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77 ifが無意味だとわかっていても
しおりを挟む敵陣の将だとばかり思っていたら意外にも自軍の援軍だった…という謎の事態に助けられ、俺は無事に来年3月いっぱい迄の引退で店側と合意した。
しっかし…何故、運営側のミズキが俺の肩を持ってくれたんだろうか。
食事が終わり、話し合いが終わって、しょんぼり肩を落としながら『先に事務所に行く。』と車に乗り込んだオーナー。ホテルの玄関口で車を見送った俺は、隣に立っているミズキに質問してみた。
「何で助けてくれたんだ?こう言ったら自惚れみたいで嫌だけど、俺が残る方がお前にはメリットだろ?」
ミズキは可愛い顔にキョトンとした表情を浮かべて俺を見つめる。長い睫毛に色素の薄い硝子玉みたいな大きな瞳。…いややっぱ変だよな、なんでこの美貌より俺らみたいなチンク…いや、"普通"の人間が価値あるみたいな扱いなんだよ。この世の価値観、狂いっぱなしだろ。
「だって、」
ミズキは淡いピンクの唇を開いて答えた。
「だって、好きな人の望は叶えてあげたいって思うものじゃない?」
それを聞いて俺は衝撃を受けた。
ミズキ……。こ、こいつ、属性・スパダリだ……将来的スパダリトップ候補だ…。
恐ろしい子…、と、ゴクリと唾を飲む俺にミズキは続ける。
「ユイ君はさ、僕の初恋なんだよね。ユイ君に好きな人がいるってわかって、それがあの三田君だって知って、すごく悔しかったし悲しかったけど……2人には、僕の知らない2人だけの何かがあったんだよね。そして、今でもその絆が2人を結びつけてるんでしょう。」
「いや、絆ってほど大袈裟なものでは…。」
「小さい頃から10年以上離れてたのに、ユイ君に会いたくて帰ってきたんだよね。そんな凄い執着に適う訳無いよ。」
それを言われたら、俺には何とも言えない。そんな年月を俺への気持ちひとつで頑張ったのは三田だし、その最中の三田の気持ちは俺には想像もつかないからだ。三田を支えたという俺への恋慕を絆だと呼べるとするなら、それを否定する事もないかと思って、俺は黙った。
「結局、それで最初は引いてたユイ君を振り向かせちゃったんだから、三田君は凄いよ。」
ミズキがそう言った時に俺達の前に黒塗りの車がスーッと停まった。川口マネが運転する俺の送迎車だ。
川口マネが降りて来て、後部座席のドアを開けた。
「乗るんだろ?」
俺がミズキに聞くと、ミズキは頷いてから川口マネに言う。
「うん、先にユイ君を送ってから事務所迄戻ってくれる?」
「かしこまりました。」
ミズキのそれは、人を使い慣れた声色だった。
ああ、やっぱりスタッフ達にはちゃんとミズキがそういう立場の人間だと認識されてたんだな、とぼんやり思った。
ミズキと2人で店の送迎車の後部座席に乗る日が来るとは思わなかったな、と車窓から夜の街を見ながら思う俺。レンタルクラブでは何時如何なる場合でも、送迎車にキャスト同士を乗り合わせる事はしない。それは例え、ナンバーが付かないキャストでも同じ事で、送迎は少しずつ時間をズラして1人ずつ行われているらしい。それでもそれが出来るだけの車の台数と運転スタッフが常時確保されている訳で、それにはかなりの経費が掛かっている筈だった。けれど、"普通"という特性を持つキャスト個々の安全を守るには、それは必要経費なのだと、俺の入店前にオーナーは言っていた。そして、スタッフの送迎を任せられるスタッフの人選も厳しい。万が一にも、金に目が眩んで犯罪組織に加担するような人間であってはならないからだ。その為に、レンタルクラブのスタッフ給はヘタな企業よりも格段に良くて、その分求められるスキルも幾つかあるらしい。
例えば、何らかの格闘技で一定以上の功績を持っているとか。俺に付いてくれてる川口マネだっていつもヘラヘラしてる優男に見えて、ムエタイ世界ランカーだったという過去があるし、流暢なクインズイングリッシュを話す謎の人だ。
そんな人達を雇うのに、どれだけの金が掛かるのか。
ウチのレンタルクラブがこれだけ高額なのは、そんな理由もあるのだ。
そんなクラブの経営を、来年からは未だ学生のミズキが背負う。
従業員全ての生活が20歳の小僧の肩に掛かるのだから、幾ら実家が太いからとはいえそれがプレッシャーにならない筈が無かった。レンタルクラブの業績でミズキの将来的な経営手腕、向き不向きが判断されるって所はきっとある。
(大変だよなあ、良い家の生まれも…。)
そう思いながら暗い車窓に映るミズキの横顔を見ていたら、不意にミズキが口を開いた。
「もし、僕がもっと早く好きだって言ってたら…、」
「え?」
思わず運転席の川口マネの反応を見たが、ミラー越しの彼の表情が動く事は無かった。流石、スルースキルも備えてる。
それにしても、ミズキ…。
「もし、もっと早く僕が好きだから付き合ってって言ったら、ユイ君は付き合ってくれたかな。」
そんな問いかけをされて、俺は困った。一ノ谷さん達みたいなお客さんの疑似恋愛に付き合う事は度々あったし、耐性が付いてるとはいえ、基本的な俺の性的対象は女性だろうと思うからだ。三田を好きになった今でも。
だから、ミズキに告白された時にも戸惑ったばかりで、ミズキ本人をそんな風花に意識する事は無かった。三田が現れなくても、きっとそれは変わらなかったと思う。幾らミズキが中性的な可愛い顔をしていても、興味は持てなかっただろう。
三田の存在がイレギュラーだったのだ。
彼奴の熱に引き摺られた。
だから、俺はミズキに正直に答えなきゃいけないと思った。
「そうしてくれていたとしても、俺にとってミズキはやっと出来た大事な友達だ。大事な友達のままでいて欲しいって答えを出したと思う。」
「……そっか。」
「ありがとな。」
俺の言葉に、ミズキはくしゃりと顔を歪めて俯いた。そして、
「ずるいなぁ。三田君は、良いなぁ…。」
と小さな声で呟いた。
少し、鼻の詰まったような声だったけれど、俺はそれに聞こえない振りをした。
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