文脈から言ってこの場合の抱くが単なるハグなどではないのはわかる。でもそれが、花瀬の口から出たという事に驚いたのだ。それくらい、この花瀬という後輩は無機質で、およそ性の匂いを感じさせない人間だった。
 
 持ち上げたコーヒーカップに口を付けるのも忘れ、ポカンと花瀬を見つめる俺は、口を半開きにしてさぞかし間抜けな顔をしていた事だろう。そんな俺を見て、花瀬はほんの少しだけ右側の口角を上げた。

(お、笑った...?)

 その時初めて、俺は花瀬の微笑みらしき表情を見たのだ。
 ごく平凡な造作の顔。なのに唇を片方吊り上げて少し目を細めただけで、それが優しげでいて魅惑的なものに変わる。正直言えば、花瀬がその笑みを浮かべていた数秒間、俺は彼に見惚れていた。
 だけど、それだけだ。普段とのギャップ。意外性に心を揺さぶられただけ。
 ただまあ、それがその後の選択・決定に影響を及ぼしたのは否めない。

「ご迷惑なのは承知でお願いしてます」

 返事を返さない俺に業を煮やしたのか、再び花瀬が口を開く。

「突然、僕みたいな男にそんな事を頼まれたら困りますよね。僕だって、逆の立場なら困惑しますし」
「あ、うん...」

 やっと我に返った頃には、花瀬はいつもの無表情に戻っていて、俺は少し残念な気分になりながら相槌を打った。もう少しあの微笑みを見ていたかったなんて...気の所為だ。
 そんな俺の内心の戸惑いを知る由もない花瀬は、淡々とした口調で話を続けた。

「ですよね。わかってます。だけど僕も切羽詰まってまして、早急にセックスしたいんです」

 セックス。やっぱりコイツの口からセックスの単語を聞くのは違和感があるなと思いつつ、しかし一方では疑問が湧いてくる。切羽詰まってセックスって何だ。
 花瀬があまりに赤裸々な事をサラッと口にしたので、俺の方が慌ててしまい、周囲を見回した。幸い昼時の良い感じのざわめきのお陰か、はたまた聞こえない振りをしてくれているだけなのか、数組居る客達は皆それぞれ食事や会話に夢中で、俺達の座っている店奥のボックス席に視線を向ける様子はない。
 ホッとした俺は、小声で花瀬に聞き返した。

「なんでそんな急いでセックスしなきゃなんねえの?」
「すみません、それはプライベートの事情なので聞かないでいただけるとありがたいです」

 ストレートにぶつけた質問にそう返され、唖然とする俺。当然ではなかろうか。急に捕まえられてお願いされてる立場なのに、事情は聞いてはいけないなんて。いくら丁寧にお断りされても何だか腑に落ちない。花瀬に何らかの事情があるとは理解するとしても、理解と承諾は別物だ。
 
「えーと...。じゃ俺は、何も知らないまま、男抱かされるってこと?」

 わざとトゲトゲしい言い方をすると、花瀬は首を横に振って言う。

「いえ、それ以外なら可能な限りお答えします」
「あ、そ...」

(何だ。別に秘密主義って訳ではないのか)

 若干気が抜けた俺は、じゃあ...と口を開いた。

「なら聞くけど、花瀬ってゲイなの?」
「いえ、違います」

 即答で否定された。嘘ではないようだと判断して、今度は一番聞きたかった質問をする。

「で、何で俺?」
「それは...」

 そこで初めて、花瀬が言葉に詰まった。直接的な会話は数えるほどしかして来なかったが、そのどの時でも花瀬は落ち着いた声色で淡々と言葉を紡ぎ、途中で途切れさせる事は無かった筈だ。それはともすれば、後輩というよりも達観した年長者のようで、それも俺が花瀬を苦手としている理由のひとつだったように思う。
 だというのに、その花瀬が、俺を前に言い淀む姿を見せている。不思議な気分だった。
 
「俺なら断られないと思ったから?」

 学内でタイプの女を見れば、先輩後輩関係無く口説いたし、向こうから言い寄られてもほぼ断らない。見た目通りの軽さで気軽に誘える男、それが俺に対するおおかたの認識だろうし、自分でも認めている。ただ、そんな気楽な遊び相手は常に異性であって、同性との経験は無いのに。

(もしかして花瀬は誤解してるんだろうか)

 あまりに節操無く遊びすぎて、いつの間にか何でもアリだと噂に尾鰭がついていたりして、と、俺は若干不安になったのだが...。
 しかし花瀬は、俺を真っ直ぐに見ながらこう言った。

「先輩が異性愛者で女性しか相手にしていないのは知ってます」
「あ、そうなんだ。じゃあなんで?」
「でも水村先輩、交友関係広そうですし、こういった事にも許容範囲広そうかなって。あと、先輩くらい貞操観念緩めなら、頼み込めばいけるかなと」
「貞...ハッキリ言うなぁ。確かに他人のセクシュアリティなんか気にならないけど」

 気にならない=興味がないだけなのだが、確かに否定や差別する考えは無い。花瀬には、それが鷹揚に見えたのだろうか。それにしても、センシティブ&失礼な事をサラリと言うのに呆れる。この後輩はどうやら、俺が思っていた以上に曲者らしい。
 小さく溜息を吐いてコーヒーを啜ると、花瀬も俺に合わせたのか、同じようにコーヒーを一口啜ってから言葉を続けた。

「でも一番の理由は、先輩の顔が好きだからです」
「か、顔...?」    

 思わぬ答えに目が点になる俺。顔。確かに多少は整っている自信があるし、人にも褒められる事はある。しかしながら、顔で選ばれるほど突出しているとは思っていない。顔の造作だけで言うなら、この店のマスターの方が遥かに美形だし、学内にだってその辺を歩いてる中にだって、俺なんかより顔の良い男も綺麗な女もたくさん居るのだ。
 なのに花瀬にとっては、そうではないらしい。

「はい。性別は置いといて、これまで見てきたたくさんの人間の中で、先輩の顔が最高に好きで」
「???あ、ありがとう??」

 ダイレクト過ぎる回答に面食らっていると、ちょうどオーダーしておいたミックスサンドとカツカレーが運ばれて来た。「お待たせしました」と言いながらテーブルに皿を置き、忙がしそうにカウンターに戻って行くマスター。困ったような笑顔もクッソ美形。こういう顔なら、一番好きって言われても不思議じゃないんだがなあ、なんて思いながらその後ろ姿を見送っていると、また花瀬の声。

「どうせなら初めては、一番好きな顔の人としたいなと思いまして」  
「恋愛的な意味で好きな人ではなく?」
「恋愛をする予定がないので」
「ああ...」

 恋愛する予定がない。つまり、恋愛に興味が無い?という事は、俺に対しても恋愛感情ではないという事か。本当に見た目の好みだけでセックスをしたいだけ、しかし何故か急を要する。

(どうしたものかな...)

 男とセックスした事は無いが、性的要素を含む好意を寄せられていると感じた事は何度かある。正直、興味が無い訳ではない。経験してみて快楽を得られれば世界が広がって、同性もセフレ対象に入れられるだろうか...。そんな不純な考えを巡らせていると、俺が乗り気ではないと思ったのか、花瀬は少し声のトーンを落として、こんな事を言って来た。
 
「訳は言えませんが、本当に好みの顔の人とセックスがしたいというだけなんです。...お気を悪くなさらないで欲しいんですが、謝礼をお支払いさせていただく用意もあります。...流石に学生なので、そう多くはお出し出来ませんが」

謝礼。金。まさか花瀬がそんな事まで言い出すとは思わなかった。つまり、そこまでしても俺と寝たいという事...。
 妙な優越感で、脳にぴりぴりと細かい電流が走る。そして、俺は決めた。

「わかった、金は要らない。今夜8時、俺のマンションに来いよ。住所は後で、個人LIMEに送っとく」

 俺の了承に、花瀬は少し目を見開いて、それからこくりと頷いた。



 
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