超高級会員制レンタルクラブ・『普通男子を愛でる会。』

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95 オーナー代理・ミズキの懊悩(俯瞰語り)

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その夜、刈谷 瑞希がその着信を受けたのは、スタッフからの連絡が途切れ、コーヒーをいれて一息ついていた時だった。
瑞希はこのところ店のキャストからも外れ、兄に代わって事務所のオーナー室に詰めている。とはいえ、何かトラブルでも起きない限り、オーナー代理の出番など無いのだが。
瑞希が経営を引き継ぎ途中であるレンタルクラブでは、勤務中はキャスト各自に一人スタッフやマネージャーがついていて、近くに待機する事になっているから大抵の事は彼らが処理してくれる。なので、さして瑞希が危惧する事は無い。
瑞希がしなければならないのは、ちゃらんぽらんな兄の杜撰な経営状態を健全な状態に直していく事だ。正式な引き継ぎはもう少し先とはいえ、同時期には店の売り上げを支えているNO.1キャストの引退も控えているので、店全体の売り上げの維持をどうするか今から頭が痛かった。

兄は経営には向かなかったが、売れるキャストを見つけてくる眼識はあった。だから経営がいい加減でも利益は上がっていたのだが、自分には兄のような眼識も、売れそうな子をその気にさせてスカウトしてくるなんて芸当もできそうにない。この店は滅多に募集をかける事も無いけれど、いい加減新しいキャストを入れて育てておかないと、NO.1の抜けた後が大変だ。

「……はぁ。」

熱いコーヒーを冷ましながら口を付け、溜息を吐いた時にそれは鳴った。

見ると、デスクの端に置いてある充電器に挿していた瑞希のプライベート用スマホが光っている。表示された名は、川口。川口とは、何時もはNO.1であり瑞希の友人でもあるユイに専属でつけているマネージャーだ。だが、今日はユイは出勤日ではない。
その川口からの電話が、業務用ではなくプライベートのスマホに入ったという事は……。
瑞希は急いでスマホを手にした。

「はい、刈谷。」

『申し訳ありません、代理。』

川口の、焦ったような声が開口一番謝罪してきた。

「…どうしました?」

何時でも余裕のある川口の、珍しく慌てた様子に自然と眉が寄るのがわかった。ユイは今夜は出勤日ではない。が、瑞希は以前から独断で、ユイの出勤ではない日にも川口を張り付かせていた。勿論、ユイ本人には知らせずに。何故か。それはユイが店の最高キャストであるから…というのは建前で、単純に瑞希がユイの身を案じていたからだ。
けれど、最近では別の理由も出てきた。
ユイの相思相愛の相手の筈である、三田の様子がおかしくなったからだ。
瑞希は三田が好きではない。寧ろ苦手だ。一時はユイを巡る恋敵だと思っていたし、嫌いと言っても良いくらい。けれど、彼のユイに対する一途さだけは評価していた。なのにある日を境にして三田は、校内でも評判のよろしくない男にべったりとひっつくようになった。それだけならまだしも、その良くない男・樋越 梓のユイに向ける視線が引っかかった。執念深く陰湿そうな、あの目。
それを思い出していたら、再び川口の声が耳に響いた。


『ユイさんが連れ去られました。対象の車両を現在追跡中です。』

「なっ…?」

瑞希は耳を疑った。
時間的に見て定時連絡ではないとは思っていが、まさかそんな報告を受けるとは。だが、ここで動転する訳にはいかない。
瑞希は出来る限り動揺を抑えながら聞いた。

「相手は見えましたか?」

『いえ、黒いマスクで殆ど分かりませんでした。おそらく動きや体型からは、若い男が3人かと。
…GPSで私の現在地を追っていただけますか?』

「ちょっと待って。」

瑞希はデスクに戻り、開きっぱなしのPCを操作した。
直ぐに画面に地図が展開され、その中に赤い点滅が光った。

「…随分郊外へ向かっていますね。」

『はい。先程迄は住宅街が見えていたんですが、灯りが少なくなってだいぶ寂しくなってきました。このまま進むと山道に……あ。』

「何ですか?」

『前の車が停車するようです。』

川口は声を潜めるようにしてそう言った。

『古い洋館のような建物に入るようです。尾行に気づかれないよう、一旦通り過ぎます。』

「わかりました。」

暫く川口の声が途切れ、瑞希もつい息を殺してしまう。どういう事なんだろう、と考えてみるが、整理がつかない。

連れ去りという事は、ユイは拉致されたのか。
一体、何者に?
可能性としては、"普通"を狙う人身売買組織が最も高いように思えるが、キャストに執着する客という線も、以前にはあっただけに捨てられない。身代金誘拐なら、もっと幼い子供を狙いそうなものだが、全く可能性が無いとも言えない。

考えをめぐらせていると、状況を知らせる川口の声が再開した。

『…ユイさんを抱えた男達が建物に入りました。』

「…わかりました。暫くそこで待機を。一旦切りますが、直ぐに掛け直します。」

『かしこまりました。』

瑞希は通話を切って、頭を抱えた。
通報…すべきだろうか。普通はそうだろう。だが、"普通"の人間が誘拐されて警察沙汰になった末に無事で帰ってきた事例があまりにも少ない事は、商売柄瑞希だって知っている。

組織なら、そうだ。

今すぐ川口を踏み込ませるべきだろうか。
だが、相手の正確な人数も武器の所持も把握できないままそれを命じるのは、いくら川口が手練れとはいえあまりに危険だ。
取り敢えず、誰に一番に連絡を入れるべきかと考えた時、三田の顔が頭を過ぎった。連絡先は一応、交換している。知らせるべきだろうか。…いや、それよりも兄と、残っているスタッフを呼んで現場に向かわせる方が…と思った時、またスマホが鳴った。

「…三田君…。」


ディスプレイには、三田の名が表示されていた。





    
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